プロローグ
―漆黒。
そうその場所にはその名こそが相応しいだろう。
どこまでも続く深い闇。
終わりのない永劫。
果てしなき虚無。
そこはただただそんな空気が漂う現世における地獄そのものだ。
「リーゼンベルグ卿」
その地獄に少女の凛と透き通った声が響き渡す。
真っ赤な赤毛と同じく燃えるような紅蓮の瞳。
整った容貌はキリッと少女の意志の強さを物語っていた。
「どうしたのだ?ベルゼトス卿」
答えたのは漆黒の渦中。
今まで何もなかったように見えたその闇の中、さらなる深き闇を宿す男がいた。
七つの席のある丸い円上の卓の腰掛ける姿はぞっとするほどの存在感を恐怖と共に表していた。
髪も目も底なき深淵。
本来、白く美しい輝きを放つはずの彼の肌は光なき白。
罪深き光。
その男の静謐ながら威厳のある声を受けて、少女は頭を垂れる。
「はっ!ボルガノック卿が計画の開始を……と」
その声は若干の恐れを含みながら、しかしその大半は歓喜で彩られていた。
頬が一瞬緩むが、少女を改めて気を引き締め、敬愛するリーゼンベルグの言葉を待つ。
「ほぉ……ウェスティーが……そうか、ついに始まるのだな…我らが悲願…」
「左様にございます」
少女は顔を上げ、リーゼンベルグの目を正面から見つめる。
それはまさしく狂信者の目。
己がすべてを他者に捧げた自己なき―しかし決して挫けぬ覚悟のある瞳。
そお瞳で己を捧げた悪魔を見る。
―シュバイン・サマエル・リーゼンベルグ。
悪魔崇拝者の集団。
『イルミナティー』を束ねる高慢なる首領。
そして、その傍らの少女は―
―ルカ・レヴィアタン・ベルゼトス。
『イルミナティー』の最高指導部たる一人。
最高指導部は全部で七人存在しており、そのそれぞれのミドルネームには悪魔の名が冠されている。
―シュバインなら毒の王たる魔帝サマエル。
―ルカには海王レヴィアタン。
その他にもベルゼブブ。
マモン。
ベルフェゴール。
アスモデウス 。
ベリアルを冠する者がいる。
「ははっ」
「ふふっ」
シュバインとルカは同時に笑みを漏らす。
二人の美しい容姿が歪む。
禍々しい狂気を映した笑み。
『イルミナティー』には目的があった。
失敗の許されない最凶最悪の目的。
それこそは『イルミナティー』の悲願。
彼らが「神」と崇めるお方のこの世への降臨。
「はははははははっ」
「ふふふふふふふっ」
邪悪な力を身に纏いながら彼らは哄笑する。
―さぁ、地獄で踊ろうではないか!
俺は不感症だ。
俺は俺の上で激しく腰を振る女を眺めながら、改めてそう思った。
不感症といっても、性欲に対するもんではなく、心に対するものだ。
つまり―
「ああっ!」
女が喘ぐ。
男ならば誰もが目を奪われる美貌を持つ美女が俺の上で淫らに喘いでいる。
だというのに……。
俺の心には常に靄がかかっていて晴れない。
気持ちは良い。
ああ、確かに気持ちは良いさ。
だけど、これじゃあダッチワイフと何ら代わりはない。
女に対して何の感慨も浮かばないのだ。
彼女が美しいのは認めよう。
しかし、それが何だと言うのか?
俺のいう美しさとはミロのヴィーナスに代表される「物」に対しての感想と同じだ。
俺は目の前の「物」を下から突き上げる。
「ああんっ!」
びくびくと身体を痙攣させる女。
どうやら絶頂に達したようだ。
それに促されるよういして俺も―
目が覚めると朝だった。
鳥が囀り、強くなってきた日差しがカーテンを突き抜け、僅かに俺に降り注ぐ。
その気持ちの良い陽光を受け、俺は完全に目を覚ました。
「はぁ……」
行為に後はいつも虚しさを感じる。
まぁ、それはこの行為に限ったことではなく、慣れたものだが、やはりどこか寂しかった。
「何溜息なんてついてんのよ」
呆れた声。
それは間違いようもなく俺に向けられていた。
さっきまで貪り合っていた美女―比奈柚香が俺を睨んでいた。
その事実に俺は再び溜息を吐きそうになるが、すんでの所で我慢する。
これ以上機嫌を損ねるのは精神衛生上好ましくない。そう決断を下して。
「もう学校に行かなきゃならない時間だからな。お前と離れるのが寂しいんだよ」
俺はそんな大嘘を事も無げに吐く。
しかし―
「馬鹿いわないで。最中だって私のことなんて気にしてなかったくせに」
「………」
女の勘は恐ろしい。
「別に貴方に恋愛なんて甘いものは期待してないけど……最中くらいは私の事だけ考えてなさいよ!」
それは女のプライドなのか、柚香はぷいっとそっぽを向いてしまう。
比奈柚香―俺よりも二歳年上の二十歳であり、金髪碧眼のアメリカ人と日本人とのハーフ。類い希なる容姿と抜群のプロポーションで数々の男を骨抜きにしてきたらしい。俺との関係はセックスフレンド。それ以上でも以下でもない。
柚香と出会ったのは半年前。
きっかけは陳腐であり凡庸で語る価値もない。
―ピンポーン。
ふいにインターフォンが部屋に鳴り響いた。
時計を見る。
八時。いつも通りの時間。
「彼女かな?」
「ああ、たぶんな」
俺は平然と答える。
すると、柚香は悪戯げな瞳で俺に言う。
「彼女がいるのに私とこんな事して…貴方最低ね」
「まったくだな」
俺は他人事のようにそう答える。
俺自身、心底そう思っているのだから笑えない。
その上、後悔も反省もなかった。
俺はインターフォンに出て、一言二言会話すると、急いで身支度と整えた。
朝食は食べない。
「じゃあな。鍵はいつもの所に。あとは好きにしろ」
「はいは〜い」
柚香は俺に手を振る。
俺はそれに後ろ手で答えた。
俺に両親はいない。
俺が生まれたばかりの時に死んだと聞いている。
ここはその両親が遺産として残してくれたものだ。
幸いな事に両親はそれなりに裕福だったようだ。
だから俺は好きな事ができる。
この倫理、という鳥籠の中で。
俺は―愛を知らない………。
初めまして皆様。『破壊の王』始まりましたっ!
なるべく期間を空けないように更新しますので、どうか最後までお付き合いください。
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