30 水面下の第2皇女とマリーネ
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マリーネによるサンゴ帝国軍への支援行動について、エリスは事前に知らされていなかったが、メイやドライヴァイゼンは北部方面の動きに合わせて南部でもマリーネが動くことをある程度予想していた。
だが、彼女たちの分析ではマリーネによる単独での軍事行動を一番可能性が高いとしており、サンゴ帝国軍によるティグリ大陸南部侵攻の支援は想定の範囲内であったものの、可能性は低いと見ていた。
「エリ…イルミナ様とマリーネの動きの意図については、わたくしやドライヴァイゼンでも説明できますが、やはりイルミナ様ご本人にお聞きしたほうがよいでしょう」
「ええ…そうね」
エリメイは早速アビュススにいるイルミナを訪ねた。
「イルミナお姉ちゃん、母様はティグリ大陸をサンゴ帝国に譲るつもりなのですか?」
「ええ…お母様は、わたしたちがテストゥド大陸を攻めている間にサンゴ帝国によるアウェス大陸の統一が成ったことで、武力での四大陸征服を諦めたそうよ。
さらに、アウェス大陸全域の統治体制を整えたサンゴ帝国の矛先がアヴァロニア大陸へ向かう可能性もあるから、その前に"人間が支配する地をなくすための一歩"という大義名分でサンゴ軍をティグリ大陸へ誘導。
マルテル王国以外は間違いなくサンゴ軍が攻め落とすでしょうね。
でも、人間の動きとエリスちゃん次第でマルテル王国だけでも我らのものにできるかもしれないわ」
「私次第、ですか?」
「今後、お姉様はお母様から様々なものを継承するため、戦地近くへ行くことはないし、わたしは主にサンゴ軍への支援に注力するから、ズーセ・インゼルの防衛と北からのマルテル王国攻めはエリスちゃんがメインでやるのよ。
時機が来たら、先遣隊としてズーセ・インゼルに上陸したヘーアの指揮権がお姉様からエリスちゃんへ一時的に移譲されるから、後はエリスちゃんが思う通りに人間を蹂躙するだけよ」
「ある意味、北から攻める私とサンゴ軍を使って南から攻めるイルミナお姉ちゃんの"競争"ですね。
もちろん、どちらが勝っても"最終的な結果"は同じになると思いますが」
「その通りよ。
それと、アスティは当分の間、エリスちゃんのものとして使っていいわ」
「ありがとうございます、イルミナお姉ちゃん」
アストリドはヴェルトヴァイト帝国によるティグリ大陸征服のため、イルミナのものとされたが、イルミナが水面下でサンゴ軍を支援するとなると、イルミナのもとでの彼女の出番は限られてしまう。
他の思惑もあるが、アストリドを手元に置いておくより、エリスに"貸与"したほうが得策だとイルミナは判断した。
エリスもイルミナが善意だけで話をもちかけたわけでないことを理解していたが、素直に喜ぶ仕草をイルミナへ見せる。
かわいい妹のそんな様子を見て我慢できなくなったイルミナはエリスの唇を奪い、しばらく姉妹は唇を重ねていた。
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サンゴ帝国の住民は身体能力が夜間になると向上するなど、ヴェルトヴァイト帝国の吸血種と類似する点が多い。
そのため、ヴェルトヴァイト帝国のマリーネは吸血種と同じような扱いで"サンゴ族"と接し、サンゴ軍からもマリーネは好意的に受け止められていた。
サンゴ軍は昼夜を問わずサンタクルス王国の町や村に攻め込み、負傷者こそ出てしまったものの、命を落とした者や敵に捕まった者は皆無。
この勢いで行けば、1年以内に王都へ迫ることもできそうだった。
「イルミナお姉ちゃん…今度、お姉ちゃんがサンゴ軍の司令官と会う時、私も連れていってほしいです…」
エリスはメイとアンネを従えてイルミナの部屋を訪れると、そんなお願いをした。
「エリスちゃんは"競争相手"が気になるのね…いいわよ。
お供はメイぴょんとアンネちゃんでいいかしら?」
「はい、相手がメイとアンネに対してどう反応するかも見てみたいので…」
「じゃあ、向こう側も人数を合わせて来るように言っておくわ」
こうして、次回のイルミナとディアンティーノの会談にはエリスたちが同席することとなった。
"サンゴ族"はヴェルトヴァイト帝国側で識別のためにつけた仮称です。
当のサンゴ族は自分たちの種族について特定の呼称を定めていません。




