19 ゲファレネ
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"ゲファレネ"はかつて神々に仕える天使だったが、罪を犯した罰として"神の世"から追放された者。
天使ではなくなったものの、神から与えられた力を完全に失ったわけではないので、かつてはそのまま放置した結果、数名が追放先の"人の世"で災いとなった。
そのため、人の世で"ヤミの勢力"を率いる者にゲファレネたちの身柄を預けることとし、それからはゲファレネによる大規模な災いは発生していない。
「ここにいるゲファレネたちの中から2人まで選び、その者と私、メイ、クロエのいずれかが模擬戦を行って、"自分より上位の者"だと認められればいいのね」
「その通りです」
エリスは数人いるゲファレネにいろいろと尋ねてから、ベルティルデとレナーテを選んだ。
「2人はいずれも、形式的にはクロエの部下となるわけだから、まずクロエがどちらとやるか決めなさい」
そう言われたクロエは少し迷ってから、レナーテと戦うことに決め、残ったベルティルデがメイの相手となった。
クロエとレナーテの模擬戦は、レナーテが炎の玉を1つ投じたことで開始。
武装"ナハティガル"をまとったクロエは微動だにしなかったが、炎の玉はクロエの手前で消滅した。
レナーテの"二の矢"は文字通り、金属製の矢に炎をまとわせて放つ。
クロエは難なく避け、クロエに当たらなかった矢は炎が消えてから奥の壁に刺さった。
矢を避けたクロエがそのまま攻撃に転じ、レナーテの背後に回りながら細身の短剣を数本投げつける。
今度は守勢になったレナーテだが、短剣をすべて避けきった。
レナーテに避けられた短剣の"位置"を確認したクロエは妖しい笑みを浮かべる。
「ライヒ・デア・ナハト」
クロエが発したキーワードで部屋の一部が"夜の国"に変わり、"ピーピー"という鳥の囀りのような音が響くと、無色透明の小さな結晶が豪雨のごとくレナーテに降り注いだ。
"夜の国"はレナーテの炎を完全に封じており、レナーテはなすすべなく、クロエの"豪雨"をまともに受けて倒れた。
「戦闘が長時間に及べば間違いなく私が不利になるので、いざという時のために蓄積しておいた魔力を使い、"クリスタルナハト"で勝負を決めました」
"クリスタルナハト"は、"ライヒ・デア・ナハト"によってクロエの"結界"ともいうべき領域を形成した上で、鳥の囀りのような音をトリガーにして標的がいるあたりの空気を無数の結晶に変え、その結晶を標的に落とす。
発動に膨大な魔力を要するため、クロエは普段から魔力を少しづつナハティガルに蓄積し、この日の時点での蓄積量は"クリスタルナハト"3回分だった。
「こうしてあなたに倒された以上、認めないわけにはいかないですね…。
"あなたの配下"として、エリス様の"ノインラターネン"に加わります」
レナーテはこの場で多くを語らず、潔く"クロエの配下"になることを決めた。
クロエが戦闘開始時に立っていた場所の空気は、レナーテとの模擬戦が終わっても冷たいままだった。
"もう1つの戦い"はそれによって有利不利が生じないよう、場所を変えて行うことにした。
ベルティルデと、武装"グラウエ・エミネンツ"を身につけたメイが対峙して、お互い少しだけ様子を窺っていたが、"先制攻撃"はメイが仕掛けた。
ベルティルデが立っている場所近くの床4か所をトイフェライ"ツェアシュテールング"で破壊。
突然近くの床が壊れてもベルティルデはメイの"真の狙い"を警戒して動かなかったが、さらに4か所の床が破壊されると、さすがに動かざるを得なくなった。
ベルティルデは矢や針、真空の刃など、追い風に乗せた飛び道具でメイを狙うも、すべてメイに破壊される。
さらに、少し足を止めるとメイの攻撃で自分の近くの床が破壊される。
動き続けるベルティルデと、ほぼ不動のメイ。
長引くほどメイ有利であることは明白だが、"模擬戦で使用可能な射程の長い大技"をベルティルデは持っていない。
メイの懐に飛び込むしかなくなったベルティルデが覚悟を決めると、メイもそれを察して迎え撃つ準備を整えた。
真空の刃とともに、追い風で加速してメイに急接近するベルティルデ。
「デルクイ」
「ぐっ!」
だが、メイが短い言葉を発すると床から巨大な円柱が飛び出し、ベルティルデを突き上げた。
円柱の上で倒れているベルティルデにメイが近づいて、短剣の切っ先を顎の下に突きつける。
「降参しますか?」
「はい…」
メイの完勝だった。
「先ほどはエリス様に見苦しい姿を見せてしまいました…」
「私のエルステが相手だもの、仕方ないわ」
「はい…レナーテがやられたところも見ていましたが、私が戦っていたとしても、あの"クリスタルナハト"を使われたら負けていましたね。
あれほどの能力を持つツヴァイテであれば、私の"上司"となることに異議はありません」
ベルティルデも"クロエの配下"になることを承諾し、これでノインラターネンの欠員は解消されることとなった。
「それで…その…」
「いいわよ…あなたが私に何を期待しているかはわかっているわ…。
望み通り、あなたを堕とすわね…」
そう言うと、エリスはレナーテにぎゅっと抱きつき、レナーテも抱き返す。
「えへへ…エリスさま…もふもふ…やわらかい…」
エリスの抱き心地に酔いしれたレナーテが忘我の状態に陥ると、次にエリスはベルティルデにも抱きついた。
ベルティルデもレナーテと同じくだらしない表情になり、エリスが離れても、しばらく抱いていた時の体勢から動かなかった。
「うふふ…私たちはすでに邪なる存在に"堕ちて"神の世から追われた者ですから、エリス様の魅力に溺れてさらに堕ちた今、私たちのゲファレネとしての力は増していることでしょう…」
「それなら、私のドリッテとフィアーテであなたたちを完全に"堕とす"ことにするわ…」
「今から楽しみです…」
我に返ったレナーテ、ベルティルデとこれからのことを少し話し合ったエリスは、リリスに報告するため一旦深層を後にした。
「お互い全力でなかったとはいえ、メイとクロエがゲファレネたちに力を認めさせたことで、エリスの評価もより高まるわ」
リリスは目を細めながら、エリスを抱き寄せる。
「メイもこちらにいらっしゃい…」
「はい…」
リリスに抱擁されながら頭を撫でられ、メイは久しぶりに"エルステの特権"を味わった。
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数日後、エクレア経由で神の世との調整を済ませると、エリスはノインラターネンの新メンバーとなるレナーテとベルティルデをヒンメルスパラストへ連れていく。
その際、ゲファレネであることが知られないよう、両名は自分の翼ではなくメイの創った飛行ユニットを使って飛んだ。
もともと自力での飛行が可能であったため、レナーテもベルティルデも飛行ユニットへの慣れは比較的早かった。
エリスたちがヒンメルスパラストに帰ってくると、留守番をしていた小柄な専属侍女2名が駆け寄ってくる。
「アンネ、ファニー、この者たちはノインラターネンの新メンバーになるゲファレネのレナーテとベルティルデ。
レナーテ、ベルティルデ、こちらのヴァンピーリンがドリッテのアンネで、こちらはファニー。
メイと同じ、元人間よ」
エリスの紹介でアンネたちとレナーテたちが挨拶を交わすと、アンネとファニーは初めて見たゲファレネに興味津々で、いろいろなことを教わったり、甘えたりして親睦を深めた。
他の小柄な侍女たちも、クロエに引けを取らないほど容姿端麗なゲファレネに見惚れる者が少なくなかった。
一方のレナーテとベルティルデも、エリスから聞いていた以上に愛らしい容姿のアンネたちに惹かれていく。
帝国でも関係各所での調整が済み、レナーテは"ゼクス"、ベルティルデはレニの後任の"フィーア"に任命され、ようやくノインラターネン9名が揃ったが、その時すでにゲファレネ2名はエリスの思惑通り、重度のロリコンに堕ちていた。
別作品でもクロエの"必殺技"として"クリスタルナハト"を出しましたが、境遇の違いを考慮して、こちらでは1人で完結する技にしています。




