5 ヴルムロッホとズプラウム
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「おはようございます…エリス様…」
「メイ、おはよう」
今日もエリスは目を覚ますと、最初にメイと"おはようのちゅー"をする。
ダイニングで朝食を済ませて部屋に戻ると、2人は"外出の準備"をした。
だが、準備を終えた2人はパンゲーアの玄関にも屋上にも行かず、エリス用の部屋の1つとして与えられているが、まだ何の用途にも使われていない部屋に移動。
「万が一、何かがある部屋で魔法を失敗してしまったら取り返しのつかないことになるかもしれないけど、何もないこの部屋で2人きりなら、不測の事態が起きても自分とメイの安全は確保できるわ」
そう言うと、エリスは少し長めの呪文を唱えてから、
「ヴルムロッホ」
部屋の壁に円形の大きな穴を発生させた。
「行くわよ、メイ…」
「はい…エリス様…」
先にエリスが穴の中に一歩を踏み出し、エリスに手を引かれたメイも遅れて穴の中に入った。
穴の中はちょうどエリスとメイが立って歩けるほどの高さが確保される円形の通路になっていた。
そして、奥には"あの山の頂上"が見えていた。
「本当に、パンゲーアとあの山の間をこんな形でつないでしまうなんて…エリス様…すごいです…」
事前に話を聞いてはいたものの、実際にエリスが2地点をつないだことにメイは感動し、緋色の瞳をキラキラ輝かせている。
100歩にも満たない歩数で山の頂上側の"出入口"前まで来た2人だが、外への一歩は踏み出さずにいた。
エリスが"外の様子"を確認しているためだった。
確認もせずに外に出て、もし人間と遭遇してしまったら面倒なことになるので、慎重を期している。
エリスは同様の理由で、転移魔法など瞬間移動できる魔法も今回は使わなかった。
「大丈夫そうだから、外に出るわよ」
「はい」
エリスが"出入口"を"向こう側"で可視化させると、2人は並んで一緒に"久しぶりの"山の頂上に出た。
エリスが空間把握魔法で"塔"の中にある書物やその他の物を確認・解析している間、メイは山の中で食料を採取していた。
長い間山に幽閉されて精神が蝕まれても、山の幸を使った食事はメイにとって細やかな楽しみでもあった。
朝食の場でメイが、ディアボロスの口に合うかは分からないけど、パンゲーアに持って帰りたいと願い、エリスの魔力に余裕があればという条件でリリスに許可されたため、メイは嬉しそうに、食べられる山菜やキノコなどを集めた。
エリスが"塔"の中の確認・解析を終え、"別の魔法"を発動させると、"塔"の中にあったほとんどの物が消えた。
食料を集積した場所にたくさんのキノコを抱えて戻ってきたメイに、
「トラップの引き金になる物以外はすべて回収したわ」
と伝えたエリスは、
「それではわたくしもこれくらいにします」
というメイの言葉を聞いて、集めた食料を圧縮する魔法をかけた。
「あれだけの量が片手で持てると、とても楽ですね…」
メイが微笑んだ顔をエリスに向けている理由は、たくさんの食料がエリスの魔法で小さな球に圧縮されて片手で持てるサイズになったことだけでなく、空いたもう片方の手でエリスと手をつないでいるから。
それを察したエリスも、愛らしい笑顔を返した。
手をつないだままの2人が再び"穴"の中に入ると、エリスは"出入口"を不可視化する。
無事部屋に帰ってくると、名残惜しそうにメイとつないでいた手を離したエリスによって、"ヴルムロッホ"は解除された。
エリスが"亜空間"に回収した書物やその他諸々にいくつかの魔法を仕掛けると、2人は再び手をつないで食料貯蔵庫へ向かった。
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昼食の場でエリスは、"塔"からの書物の運び出しが無事終わったことと、メイが採取した食料は貯蔵庫に留めた旨を報告。
「"塔の中身"を置く場所は夕食までに造っておくわ」
リリスは早速"パンゲーアの拡張"を手配した。
パンゲーアは、外見だけならごく普通の宮殿だが、"中身"は女帝であるリリスが魔力の許す限りいくらでも拡張できるようになっている。
なお、今回は"塔の中身"をエリスだけのものにするならエリスの部屋に展開すればよかったのだが、エリスが共有のものにしたいと申し出たため、新しい共有スペースを造った上で展開することにした。
「メイぴょんがどんな食料を取ってきたのか、後で教えてね。
食べてみたいものだったら、早速明日はそれを使ってもらうようにお願いするから」
「はい…」
食通であるイルミナはメイが採取してきた食料に興味津々の様子だった。
昼食後は揃ってノクスの部屋に行き、エリスは姉2人と、メイはユノ、フェブラとイチャイチャ。
夕食時にはリリスからエリスに共有スペースの完成が伝えられた。
夕食を終えると、リリスの後に従ってエリスとメイは新しく造られた"共有スペース"に案内された。
エリスが昼前に"亜空間"で仕掛けていた魔法の"成果"を確認してリリスに伝えると、
「さあ、エリス…ここにあなたが思った通りの"図書館"を造りなさい」
「はい、母様…」
リリスに促されてエリスは、亜空間にあるものを共有スペースに収納するための魔法を発動させた。
さらに、"収納"が完了するまで誰も侵入できないように封印魔法を施すと、リリスに話しかける。
「明日の朝にはここに"図書館"が完成します…。
もちろん最初の入館者は母様がいいです…」
「そうね、かわいいエリスが造ってくれたところなら、一番乗りしたいわね…」
リリスはそう言いながらエリスの頭を撫でた。
メイと一緒に自分の部屋へ戻ると、エリスは亜空間から両手で大きな黒い球を取り出した。
球の表面には様々な文字や記号が浮かび上がっている。
「これは、"塔"から運び出してパンゲーアに持ってきた書物に含まれる情報を"目に見える形"で抽出したもの…。
これをメイの頭の中に入れれば、膨大な知識がメイのものになるのよ」
「それが頭の中に入ってきたら、わたくしはどうなるのですか?」
「当然"壊れる"わ。
メイが人間のままだったら、精神が完全に崩壊し、廃人と化すでしょうね。
でも、ディアボロスになり、母様の前で私の専属侍女と認められたメイなら、"フォルシュテンディゲ・ディアボリー"の時と同様、意識を失っている間に"最適化"され、明日の朝には何事もなかったかのように目を覚ますことができるはずよ」
「うへへ…わたくしは…またエリス様に壊されて…エリス様のお役に立てる存在になるのですね…」
メイは"壊される"ことを恐れず、むしろ喜んでいるようでうっとりとした表情になっている。
「それじゃあ、いくわよ」
「はい、エリス様…」
エリスが黒い球を、ナイトウェアに着替えてベッドの上で女の子座りをしたメイの頭に被せ、呪文を唱えると、球はメイの中に吸収されるようにして消えた。
その直後、メイは白目をむいて仰向けに倒れる。
しばらくの間、メイは白目をむいたまま、
「えへへ…わたくしは…エリ…ですの…。
エリと…けっこん…するですの…。
かわいいエリを…たくさん…うむですの…」
などといった支離滅裂な言葉やこの世界の言語ではない音を発していたが、やがて体から力が抜け、完全に眠りについた。
「うふふ…こうしてかわいいメイに"破壊"と"成長"を繰り返させて、いつかは2人で一緒に"空のお城"を造るのよ…。
"空のお城"ができれば、メイの憎しみの対象である人間などは一気に征服できるようになる…」
エリスはナイトウェアに着替えると、安らかに寝息を立てているメイの頭を撫でてから、唇に自らの唇を重ねる。
しばらく続けて満足したエリスは、メイを抱きしめながら眠りについた。