8 グリューネス・ヘルツ
8
ミヤはメイのやり方に倣って、一旦キフネ近郊に降り立ってから徒歩でキフネに入る。
それから、繁華街を通り抜けて路地裏に向かう。
一般の住民は一見普通の人間と変わらないミヤを気にも留めなかったが、謹慎の命令を無視して繁華街に繰り出していた、ミヤの"かつての"同僚たちはミヤの姿を見て、密かに後をつけた。
「うふふ…このあたりでいいかな…出ておいでよ、優秀な"加護持ち"の人たち…」
「気づいていたのね、ミヤ…」
ミヤの声に応じて、3人の"加護持ち"が姿を現す。
「ミヤ、キフネに戻ってきておきながら詰所に来なかった理由を教えなさい」
「それは…ミヤのものになったら教えてあげる…」
ミヤの瞳が妖しく光ると、その瞳を見てしまった"加護持ち"の1人、マユの頭の中が何かに侵食される。
マユは意識を失って仰向けに倒れた。
しばらくすると、マユは瞼を開いて起き上がり、"味方"に向かって攻撃魔法を放った。
彼女の瞳には黄色い渦巻状の紋様が浮かんでいる。
「マユ!目を覚まして!」
「フフフ…私の目は覚めているわ…。
私はミヤ様のしもべ…ミヤ様に逆らうアントロポスは、敵…」
マユは洗脳されてミヤのしもべとなり、先ほどまで仲間だった人間を魔法で攻撃し続けた。
マナが魔法攻撃を掻い潜ってマユに迫ると、
「あなたもミヤのものになりなさい…」
待ち構えていたミヤが瞳を妖しく光らせ、マナの精神を蝕む。
「マナはミヤ様のもの…マユと一緒に、ミヤ様に逆らうリコを堕とします…」
心を奪われてミヤの手先と化したマナは、マユの援護を受けながら残る1人・リコに襲いかかった。
2人が敵に回り、ミヤを追い詰めるつもりが逆に追い詰められてしまったリコは何もできないまま、マナに唇を奪われた。
「リコの心はマナが奪ったから、これからは…マナの言う通りに動いてもらうね…」
「うん…マナちゃん、すき…あたしもうマナちゃんのことしかかんがえられない…。
マナちゃん…あたしはもうマナちゃんのとりこだから、なんでもめいれいして…」
マナが"加護"として授かった、相手の心を奪う特殊攻撃は、味方だったはずのリコを堕とすために使われた。
その特殊攻撃は、相手がマナを敵だと認識していれば、マナに恋慕し服従する以外は元の人格をほぼ維持できる。
面識がなく、マナに対して何の感情も抱いていない場合も大して変わらないが、マナを味方だと思っていた者が特殊攻撃で心を奪われると、マナへの深い恋慕の情で人格が歪み、すべての言動がマナ最優先になる。
マナの虜になったリコにとって、マナ以外の人物の情報は、その者がマナとリコの行く手を阻む場合、"敵の情報"として、2人の障害を排除するために必要なものとなった。
瞳に緑色のハートマークが浮かんだリコはマナとイチャイチャしつづけていたが、ミヤに引きはがされた。
「マナは今ミヤのものになっているけど、ミヤの目を見ただけだと一時的な効果しかないの。
これから、マナはミヤとちゅーして、完全にミヤのものとして堕ちるのよ…。
イチャイチャは後で思う存分していいから、今は少し我慢しなさい」
「はい…リコ、そういうことだから…大人しく待っててね」
「うん…マナちゃんのいうとおりにする…」
「それでは…マナはミヤ様とちゅーします…」
自分の"所有者"との口づけに期待を抱きながらマナがミヤに接近すると、
「ちゅーするときに瞼を閉じたらだめよ…」
ミヤは1つ禁止事項を伝えてからマナを抱き寄せ、唇を重ねた。
目と口から送り込まれる魔力で頭の中が真っ白になったマナは、眼球がぐるんと上転して失神。
マナに堕とされたリコの様子に変化がないことを確認し、ミヤはマナのグナーデがかなり強力であると認識。
その能力が自分やエリスたちへ使われる前に自分が堕とせたことを心から安堵した。
「マユ、次はあなたよ」
「はいっ」
マユは微笑みながら膝立ちになり、小柄な主からの口づけを待つ。
2人が唇を重ねると、それほど時間が経たずにマユは、地面にぺたんと座る体勢で失神した。
マユが失神してすぐ、入れ替わりにマナが体を起こす。
マナの目にあった渦巻状の紋様はなくなったが、その代わりに瞳は暗黄色に染まっていた。
「これで、完全にミヤ様のものになったのですね…えへへ…」
「強力なグナーデ持ちが解除しようとしても一度では絶対に無理だけど、繰り返しやられると万が一のことがあるから、気をつけなさい」
「はい…マナはミヤ様のものでなくなるなんていやなので、そういういけない子は解除される前にマナが堕とします…」
マナはマユが目を覚ますまでミヤとのおしゃべりを楽しんでから、ミヤの命令でリコとともに"目的地"である女性戦闘員たちの詰所へ先行した。
「マユ、わたしたちも行きましょうか」
「はい、ミヤ様…」
ミヤも完全に堕ちた状態で目を覚ましたマユを従えて、女性戦闘員たちの詰所へ向かった。
詰所に着くと、ミヤは早速3人に、ウリン軍の女性戦闘員をリコと同じような"仲間"にするよう指示した。
「うふふ…レナちゃんもこれでマナの仲間だね…」
「ちがう…レナはマナさまのどれいにおちたの…。
レナはマナさまにこいするどれい…マナさまだいすきすきすきすきすきすきすき」
味方だと思ったマナに襲われ、女性戦闘員は次々と堕ちていく。
1人だけ逃れたイオも、待ち構えていたマユに、
「マユ、マナがおかしくなって…」
と言いかけてマユの目を見ると、マナと同じであることに気づいた。
「ま…まさか、マユも…」
「フフッ…そう、私もマナと同じ」
その言葉の直後、マナが後ろからイオを襲い、心を奪う。
「マナ…この子が、最後かしら?」
「はい、直接ミヤ様のしもべになったマユとマナ以外はマナが堕としたから…」
「マナ…わたしのこころはあなたのものだから、このからだも…すきにして…。
マナのいうことはなんでもきくから…マナのために…たくさんつかってね…」
イオもマナの虜となり、キフネにいたウリン軍の女性戦闘員は全員ミヤが掌握した。
「マナさまがミヤさまのものになったのであれば、ルリもミヤさまのものです…」
ミヤはマナを同席させた上で、すでにマナに奪われている女性部隊の隊長ルリの心を侵食して、ミヤがマナより上位の主であることを認識させると、マユとマナの洗脳もさらに深める。
「ミヤが次に指示を出すまでは、今までと同じように行動しなさい」
という旨の指示をルリ、マユ、マナの3人に下してから、ミヤはエリスとメイの下へ戻った。
ミヤの一連の行動はヘーアの諜報要員"ナハトヴァンドレリネン"がサポートしており、キフネの行政機関やウリンの上層部に一切の情報が入らないよう、口封じなどを行っていた。
----
バグロヴァヤ軍は地の利も生かせずヴェルトヴァイト帝国のヘーア相手に敗北を重ね、南側の領土を蚕食されていった。
ウリン軍はこの機に乗じ、ヴェルトヴァイト帝国より先にバグロヴァヤを征服したいところだったが、北東方面で別の国との争いが起きていて、そちらにも兵力を割いているため、やむなく女性部隊の"再稼働"を決定。
ルリが率いるキフネの女性部隊にもバグロヴァヤ攻めの再開に向けた諸々の指示が下り、西進の準備が進められた。
バグロヴァヤ軍も、ウリン軍の動きに備えてクレーストグラード近郊に駐留していた部隊を東に進め、ウリン軍を迎え撃つ。
最低限の"復旧"がなされているキウンに駐留していた男性部隊が、参謀会議での決定による指示を受けて西へ歩を進める。
バグロヴァヤ軍とウリン軍は再び、リューリク平原で衝突することになった。
<2022/10/28修正>人名を1か所修正しました(リコ←レコ)。
なぜ格闘家になってしまったのか…。




