7 "シャテン"とヴァンピーリン
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「エリス様、おはようございます」
「おはよう、メイ…今日もかわいいわね…」
「えへへ…」
クロエをツヴァイテにした次の日、エリスは"いつものように"目を覚ました直後からメイとイチャイチャする。
だが、今朝は昨日までと違う。
「おはよう、クロエ」
「お嬢様…おはようございます」
エリスがクロエにも朝の挨拶をすると、クロエは頬を赤く染めて微笑みながら挨拶を返した。
昨日まではメイだけがエリスの隣を歩き、クロエは後ろを目立たないようについてきていたダイニングへの道のりも、今日はメイとクロエがエリスの両脇を固める形で歩いた。
今後も特段の事情がない限り、この3人が並んで歩く光景は幾度となく見ることになるだろう。
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朝食を終えると、3人は一旦エリスの部屋に戻ってからパンゲーアの屋上へ向かう。
「クロエ、レア様から授かった"トイフェライ"を見せて」
屋上でエリスからそう言われたクロエは、
「はい…それでは、失礼いたします…」
その言葉を残して、エリスの足元にある"影"に吸い込まれるように消えた。
「これが私のトイフェライ"シャテン"です」
エリスの影からクロエの声が発せられると、
「そんな形でも私のそばにいてくれるなんて、うれしいわ…。
でも、私が空を飛ぶ時はどうするの?」
エリスは喜んだ後、不安な表情を浮かべる。
「心配ご無用です…」
影から姿を現したクロエが、次に"吸い込まれた"先は…エリスのふわふわの黒髪だった。
「影以外にも、お嬢様のお身体で黒い部位ならどこでも潜むことができます…」
「うふふ…すごいわ、クロエ!
私とメイの2人だけで並んで歩いているように見えても、私の中にはエクレアちゃんがいて、さらに私の影にクロエが潜んでいれば、3体の敵に襲われても数的優位が覆って相手は慌てふためくのよ!」
「そのような場面でも、よほど強力な"グナーデ"を神から得た人間でもない限りは、エリス様のお手を煩わせるまでもなく、わたくしとクロエで退けます…」
「その言葉はうれしいけど、メイもクロエも、そして私も、まだグナーデ持ちの人間とやり合うには"力不足"よ…。
ただの人間相手ならともかく、グナーデ持ちと事を構えるなら、もっと力をつけないと…」
「わかりました…。
わたくしが、エリス様やクロエ、それに将来のドリッテやフィアーテのためにいろいろなものを創って戦力を増強しますから、その代わりエリス様は、わたくしのことをいっぱい"壊して"くださいね…うへへ…」
愛らしい姿に似合わないメイの言葉に違和感を覚えた者は、この場に誰もいなかった。
エリスはメイをお姫様抱っこして、黒髪にクロエを潜ませながら空を飛び、パンゲーアの上空を一回りしてから屋上に戻った。
「クロエ、どうだった?」
「お嬢様と一緒に空で…夢のような一時でした…」
エリスからの問いに答えるクロエは、本当に夢の中にいるようなうっとりとした表情をしている。
その姿に、歳の離れた姉とは別の"年上の魅力"を感じてエリスはドキッとした。
「私も…抱いているメイだけでなくクロエもすごく近くに感じて、いい意味でドキドキしたわ…」
正確には、空を飛んでいる時からエリスは"至近距離"にいるクロエにドキドキしていたので、正直に本人へ伝えると、
「お嬢様が私でドキドキされていたなんて…うれしいです…」
クロエははにかむように微笑んだ。
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翌日はユリアネとの約束通り、ヴァンピーリンの少女に会うため、帝都近郊にある吸血種の居住地域へ向かった。
ユリアネが案内役を務めるためエリスたちに同行するので、女帝のエルステが女帝の側を離れる異例の事態となったが、女帝の娘の専属侍女選びやユリアネの出自に絡んだ事情を鑑みた特例としてすでにリリスが許可を出しており、ユリアネが不在の間、エルステの権限はリリスのツヴァイテであるルイゼが代行する。
エリスにとっては、空を飛ばずにパンゲーアの外に出る機会はこれが初めてだった。
ただし、外に出るといっても目的地までは魔動馬車で移動するため、帝都の雰囲気や住民に触れることはない。
普段話す機会のない相手とあって、吸血種の居住地域に着くまで、エリスは"母親に寵愛されている女性"として、メイは"エルステ同士"として興味のあるユリアネに魔動馬車の中でいろいろと質問をしていた。
「着きました…ここが"ブルートシュタイン地区"です。
エリス様が到着した旨を伝えさせるので、ここで少々お待ちください」
そう言うと、ユリアネは同行していた配下のヴァンピーリンに指示を出し、ヴァンピーリンは駆け足でどこかへ走り去った。
ユリアネの配下が戻ってくると、魔動馬車は再び動き、とある家の前に横付けされた。
家の中に入り、親から事情を聴いて、目的の少女がいる部屋へと足を踏み入れたエリス。
「か…かわいい…」
エリスと、ふわふわの赤髪をツインテールにしたヴァンピーリンの少女は同じ言葉を発した。
「あなたが…エリスさまですか?」
「そうよ…あなたの名前は?」
「アンネ…です…」
エリスに名前を教えたヴァンピーリン・アンネのブラッディレッドの瞳はずっとエリスの方へ向いている。
そして、アンネの体には拘束具のようなものがいくつか着けられていた。
ユリアネやアンネの親から聞いた話では、アンネは身体能力や吸血種固有の能力に長けているが、それをうまく制御できないため、"拘束具"で抑えているとのこと。
それ故にブルートシュタイン地区の中では腫れ物に触るような扱いをされていて、そんな風に扱われたアンネは心に少なくないヤミを抱えてしまったが、エリスが会話をした感じでは、元々の素直な性格は失われておらず、エリスはアンネの外見も内面も気に入ったようだった。
「ユリアネ、こんなにいい娘を紹介してくれてありがとう。
アンネは私の専属侍女にするわ。
明日や明後日ではなくて、侍女として慣れてもらってからになるけど…」
「こちらこそ、アンネをお取立ていただきありがとうございます…。
すばらしい能力を持ったこの娘は必ずやエリス様のお力になるでしょう」
「でも、このままではその、素晴らしい能力を発揮できないから…アンネ、こっちに来て…」
「はい、エリスさま…」
エリスはアンネを側に呼ぶと、肩をはだける。
「私の血を飲みなさい。
そうすれば、アンネに取り込まれた私の血で、アンネの能力は制御できるようになるわ…」
「わかりました…エリスさまを…信じます…」
アンネは何の疑いもなくエリスの言葉を信じて、エリスの首筋に顔を近づけると、大きく口を開けて咬みついた。
エリスから血を吸った後、アンネはしばらく放心状態だった。
体の中で起こっていた"変化"が終わったようで、アンネは立ち上がると、拘束具を外す。
「もう、大丈夫のようね」
念のため、地区の顔役なども呼んで能力が制御できているかを確かめたが、全く問題なかった。
こうして、エリスはかわいいヴァンピーリンのアンネを無事お持ち帰りした。
パンゲーアに戻ると、ユリアネとアンネが少し会話を交わしてから、3人とユリアネは別れた。
エリスの部屋に3人が入り、室内にいた今日のエリス担当の侍女を集めると、改めてアンネが挨拶をする。
「アンネと申します…。
アンネは、エリスさまのために精一杯頑張りますので、よろしくお願いします…」
主にエリスの担当につくことが多い侍女たちはすでにメイによってロリコンに堕とされていたが、アンネの加入でロリコンの人数が増加し、すでに堕ちている者も症状がより深刻になっていった。
それでも彼女たちは、侍女としての仕事に支障を来たさないようにする理性は残していた。