17 東部州の強化と小王国での癒し
サブタイトルでのネタバレを避けたらかなり抽象的なものになってしまいました。
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エリスがマリーアを管理職としてオストシュヴァルツ州政府に派遣すると、州政府職員の残業時間が短くなるなど、状況は徐々に改善されていった。
だが、エリスはヘレーネからの助言でもう1人管理職を送り込むことにした。
女帝リリスのエルステであるユリアネを介して面会したその"人物"を採用することに決め、その者の紹介を兼ねて、州政府幹部との会議のため、専属侍女4人を従えて州都ラヴェンデルシュタットを訪れた。
州政府庁舎の地下にある会議室に入ると、州知事のハンナ・アスムスと数人の幹部がすでに待っていた。
その中にはマリーアも含まれている。
「エリス様、お待ちしておりました」
新たな管理職となる者は先にラヴェンデルシュタットに到着していて別室に待機しており、アンネがその者を呼びに行った。
アンネとその者が来るまで、エリスたちは別の議題で会議を始めた。
アンネが戻ってきたことを察したエリスは区切りのいいところで話を止めた。
「アンネが新しい幹部候補を連れてきたから、紹介するわ」
クロエが扉を開けてアンネたちを招き入れると、アンネと一緒に入室した者はアンネと同族の女吸血種。
「エミーリア・ブルートシュタインと申します。
これからハンナ様の下でオストシュヴァルツ州のために尽くしますので、よろしくお願いいたします」
エミーリアはマリーアと同じくらいの身長で、背中にはアンネと同じように小さな翼がついている。
ヴァンピーリンは固有能力を生かした戦闘要員や諜報要員として見られがちだが、そうでない者も少なくない。
「エミーリアはある事件がきっかけで戦闘にかかわる能力を事実上喪失してしまい、長いこと故郷であるブルートシュタイン地区の自治政府を手伝っていたのよ。
広大なオストシュヴァルツ州にその経験が通用するかは未知数だけど、ヴァンピーリンの能力を生かすには狭いアマージエン島よりこちらのほうがいいわ」
「そうですか…ラヴェンデルシュタットには"シュヴァルツェ・フェーダン"がいますから、安心してください」
「はい…お気遣いありがとうございます」
エミーリアには管理職の1人オティーリエ・アルテンブルクが現任教育を施し、頃合いを見て一人立ちさせることになった。
エミーリアがオティーリエの隣に座ると、会議が再開。
予定していた議題すべてで方針が決まると、エリスはハンナやマリーアたちに見送られて南へ飛び去った。
ラヴェンデルシュタットを発ったエリスの行き先はヒンメルスパラストでなくパンゲーア。
ユリアネに、エミーリアのことを伝えるためだった。
「アンネに続いて、エミーリアもエリス様のおかげで救われました…本当にありがとうございます…。
しかも、明日でよいところを今日のうちに…」
エリスから話を聞いたユリアネは涙を流して喜んだ。
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数日後、エリスは再びテストゥド大陸へ飛ぶ。
今度の行き先はチュンヤン王国の都・シュアンチン。
メイに付き従う侍女の中にはチュンヤンの女王ジン・シュエの妹であるホンメイの姿もあった。
「エリス様ぁ…もふもふ…すりすり…」
王宮でエリスを出迎えたシュエは、形式通りの挨拶を済ませて私室にエリスを招くと、エリスに抱きつき、エリスの腰の高さまで伸びた漆黒のふわふわロングヘアに頬ずりしてその感触に酔いしれる。
「そんなに私の髪が好きなのね…ならば、こうしてあげるわ…」
エリスがふわふわロングヘアでシュエの顔を覆うと、
「あぁ…エリスちゃんの…ふわふわもふもふ…うふ…ふへへ…」
シュエは理性を失い、緩み切った表情で、どこにも焦点のあっていない虚ろな瞳をあらぬ方向に彷徨わせていた。
そんな姉を羨ましそうに見ていたホンメイは、
「陪臣であるあなたは本来なら触れることができないのだけど…特別に許可するわ」
というエリスの言葉に乗せられて、姉と同じようにエリスの髪の虜になってしまった。
「エリスちゃん…あなたのようなふわふわでもふもふできるぬいぐるみが欲しい…」
エリスの髪を堪能したシュエは独り言のように、正常な状態では口に出さない欲望を呟く。
エリスの後ろでは、メイにキスされて我に返ったホンメイが、心配そうに姉を見つめている。
エリスはシュエが抱きついてきた際に、彼女の精神がかなり危険な状態であることを悟ったため、自分の長い髪でシュエの顔を覆うと同時に、虚無魔象で彼女の理性を奪いつつ、ふわふわの髪に触れることでシュエの張りつめていた精神が少しずつ解されるようにした。
ファニーの"実家"であるベネディクト家は薬や回復系の魔法に関する様々な書物を所有しており、その中には病状を緩和させる方法について、薬と魔法を併記する形でまとめたものもあった。
ファニーの父と兄はエリスがセントメアリを襲撃した"惨劇"の際に殺され、家業の"ベネディクト・ファーマシューティカルズ"は姉のメアリが引き継いだ後、今も彼女の子孫が営んでいる。
エリスは当初、ベネディクト家の蔵書を帝室へ献上せよと要求したが、業務上必要になることが多いとして断られた。
その代わり、皇女とその侍女は"事前予約"を条件として蔵書の"閲覧"が許可された。
ベネディクト家の蔵書の内容を知識として取り込んだメイが、ノクスやイルミナが精神的に疲弊した時のために、エリスが髪に触れさせながら虚無魔象を送り込むことで癒す方法を提案し、エリスは何人もの人間を実験台にして習得。
妹とのイチャイチャに加えて虚無魔象による癒しを得られた姉たちは満足し、エリスも大好きなお姉ちゃんたちに喜んでもらえてうれしかった。
今回エリスはそれを応用したが、想定外というか、想定以上に"効果"が続いている。
姉の場合はエリスの髪をもふもふして満足したら我に返る"想定通り"の動きだった。
一方、シュエは"髪の毛もふもふ"だけでは癒しきれないほど疲弊していたのか、未だに理性のタガが外れたまま。
心構えなしに女王として祭り上げられた彼女にかかり続けている精神的な負荷はかなりのものなのだろう。
「ふわふわもふもふのぬいぐるみがいいのね…次に来る時、かわいい魔物のぬいぐるみを持ってくるわ」
「ありがとう、エリスちゃん…楽しみに待ってるね…」
シュエは幼女のように無垢な笑顔をエリスに向けた。
シュエが普段通りに戻る兆しを見せないので、エリスはこのまま"本題"に入ることとした。
エリスからチュンヤンへの支援として予定していることを伝えた上で、シュエにチュンヤン王国の現状や、予定していること以外にシュエがエリスにどういった支援をしてほしいか、などを聞いた。
本来なら正気のシュエがどこまで話してくれるか確認したかったが、今のシュエは素直に何でも話し、遠慮なくエリスへの要望を出してくる。
シュエの発言は妹のホンメイがしっかり聞き取って紙に書き記していた。
チュンヤンでの用事がほぼ終わったところで、自然な"目覚め"を待てなくなったエリスはシュエを覚醒させた。
理性を失っていた間のこともしっかり覚えているシュエは顔を真っ赤にする。
「あなたがここまで精神的に参っていたとはね…。
メイと相談して、次に私がここへ来るまで、ホンメイを置いていくことにしたわ」
「本当ですか!うれしいです…」
ホンメイも異論はなく、期間限定ながら再び姉妹揃って暮らせることになった。
シュエとホンメイに見送られて王宮を後にすると、エリスはメイと2人だけで、変装した上でシュアンチンを散策する。
もちろん、他の従者も分散しつつ2人についてきているが、寄り添って歩く2人の様子は"デート"そのもの。
従者たちもシュアンチンの住民たちも、小柄な2人のイチャイチャを優しく見守っていた。
シュアンチンでの滞在を終えてヒンメルスパラストに帰ってきたエリス。
自分の部屋のソファでくつろぎ、メイとアンネに挟まれてご満悦のところにファニーがやってきた。
「エリス様…ノクス様からの使者として、至急会いたいという者がわたしに接触してきたの…」
「あえてあなたに、というと…」
「うん…ポーラお姉様だよ…」
セントメアリの町中にあってエリスが自由に使える"行政府庁舎"に移動し、エリス専用としている部屋でしばらく待つと、ファニーに先導されて、彼女の姉である"ポーラ・ベネディクト"が入ってきた。




