38 王都からの脱走者
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モンドールから逃げてきて帝国軍に保護された者は、元宰相のアデール・ヴィラールと諜報部隊ティーグル・ノワールのリーダーだったペルネル・プティジャン、および両名の家族、そして王女の1人シャルロット。
滅亡が近いと言われていても一国の王女であるシャルロットを出迎えるため、エリスは専属侍女を従えてシャトーデシャの正門へ向かった。
「この度は我々を快く受け入れていただき、ありがとうございます。
私はかつてマルテル王国の宰相を務めていたアデール・ヴィラール、隣の者はペルネル・プティジャン、そしてこちらが第3王女のシャルロット様です」
アデール、ペルネル、シャルロットの3人は先にエリスたちへ挨拶し、それからアデールが自分たち3人の紹介をする。
「ヴェルトヴァイト帝国第3皇女のエリスです。
あなた方の事情は後で伺いますが、まずは中へお入りください」
不特定多数の目があるからか、エリスはこの場で3人を自分とほぼ対等の存在として扱った。
「さて、あなたたちが、本来敵であるはずの私たちに保護を求めた経緯を聞かせてくれるかしら」
「はい…」
三賢女が待っていた応接室に着き、エリスがアデールに事情の説明を求めると、それに応じてアデールが話し始める。
マルテル王国の現国王アルベールにはアルセーヌ、ベルトランの兄弟とアガット、ベルナデット、シャルロット、デジレの4姉妹、合わせて6人の子供がいる。
国王の位は原則、男女関係なく長子が継ぐことになっているものの、有力者たちの力関係によって廃嫡されることもある。
最近でも昨年まで、アルベールの後継者を誰にするかでアルセーヌ派とアガット派が争っていたが、アルセーヌ派が圧倒的な優勢となり、長子のアガットは事実上廃嫡されただけでなく幽閉に近い扱いをされていた。
ほとんどの地方領主がマルテル王国を見限った要因にはこの後継者争いも含まれており、慌てたアルセーヌ派は王女を領主の息子に差し出すことで有力な地方領主の引き留めを図った。
だが、アガットは後継を争った相手であり、政略結婚の道具にできるほど大人しくはない。
ベルナデットもアルセーヌが兄弟姉妹の中で最も信頼しており、"田舎者には絶対にやらん"と言って対象から外した。
そのため、シャルロットが地方領主に差し出されることとなり、王城内はその噂で持ち切りだった。
「聡明なシャルロット様はペルネルを味方につけて私と連絡を取り合い、シャルロット様のご希望を叶える形で、ヴェルトヴァイト帝国軍の保護を求めた次第です」
「このまま何もせず誰かの慰み者になるなら、私のことを知っている人間より私を知らない魔族のほうがいいと思ったからよ。
"魔王軍"を率いてきた者がこんな小さな女の子だとは思わなかったけど」
「私はこう見えて、この世に生まれてから少なくとも100年以上は経ってるわよ」
シャルロットが口を挟むと、エリスは苦笑しながら言葉を返す。
「そうよね…失言だったわ、ごめんなさい」
「さんざん言われ慣れているから今さら気にしないけど、あなたのその潔さは好感が持てるわ」
「えっと…我々の事情の説明としては以上になります」
「アデール、長々と説明ありがとう。
当分、あなたたちは我がヴェルトヴァイト帝国軍のもとで丁重に保護するわ。
その上で、シャルロット姫を含めた3人に少し協力してほしいことがあるのだけど…。
断っても、保護を取りやめてモンドールの門前に放逐するなんてことはしないから安心して」
「私たちに、どんな協力をしてほしいの?」
「協力してほしい内容は…モンドールを内側から崩すための、作戦の共同立案よ。
帝国軍を利用して、シャルロット姫を田舎男の慰み者にしようとした奴らに復讐できるのだから、利害は一致するはず」
「そういうことなら、喜んで協力するわ…うふふ…」
「シャルロット様とともに、協力いたします…」
「それほど日数の余裕がないから、即決してくれて助かるわ。
とりあえず具体的な話し合いは明日からにするけど、アデールはそこにいるリエ、ミーネ、ディアとともに、情報を整理しておいてくれるかしら」
「かしこまりました」
「それと、シャルロット姫は別の話があるから、ペルネルとともにこちらへ来てくれるかしら」
「いいわよ」
シャルロットはアデールと別れ、ペルネルを伴ってエリスについていった。
エリスもお供はエルステのメイとドリッテのアンネだけ。
5人は空き室の1つにたどり着いた。
「場所を変えて話したかったことは、あなたが今後、どのような存在として生きるかよ。
私の側にいるこの子、メイもかつては人間だったのだけど、同族を恨み、その身をディアボロスに変えて私の筆頭専属侍女となったの」
エリスはメイの身の上話を、長くなりすぎないように少し端折りながらシャルロットに聞かせた。
「つまり、エリス様はメイ様と同じように私をディアボロスに、そして自分の侍女にしたいということ?」
「ご明察…と言いたいところだけど、正確には私の侍女でなくメイの侍女にしたいのよ。
私の配下や陪臣に元人間の侍女はたくさんいるし、その中には元王族もいるけど、これまでマルテル王国の王女として酸いも甘いも嚙み分けてきたあなただからこそ、メイの側に永くいてほしいの」
「人間のままだとあと数十年しか生きられないし、ヴェルトヴァイト帝国の支配下ではいろいろと不自由なこともありそうだけど、ディアボロスになればもっと長生きできるし、先ほどの話を聞いて、メイ様のこと…もっと知りたくなったから…私、ディアボロスになって、メイ様のお側に仕えるわ」
シャルロットはエリスの隣に侍るメイに熱い視線を向けている。
「シャルロットはこう言っているけど、ペルネルは異議なしでいいかしら?」
「はい…」
「それなら決まりね。
実際にシャルロットをディアボロスにする儀式はここではなく私の本拠で行うし、それなりの準備も必要なの。
明日以降、その準備が整うまではモンドール攻略作戦の会議に出てもらうけど、今日はもう難しい話をおしまいにして、メイとおしゃべりがしたければして構わないし、私やアンネがいると話しづらいなら外すわよ」
「それなら…メイ様と2人きりでおしゃべりしたい…」
「メイも、それでいい?」
「はい、特に不都合はありません」
「じゃあ、食事の時間になったらペルネルに伝えさせるわね」
そう言い残してエリスがアンネとペルネルを伴って部屋から出ると、シャルロットはメイに急接近。
「シャルロット…」
「差し支えなければ、ロロットとお呼びください…親しい者からはそう呼ばれているので…」
「それでは…ロロット、わたくしも100年以上ディアボロスとして生きてきたので、話がかみ合わないかもしれないです」
「それでも構いません…まずはですね…」
こうして、シャルロット…ロロットは半ば強引にメイとのおしゃべりを始めた。