35 犠牲者なき攻略戦
35
ユヴェーレンはサンタントワーヌで情報収集を進めつつ、プランタン騎士団の団員やプランタン家の従者たちを少しずつ自分たちの意のままに動くよう堕としていった。
そして、幹部クラスを含めてほとんどの団員が堕ちると、ミヤの副官マナが侍女を装ってプランタン家の屋敷に潜入。
慎重に準備を進めて自分の味方しかいない状況を作り、プランタン家の次女フェリシテに入浴後のマッサージを求められると、要求通りにしながら加護を使い、ほぼ無抵抗で堕とすことに成功した。
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「ジャンヌ姉さま…」
数日後、ジャンヌは自分の部屋の手前で声をかけられると同時に後ろから抱きつかれる。
聞き間違えのあるはずがないその声に振り向いたが、かわいい妹の顔を見た途端、嬉しいはずのマティルドの帰還は、ぬか喜びとなった。
マティルドは瞳に黄色い渦巻状の紋様が現れており、"魔族"に洗脳されたことは間違いないだろう。
すぐに元に戻したいところだが、敵が何の策略もなしに洗脳したマティルドを帰すわけがないと考えたジャンヌは、次にすべきことを決めかねていた。
「姉上…マティルドが帰ってきたのだから、いつものようにかわいがってあげてください…」
フェリシテが女性の騎士団員数名とともに近づいてくると、賢いジャンヌは"何か"を悟った。
瞳に緑色のハートマークが浮かんでいるフェリシテも、彼女に従う騎士団員たちも、おそらくマティルドと同じ。
「私以外はすでに魔族の言いなりか…」
「はい…あとは姉さまだけです…」
「フェリシテ、念のために聞くが…王都から援軍が来る兆しは?」
「ないです。
周辺の町はすべて"帝国軍"が支配しており、もし王都方面から義勇軍のようなものがやってきたとしても、帝国軍には勝てないでしょう」
エリスたち帝国軍の現時点での最終目的はマルテル王国全土の征服であるため、サンタントワーヌの"内部工作"と並行してサンタントワーヌより王都に近い地域への侵攻も進めていた。
その結果として、マルテル王国はもはやサンタントワーヌへ援軍を送れる状況ではなくなっていた。
「魔族どもめ…私に気取られずここまでやってくれるとは…。
状況によっては、私の"とっておき"でお前たちを元に戻すこともできたが、文字通り孤立無援ではな…。
わかった…私はもう、何の抵抗もしない。
お前たちが魔族からどんな命令を受けているかは知らないが、私の身柄も含めて好きにするがいい…」
「えへへ…ジャンヌ姉さまと戦わずに済んでうれしいです…」
四面楚歌の状況で、ジャンヌはマルテル王国に殉じる選択をせず、"魔族"に支配された妹たちに身を委ねた。
領主の配下の大半がユヴェーレンによって堕ちると、機が熟したと見たエリスの指示で、帝国の手先と化したプランタン騎士団が領主の館を襲撃。
それとほぼ同時に、サンタントワーヌの門が内側から開けられ、帝国軍が突入した。
堕ちていなかった領主の配下や一部住民の抵抗で負傷者こそ出たものの、帝国軍は誰も殺さずサンタントワーヌを制圧。
サンタントワーヌの領主とその一族は一旦拘束したが、殺したり洗脳したりはせず、持てるだけの財産を持たせた上で、帝国が支配している区域からの追放処分にとどめた。
帝国軍の突入時に抵抗した者たちも、サンタントワーヌに留まって帝国の支配を受け容れるか、それとも拒むかの二者択一で後者を選んだ場合は同様の扱いとしたところ、ほぼ全員が後者を選択してサンタントワーヌを去った。
なお、法律などの決まりごとは女帝リリスや次代の女帝となるノクスと相談した上で、当面従来のものを準用し、2年後をめどに帝国法に基づいた内容に改めることとした。
内政に関して一通り手を打ち、軍事面でもプランタン騎士団をほぼ掌握したエリスたちの残る課題は、騎士団にとってもプランタン家にとっても重要人物であるジャンヌ・プランタンの処遇だった。