12 雪と紅
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テストゥド大陸において一時、破竹の勢いで勢力を拡大していた国家"ウリン"は、女性戦闘員たちの"反乱"と、それに乗じたヴェルトヴァイト帝国の攻撃で突如、事実上の滅亡に追い込まれた、と後世の歴史書には記されている。
もちろん、それは表の部分だけを見た者による記録で、裏でエリスたちと"ナハトヴァンドレリネン"の暗躍があったことは、ヴェルトヴァイト帝国の機密文書にしか残されなかった。
なお、ノムギの近くでエリスたちに襲われながら1人だけ逃げのびた男は、女性たちの"反乱"の影響がなかった大陸北部でウリンを"継承"したが、擁する人口も軍事力も大幅に減少したため、ヴェルトヴァイト帝国だけでなく、バグロヴァヤ征服開始より前からにらみ合っていた北方の勢力が攻めてきた際に、彼らだけで国を維持できるかどうか、相当な苦難を強いられる状況になった。
エイケイでメイたちが"チュンヤン"の王族"ジン家"の生き残りとして保護した2人は姉妹で、2人とも小柄だった。
「私の名前はシュエです…」
「わたしはホンメイです…」
「2人ともすごくかわいいわ…」
跪いて挨拶する健気な2人に、エリスはつい表情を緩めた。
「ところで、あなたたちはこちらの提示した条件をすべて受け容れることに間違いはないのよね?」
「はい…私たちは恩人であるメイ様をお慕いしていますので、このような好条件をお断りする理由がありません」
「わたしも、メイ様のお側に仕えることができて…幸せです…」
ヴェルトヴァイト帝国が"ジン姉妹"に提示した条件の1つは、帝国が支援して、無期限で帝国に従属する立場ながら、チュンヤンがクーデター発生時に有していた範囲を領土として再興するというもの。
クーデター以来、ウリンによる様々な破壊・改変でチュンヤンはほぼ0に近い状態からの再スタートとなる。
そのため、どうしても大きな勢力の後ろ盾がないとすぐに潰れてしまう。
当面帝国の庇護下に入ることで、再度の滅亡を免れる可能性が高まることから、姉妹は一見不平等に見える諸提案を受けた。
新しいチュンヤンの国民は、ウリンに"反乱"を起こした女性たちのほか、ウリンによって都市や町から追放され、住みづらいところに隠れ住んでいた元からのチュンヤンの民を呼び戻すという。
もちろん、メイたちが各地に撒いたザフィッシュマテリエの"後処理"が終わってからになるが。
また、軍についてはウリン軍から離反した女性部隊のうち、ルリが率いる部隊だけをエリスの配下として帝国軍に編入し、残りはチュンヤンに譲ることとした。
その際に、リューリク平原と各都市でこれまでに2度ザフィッシュマテリエを摂取した者たちは、大地の女神ヴェルティアの敬虔な信徒であるチュンヤンの王族に絶対服従させるため、エリスたちが3度目の摂取をさせた。
3度ザフィッシュマテリエを摂取した者は、ヴェルティアの下級眷属"ルベド"と化す。
シュエがヴェルティアから使役の許可を得たことで、ルベドたちはシュエの親衛隊のような扱いになった。
チュンヤン再興のための施策が一通り動き出したところで、エリスたちはホンメイを従え、エイケイから旧称に復したチュンヤンの都・シュアンチンを離れる。
帝国から提示した条件の1つに、姉のシュエは再興するチュンヤンの女王とする一方、妹のホンメイはヴェルトヴァイト帝国に連れていきメイの侍女とする、というものがあった。
妹と離れることがシュエにとって寂しくないわけはなく、ホンメイにとっても姉と離れることはとても辛いが、年に数回は会いに来るという"約束"をしたことで、2人とも笑顔で"またね"の言葉を交わした。
エリスたちは一旦ヒンメルスパラストに戻って、留守番を務めていた侍女たちにホンメイを紹介する。
元人間も多く、人間への抵抗が少ないエリスの侍女たちはホンメイを快く受け入れた。
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数日後、ホンメイをヒンメルスパラストに残し、エリスと専属侍女たちはツェントラルシュタットにいるノクスを訪ねる。
「ノクスお姉ちゃん、お迎えに上がりました…」
「待っていたわ、エリス…パンゲーアに帰って、母上に"エリスはこんなに頑張りました"って報告するわよ…」
「ならば、ノクスお姉ちゃんの功績は私が母様にお伝えします…」
2人は専属侍女とともにヒンメルスパラストからパンゲーアへ移動すると、途中イルミナと合流し、3姉妹と専属侍女の計15名でリリスの部屋を訪れた。
「3人と専属侍女たちの働きで、テストゥド大陸も大半を手に入れることができたわ…。
密約に従って生かしたままにしているバグロヴァヤも、後継が出なければ遅くとも100年くらいで滅びる…。
その間に我らが然るべき準備を整えれば、完全征服は確実に成るでしょう…」
「では、私たちは当分…」
「次に備えて、ウリンとやらと同じ目に遭わないよう、民と戦力の増強を第一にする…。
ただ、西や南より攻めかかってくる輩もいるから、そやつらの排除もあるわよ…」
「承知しました」
「ところでエリスちゃん、また人間の王族の女の子を侍女にしたって聞いたけど?」
「ホンメイは私ではなくてメイの侍女です…」
「今日はわたくしたち専属侍女だけなので、明日アビュススに連れてきます…」
「それでいいわ…こちらも、"ヴァイセ・カッツェン"から1人兵器に仕立てた子がいて、明日お姉様やエリスちゃんに見せてあげるわ」
「えへへ…楽しみです、イルミナお姉ちゃん」
「私も、今後の戦力増強に向けて参考になるかもしれないから、楽しみよ…」
リリスの部屋から退出して廊下を歩いている途中、3姉妹とメイはこんな会話をしていた。
翌日、言葉通りにエリスたちはホンメイを連れてアビュススに行き、イルミナの部屋に3姉妹が集結した。
「この子がホンメイ…とてもかわいいわ…」
「髪の色以外はメイぴょんによく似ているのね…2人並ぶと姉妹に間違えられてもおかしくないくらいよ…」
「メイ様と姉妹だなんて…えへ…えへへ…」
ホンメイはイルミナの言葉が相当うれしかったようで、身体をくねらせながら喜んでいる。
「それで、ホンちゃんは"兵器"にするの?」
「いいえ、実際に戦力として用いるかどうかはメイや本人次第ですが、リューディアとほぼ同じ扱いをするつもりです」
「まあ、そのあたりはホンちゃんを手に入れたメイぴょんに任せるわ」
「イルミナ、そろそろあなたが手に入れた兵器も紹介して」
「はい、お姉様」
「わたしはイルミナさまの兵器、アストリドです…」
「アスティ、まだ緊張しているようね…じゃあ、もう少し…」
アストリドがノクスとエリスに期待通りの言動をしなかったため、イルミナはアストリドの唇を奪い、頭の中を弄る。
イルミナが唇を離すと、アストリドは豹変した。
「エリスちゃんかわいいだいすきふわふわしゅき…」
「イルミナお姉ちゃん、壊しすぎです…」
イルミナによって"壊された"アストリドがエリスにじゃれついてきたため、エリスは容赦なく突き飛ばしてからイルミナに苦言を呈す。
「エリスちゃん…もふもふするですの…」
「やっぱり、"タガ"を外すとかわいいエリスちゃんを求めるようになるのね…興味深いわ…」
壊れたままのアストリドは再びエリスに迫り、イルミナはそれをニヤニヤしながら見ているだけ。
「それなら…」
エリスは飛びかかってきたアストリドを上手くかわすと、今度はエリスから近づいてアストリドと唇を重ねた。
エリスの口づけによって、アストリドはようやくおとなしくなった。
「アスティは…エリスちゃんのもの…ふわふわエリスちゃん…だいしゅき…」
「エリスの精神操作系能力は母上の次に高いかもしれないわね…」
「わたしが壊して兵器にした子もあのようにして容易く自分のものにできる…エリスちゃんはすごいです…」
恍惚とした表情でエリスの髪の毛に頬擦りしているアストリドを見て、
ノクスとイルミナはエリスが少なくない代償を払って手に入れた能力の高さに感嘆していた。
「さあ、今度はイルミナお姉ちゃんに甘えてきなさい…」
「ふぁぃ…えへへ…イルさまの…ふかふか…」
エリスのふわふわロングヘアを堪能したアストリドは、エリスの命令で口の端から涎を垂らしながらイルミナを襲う。
イルミナが反応できない速度で急接近したアストリドはイルミナの胸に顔を埋めた。
「エリスちゃん、これ…」
「イルミナお姉ちゃんがさっき言っていた通り、"タガ"を外したアストリドはすごいです…」
「エリスはアストリドの"制限"を解除しただけでなく、わずかな間だけしか持たない能力向上の効果も与えているわね…」
「それでも、アストリドの元の能力が高くなければこうはならないです…」
「そうね、イルミナはかなり高性能な"兵器"を手に入れたことになるわ…」
「じゃあ、リンちゃんとウルるんには後で、改めてご褒美をあげますね…」
「アストリドもすごいけど、エリスはもっとすごいわ…イルミナは高性能の兵器とイチャイチャしてるから、 私たちはあっちでイチャイチャしましょう…たくさんかわいがってあげるわ…」
「はい…ノクスお姉ちゃん…えへへ…ちゅっ…」
「あぁ…お姉様とエリスちゃん、いけずです…」
3姉妹はこの日の"貴重な姉妹イチャイチャの機会"で十分に英気を養い、次なる大仕事に備えた。
今回で第2部1章"テストゥド大陸征服編"は終わりです。
次回以降は2章になりますが、まず第2部1章終了時点でのキャラクタ情報のまとめをしてから本編に入る予定です。




