36 ジャンヌの選択
予想以上に執筆が捗ったので、今月(2023年7月)に限り毎週1回投稿します。
(原則日曜0時に予約投稿)
36
サンタントワーヌが帝国軍の支配下に置かれてから、ジャンヌはプランタン家の屋敷内で、妹たちや専属侍女と引き離されて1人で過ごす日々が続いていた。
しかし、それはある日突然終わりを告げた。
「失礼します」
扉をノックする音と、聞き慣れた声に続き、扉を開けて部屋に入ってきた者はジャンヌの専属侍女アニェス。
だが、ジャンヌはすぐにアニェスがいつもと違うことに気づいた。
アニェスの目は虚ろで、無表情のままジャンヌに近づいてきたが、途中で膝をつき、その場で横たわる。
意識は失っているものの呼吸はしているようで、慌てて駆け寄ったジャンヌはアニェスを抱きしめ、とりあえず安堵した。
「あなたが寵愛しているその侍女は、失神させてから体を操り人形にしただけで、頭の中は全く弄っていないわ」
ジャンヌがかわいらしい声のした方へ視線を向けると、彼女の妹2人と一緒に、声の主と思われる"魔族の少女"がいる。
魔族の少女…エリスはさらに言葉を続けた。
「ただし、妙な動きをしたらその侍女を操って妨害させるし、あなたの妹たちが私の盾となるわよ」
フェリシテはハートマーク、マティルドは渦巻状の紋様が瞳に現れたままで、エリスに支配されていることは明白。
アニェスが再び操られる可能性も低くないだろう。
「それで、あなたはわざわざこんなところへ何しに来たの?
もしかして、この場で私も妹たちのように洗脳されるの?」
「あなたを洗脳するか否か、についての答えは"する"よ。
ただ、私がこの2人とあなたに求める"役割"は違うわ。
2人はサンタントワーヌを手に入れるために必要だったし、今後も私の"戦力"になってもらうからこうなったけど、あなたには、プランタン家の主としてサンタントワーヌを守ってほしいから、帝国の規則上、人間を配下にするために必要な最小限にとどめるつもりよ」
「私が、プランタン家の主?」
エリスが発した言葉にジャンヌが驚く。
「前領主や一部の元住民はマルテル王国で"プランタン騎士団が裏切ったせいでサンタントワーヌを奪われた"と喧伝し、それによって王都にいるあなたたちの両親…プランタン家の現当主夫妻は反逆罪で処刑されたそうよ。
2人がここにいれば、命まで取ることはしなかったのに、間接的にそうしたも同然の結果になってしまい、残念だわ…」
「あなたのその言葉と表情を信用していいかわからないけど…おそらくは、真実なのでしょうね…」
自分と妹2人をここまで育ててくれた親との突然の別れに、ジャンヌは涙を堪えきれなかった。
「それで、お詫び…というわけではないのだけど、あなたが普通の人間のままで数十年間生き、その侍女との間に子を生してプランタン家の系譜を繋ぐか、それとも"兵器"となって、妹たちとともに永遠に近い寿命を得るか、選択する権利を与えるわ。
私の魔力をもってすれば、あなたに本音を喋らせることは難しくないけど、本音と建前のどちらを優先するかとか、悩んだ上であなたの答えを聞かせてほしいの。
あなたの妹たちは当分、それぞれの部屋にいさせるから、答えが決まったらどちらかに私を呼ぶよう伝えて」
「…わかったわ…」
「あと、あなたが抱いている侍女はキスで目を覚ますわ。
もう私は彼女に何もしないから、好きなだけ愛し合いなさい」
それだけ言うと、エリスはフェリシテとマティルドを従えて部屋から出て行った。
エリスの去り際の言葉が、罠である可能性もあったが、ジャンヌはエリスを信じてアニェスの唇を奪う。
すると、アニェスが目を覚まして、ジャンヌに微笑んだ。
「アニェス…よかった…」
「ジャンヌ様…」
お互いを愛する気持ちが高まり、ジャンヌとアニェスは何度もキスを交わす。
「アニェス…大事な話があるの…」
このままずっと唇を重ねていたい気持ちを抑えて、ジャンヌはアニェスに、エリスから聞いた話の内容と自分のアニェスへの想いを伝えた。
アニェスは悲涙をこぼした後、ジャンヌに自分も同じ想いであると告げる。
そして、うれし涙を流しながら、今度はアニェスからジャンヌにキスをした。
翌日、ジャンヌはフェリシテにエリスを呼ぶよう依頼し、やってきたエリスに自分の"選択結果"を告げる。
「あなたはそちらを選ぶと思っていたわ。
家督の継承など、帝国法でわからないことがあったら、あなたの妹たちを介して遠慮なく聞いてね」
「ええ…よろしくお願いします、エリス様」
"魔族"であるにもかかわらず自分を含めて人間を尊重してくれるエリスに、ジャンヌは敬慕の情を抱くようになった。
詳細は必要に迫られない限り書きませんが、この作品の世界では人間の女性同士で子を生す方法がありますので、ジャンヌとアニェスが望めば2人は"娘"を授かることができます。
※ただし、この方法で生まれる子供は必ず女の子になります。




