26 天空の会議
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アヴァロニア大陸のほぼ中央、セントメアリ上空にあるエリスの城・ヒンメルスパラストでは、これから幹部が勢揃いして会議を開催するため、会議室に続々とエリス配下の幹部たちが集まっていた。
エリスと専属侍女4人が座る席の近くに"三賢女のマグノーリエ、バルザミーネ、クラウディアが座り、クラウディアの隣の席はヘレーネとグレーテル、それに女吸血種のジビュレが占めた。
ヘレーネは長らくセントメアリの行政府の長を務めていたが、エリスが事実上支配する領域全体の内政担当"フィーアゾイレン"就任とともにプレジデンティンから退いた。
グレーテルも肩書としてはヘレーネと同じフィーアゾイレンだが、ヘレーネやほかの内政官僚からいろいろと教わっている"見習い"段階である。
ジビュレは女帝リリス配下でアマージエン島の防衛を担う戦闘要員だったが、オストシュヴァルツ州で活躍する同族のエミーリアに憧れを抱くようになり、彼女の話を伝え聞いたユリアネがエリスへ推薦して、グレーテルと同じフィーアゾイレン"見習い"となった。
なお、ユリアネは、ジビュレを"戦闘要員のヴァンピーリン"として見た場合"平均よりやや下"と評したが、戦場ではない所で自らの身を守るだけなら問題はなく、エミーリアのような州レベルにとどまらず、エリスのそばでもっと広い視野から帝国の内政を見てほしいと望んだ。
なお、フィーアゾイレンはその名の通り最大4名からなるため、今のところ1名分の欠員が生じている。
将来はドライヴァイゼンと統合され"ジーベンヴァイゼン"へ移行する予定である。
ドライヴァイゼンやフィーアゾイレンの向かい側には仮称"ノインラターネン・プルス・ドライ"の12人が座った。
エリスの席に近いほうから"アインス"のイーリス、"ツヴァイ"のペペ、"ドライ"のリューディア、"フィーア"のベルティルデ、"フュンフ"のミヤ、"ゼクス"のレナーテ、の順である。
レナーテの隣に座ったディアボロスは、グレーテルの後任として"ジーベン"を務めることになった、上級貴族出身のヘートヴィヒ・バイツイェーガー。
バイツイェーガー家と仲の良くない貴族たちから、陰では"プーテ"という蔑称で呼ばれていた彼女は、策略によって閑職に追いやられた後、彼女に興味を持ったエリスによってヒンメルスパラストに引き取られた。
メイから"同族"に両親を殺されて結界に閉じ込められ、壊れてしまった自分をエリスが救ってくれたという話を聞き、他のエリス配下の侍女たちからも励まされて、人間だった頃のメイに近い壊れかけだった状態から立ち直ったヘートヴィヒは、戦闘向きだった才能を開花させ、幹部の座も手に入れた。
没落する前は"生まれながらのディアボロス"以外を見下していたヘートヴィヒだったが、今では寧ろ、イーリスやミヤなどの元人間に好意を抱き、メイに心酔している。
ヘートヴィヒの隣はヴァルプルギス姉妹の姉である"アハト"のカリナと妹である"ノイン"のベルタが並ぶ。
ベルタの隣はノインラターネンの"拡張"に伴って増えたメンバーで、"ツェーン"には魔女のアネモーネ、"エルフ"にはスヴァルトアールヴのスルーズが任じられた。
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アネモーネ・ホイスヒェンはベルタと同い年で、幼い頃はベルタとよく一緒に遊んでいた。
ベルタに友達以上の感情を抱き、カリナも実の姉のように敬慕していたが、ヴァルプルギス家が帝都に移住し、さらにカリナがエリスの配下"アハトシェッツェ"に任じられてパンゲーア内部へ常駐するようになると、ベルタも姉についていったため、アネモーネとヴァルプルギス姉妹は疎遠になった。
大好きな姉妹とまた一緒にいたいと強く想ったアネモーネは、少しでも近づくため帝都で魔法の技術を磨く。
風を操る魔法を極めた彼女の努力は実って、新たな幹部候補を探していたエリスの配下に加えられた。
「カリナお姉様とベルちゃんには、いつ会えるのでしょうか」
教育担当の侍女に漏らした言葉が、アネモーネにとってヴァルプルギス姉妹は幼馴染であるという情報とともにエリスへ伝わると、エリスは各所への調整を行って"再会の場"を設定。
ノクスから依頼されて今度カリナとベルタが行う予定の、旧バグロヴァヤ領の巡視に連れて行ってほしい者がいると言って2人を打ち合わせ用のスペースに呼び出し、そこにアネモーネを待機させた。
2人がやってくると、アネモーネは我慢できずベルタに抱きつく。
「ベルちゃん…やっと会えた…」
驚いたベルタに、エリスが説明する。
「彼女はアネモーネ・ホイスヒェン、あなたたちと同じ魔女で、あなたたちの幼馴染だそうよ」
「アネモーネ…昔ベルタと一緒に遊んでいたあの子が、こんなに立派になったのね…」
「カリナお姉様…覚えていてくれて…うれしいです…」
「ネネちゃんのフルネーム…今初めて知った…」
「ベルちゃん…また"ネネちゃん"って呼んでくれるのね…」
「正直に言うと、抱きつかれた時は誰かわからなかったけど、エリス様が魔女だって言ったから…。
わたしの知っている、メイ様みたいにきれいな白い髪の魔女はネネちゃん1人だけだもの…」
「正直なベルちゃん…ますます好きになっちゃう…。
それに、どんな形であれベルちゃんにとっていい意味で"唯一無二"の存在として認識されて、しかもメイ様みたいだなんて…うれしい…」
アネモーネはベルタに抱きついたまま、頬を赤く染めて微笑んだ。
こうして、姉妹と幼馴染の魔女は同格の役職を与えられた。
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"フィーアゾイレン"の1人分、"ツヴェルフ"と4人の専属侍女、それにエリスの席以外が埋まり、南側の扉が閉じられると、今度は北側の扉が開き、専属侍女を従えてエリスが会議室に入ってきた。
専属侍女が席につくと、エリスは型通りの挨拶をした後、言葉を続ける。
「さて、今この場に足りない者は"フィーアゾイレン"の1人と"ツヴェルフ"。
前者は未だ適任者が見つかっていないけど、"ツヴェルフ"は一部の者に紹介を済ませており、ここで改めて皆に紹介するわ。
さあ、入りなさい」
エリスの言葉とともに南側の扉が再び開くと、そこには長身の女性が立っていた。
「"はじめまして"の方も、この姿を初めて見る方もいるようですので、この場で皆様に改めて自己紹介を。
エリス様から"ツヴェルフ"として"ティーアクライス"の末席に加えていただきました、ハルピューイェのティジーフォネと申します」
"ツヴェルフ"に任じられたハルピューイェのティジーフォネは帝国がアヴァロニア大陸の征服を進めていた頃からデー・クラフトに在籍していたが、魔獣がアマージエン島の外でも本来の力を発揮できるようになるための魔力をエリスは長らく与えることができなかったため、ティジーフォネを含めたデー・クラフト所属の魔獣は前線に立てなかった。
三姉妹が四大陸のうち2つ目をほぼ手中に収めたこの時期に、ようやくエリスも魔獣に魔力を与えられるようになり、古参の魔獣数名を"品定め"した結果、ティジーフォネが"ティーアクライス"最後の1名に相応しいと見極めた。
「ところで、先ほど耳にした"ティーアクライス"が"ノインラターネン"に代わる我ら12名の総称ということですか?」
「ええ…"元人間"を含めて、メンバーが多様な種族で構成されているからその名が相応しいと、メイが提案してくれたのよ」
「メイ様…さすがです…」
ヘートヴィヒからの質問にエリスが答えると、ヘートヴィヒはメイに熱っぽい視線を向ける。
ヘートヴィヒだけでなく、ティーアクライスの12名全員がメイを篤く敬慕しており、メイのような知勇兼備の傑物に少しでも近づきたいと思っていた。
ティジーフォネが席に着くと、ティーアクライスが全員揃った初めての幹部会議"ヒンメルスコンフェレンツ"を始めるため、南側の扉は再び閉じられた。
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会議が終わると、エリスは専属侍女4人とマグノーリエ、ヘレーネを従えて"執務室"へ移動。
ドライヴァイゼンとフィーアゾイレンから持ち込まれた書類を決裁した。
エリスの負担を軽減するため、それほど重要でないことは、軍事的なことならドライヴァイゼンやその最上位者であるマグノーリエ、内政分野ならフィーアゾイレンや最上位者のヘレーネが決定できるようにしている。
決裁する書類の大半はそれらの事後承認だが、どうしてもエリスが決裁してからでないと実行に移せない重要課題もある。
今日の分は幸い、重要課題はなく事後承認だけだったので、"エントシャイドゥング"にかかった時間は比較的短かった。
エリスたちが執務室を出ると、ポニーテールを激しく揺らしながらかなりの速度で近づいてくる小柄な女性が1名。
「メイ様、これをエリス様に」
メイが小さな紙片を受け取り、それに記された内容を確認してからエリスに渡す。
「ようやく動けるのね…ティナ、イルミナお姉ちゃんにもそれを見せて、明日私がその件でアビュススへ行くと伝えて」
「承知しました」
"ティナ"と呼ばれた女性は、メイから紙片を返されると、エリスの指示を全うするためアビュススへ向かった。
ノクスが擁するヘーアの諜報要員"ナハトヴァンドレリネン"のようなものを欲したエリスは、侍女たちにアマージエン島や自らの支配地域で数名の諜報要員"ユヴェーレン"をスカウトさせたほか、ノクスに頼んで、ヴァレンティナというバグロヴァヤ出身の人間を入手。
エリスの"兵器"に堕ち、ユヴェーレンの一員とされたヴァレンティナは、汚職事件の摘発をはじめとした多数の活動実績でエリスの信頼を得ただけでなく、その容姿もエリスに好印象を与えた。
多くのユヴェーレンは"ユヴェリーリン"の指揮下で動くことになっているが、ヴァレンティナは単独行動が許されている数少ないユヴェーレンであり、エリスから"ティナ"と愛称で呼ばれ、諜報要員の中で一番エリスに気に入られている。
「メイもティナのこと、気になるの?」
「はい…エリと長くいるうちに、趣味嗜好もエリに似てきたようです…」
「ならば、次にティナが私のところへ戻ってきた時に、メイが労ってあげて。
あの子もきっと、メイに懐くと思うから」
「わかりました…」
早速、アビュススから戻ってきたティナにメイが近づき、頭を撫でながら労をねぎらうと、
「えへへ…メイ様に撫でてもらえて…とてもうれしいです…」
普段の無表情から一転、頬を赤く染めながら微笑んだティナはエリスの言った通り、メイに懐いた。
<2023/ 5/14修正>不要な改行を削除しました




