22 地下の妖精
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ミヤがディユ谷から連れてきた女性は、エリスに膝枕をされた状態で目を覚ました。
「あれ…ここ…どこ?」
「ここはかつてのバグロヴァヤ帝国領、今はヴェルトヴァイト帝国オストシュヴァルツ州の都ラヴェンデルシュタットよ」
「ふぇっ…あなたは…エリスちゃん…はわわ…醜いわたしがこんなにかわいいエリスちゃんの膝枕なんて…絶対夢だ…。
夢に違いないわうふふ…うぇへへ…」
目覚めてから少し遅れて、自分の頭がエリスの太ももの上に乗っかっていることを認識し、ニザヴェリルでも魔族のとてもかわいい皇女として名前とその愛らしい姿が知れ渡っているエリスに会えただけでなく、膝枕までしてもらっていたことに脳内の情報処理が追いつかず、混乱している。
こういう時のためにこの場にいたファニーが薬を無理やり飲ませると、小柄な女性から表情が抜け落ちて目も虚ろになったが、すぐ元に戻った。
「少しは落ち着いたかしら?」
「エリスちゃんが目の前にいるので、まだすごく緊張しています…」
「さっきみたいに暴走しないのなら、大丈夫そうね。
まずはあなたの名前と身分を教えてちょうだい」
「はい…わたしは、スルーズ…ニザヴェリルの統領の娘です…」
小柄な女性…スルーズはエリスに見惚れながらも、質問にはしっかりと答えた。
「そんなあなたが、なぜ侵略戦争の最前線に立たされていたの?」
「兄さまや姉さまと違ってわたしは醜い存在だから、ドヴェルグとともに戦うことでしか役に立てないのです…」
「そんなことはないわ…ニザヴェリルでの基準がどうかは知らないけど、私から見てあなたはとてもかわいいわよ…」
「世界一かわいいエリスちゃんにそう言ってもらえて…うれしい…です…ふぇぇ」
少し雑談を挟み、いよいよ本題。
「ところで、スルーズは今後、ニザヴェリルに帰るか、私のものになるか、どちらがいい?」
「わたしは、エリスちゃん…いいえ、エリスさまのものになりたいです…」
スルーズはエリスから自分もかわいいと褒めてもらい、さらに会話を交わすうちに、すっかりエリスに心酔していた。
「ならば決まり、と言いたいところだけど、一応ニザヴェリルにそのことを含めていろいろ伝えておかないとね。
正式に私のものになったら、海の向こうにある私の城に連れて行ってあげるけど、それまではしばらくこのラヴェンデルシュタットに滞在してもらうわ」
「はい…お待ちしています…」
一旦女帝リリスに報告と提案を行い、スルーズの扱いについてエリスに一任するとの言葉をいただいてから、エリスはアンネとベルタを使者としてニザヴェリルに派遣。
ニザヴェリルの統領でスルーズの母でもあるシフとの会談に臨んだアンネとベルタはまず、先日ドヴェルグたちが侵攻したチュンヤン王国はヴェルトヴァイト帝国の属国であり、再度侵攻を企てた場合は帝国とも敵対することになる旨と、帝国やチュンヤン王国がディユ谷より北へ攻め入るつもりはないことを伝え、シフから、"そういうことであれば、ディユ谷より南へは今後攻め込まない"という言質を取った。
スルーズについては、本人の意思もあって帝国で預かりたい旨をアンネから伝えると、
「あの子は我らの手に余る存在なので、帝国でもらっていただけるならありがたい」
とあっさり許可をもらった。
ニザヴェリルの民は基本的に人間を敵視しているが、ディアボロスとは仲良くしたいと思っており、今日の会談で空気が張り詰めるようなことは一度もなかった。
今回合意したことについての正式な手続きや返礼などのため、後日エリスがこちらへ来ることを決定すると、シフや側近たちはとても喜んでいた。
10日後、左右にメイとアンネを従え、髪の中にクロエを潜ませると、エリスはディユ谷を越えてニザヴェリル領に入る。
アンネの案内でエリスたちは地下道をひたすら進み、シフとその家族が住む宮殿に到着すると、アンネは門番のドヴェルグにエリスの到着を告げた。
ドヴェルグに先導されたエリスたちが、前回アンネたちが会談に臨んだ会議室の前まで行くと、そこにはシフと側近のドヴェルグたちが待っていた。
ドヴェルグたちが醜い分、シフの美貌が際立っている。
「お初にお目にかかります…ヴェルトヴァイト帝国第3皇女エリスです…」
「ニザヴェリルの統領シフです…エリス殿、よくお越しくださいました…」
美しいシフと愛らしいエリスは、お互い見惚れそうになりながらも、なんとか堪えて挨拶を交わした。
アンネたちとシフたちで合意していた事項はそのまま正式な両国間の協定として締結され、スルーズをエリスが貰い受ける件も、エリスから返礼の品を渡した上で正式に決定した。
特に揉めるような要素はなく、エリスとシフの会談は終始和やかな雰囲気だった。
二国間の会談が終わると、シフはそれまでより少し表情を崩してエリスに語りかける。
「あの、エリス殿…1つお願いが…」
「なんでしょう?」
「ぎゅってしたい」
「…いいですよ…」
「えへへ…エリスちゃんかわいい…」
エリスは誰にでも抱擁を許すわけではないが、一国の元首でスルーズの母でもあるシフは拒まず、身を任せた。
シフは時間の許す限り、だらしない表情でエリスの抱き心地と髪の触り心地を堪能。
エリスが宮殿を去ってからも、しばらく思い出しては不気味に微笑んでいた。
「スルーズ、あなたの母親から正式に許可をもらってきたわ」
エリスはチュンヤン王国経由で帝国に戻ってくると、真っ先にラヴェンデルシュタットへ向かい、スルーズに"結果"を告げる。
「うれしい…エリスさま、だいすき…これでわたしは名実ともにエリスさまのものです…」
スルーズはエリスの言葉を聞いて、喜びを噛みしめるように微笑んだ。
「それなんだけど、あと1つ…ではなく2つやることがあるの」
「なんでしょうか」
「このままのあなたを側においてもいいのだけど、やっぱりあなたの低すぎる自己評価を何とかしたいの。
それと、あなたは今のままでもよほどのことがない限り私の敵にはならないでしょうが、あなたを利用しようとする輩に狙われて何かされるかもしれない…。
その前に手を施しておきたいのよ」
「すでにわたしはエリスさまのものなので、思うがままにしてください」
「わかったわ」
約束通り、スルーズをヒンメルスパラストまで運んだエリスは、準備を整えてから、"愛憎反転"を少し"調整"してスルーズに施した。
「スルーズ、自分を見てどうかしら?」
少しの間失神していたスルーズが目を覚ますと、エリスはスルーズを鏡の前に立たせ、自分をどう思うか尋ねる。
「エリスさまほどではないですけど、とてもかわいいです…。
無自覚にディアボロスたちを魅了してしまいそうですね…」
エリスの思惑通り、スルーズのネガティブな思考はハスリーベ・ウムケーレンで反転した。
「あなたを完全に私のものとするための最後の一手は、あなたの"意識"と"人格"を支配すること」
「すでにわたしは身も心もエリスさまのものですけど…」
「"普段通りのあなた"ならそうでしょうけど、敵の魔法や特殊能力であなたが意識を失い、体や精神を操られるかもしれない。
身も心も私に委ねることを経験し、それの副次的な効果として私の敵から支配されにくくすることが目的よ」
「かわいいわたしがエリスさまの操り人形にされている姿…私自身が見ることはできず残念ですけど、想像しただけで興奮します…」
「映像として記録したものを後で見せてあげる…それならあなたも自分自身が傀儡にされた姿を見られるわ…」
「本当ですか!今からものすごく楽しみです…」
エリスがいろいろと期待していたスルーズの額に魔力を籠めた指を当てると、スルーズの瞳は輝きを失い虚空を向いた。




