7 ゲルベ・カッツェ
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ミヤはディアボロスになってから2日後、首輪をメイからもらい、|常に身に着けている。
エリスがそれをメイに尋ねる。
「メイ、ミヤの着けている首輪は武装の一種かしら?」
「首のあたりを保護するという意味では武装の一種でもありますが、あの首輪にはミヤの"加護"による影響の"調整"をはじめとして、いろいろな機能があります。
ミヤはディアボロスになって加護が使えるようになった一方で、昼間にもよく眠るようになりました。
ノインラターネンとして動いてもらう上で、これは何とかしたほうがいいと考え、ノクス様の許可を得て、トイフェライ"トラウム"を持つユノ姉様に相談したところ、貴重なアイデアをいただき、それをもとにしてあの首輪を創りました。
首輪によって眠る時間の"調整"はできるようになりましたが、"1日の間でミヤが目覚めていられる時間の合計"は変わらないため、そこもユノ姉様に相談して、首輪とは別でミヤに"処置"を施しています。
詳しくは今夜、実際にお見せしますね」
「メイが楽しそうに話しているから、私も今夜を楽しみに待っているわね」
この日の夜、事実上ミヤの部屋のようになっているメイの部屋で、ミヤがベッドに横たわって眠りについた。
しばらくするとメイがやってきて、ミヤの唇を奪う。
メイに口づけされたミヤは瞼を開き、起き上がった。
「ついてきなさい」
「はい…メイ様…」
ミヤを連れてきたメイは、エリスに"昼間の続き"を説明する。
「この状態のミヤはわたくしが創った、人間らしい感情を持たない別人格を植え付けて動かしています。
記憶は"表の人格"と共有しており、逆に、表の人格も今の状態のミヤが感じたことや言動を記憶として認識できます。
アンネのような睡眠時間がほとんどいらないヴァンピーリンではないので、普通のディアボロスと同程度、体を休める時間を必要としますが、わたくしが"制御"することで、表の人格が目覚める時間を夜に、別人格が身体を動かす時間を昼間に調整することもできます」
「エリスさま…かわいい…すき…」
「うふふ…私にお熱なところは人格の創造主であるメイにそっくりね…」
「帝国の皇女様であるエリを慕う気持ちは、ディアボロスとして重要ですから…」
メイはエリスを見つめて、優しく微笑む。
エリスが愛しいエルステを大切そうに抱きしめると、
「えへへ…エリ…だいすきです…」
メイはエリスに好意を伝える言葉を紡いだ。
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次の日の夜、メイの部屋のベッドで眠っているミヤにメイが近づくと、唇を重ねる。
メイのキスを受けたミヤは、瞼を開いて体を起こしたが、目の焦点はどこにも合っておらず、その顔は完全な無表情。
「ついてきなさい…」
「はい…ご主人様…」
メイからの命令に、ミヤは抑揚のない声で応えた。
「今のミヤは完全に自我を失っており、わたくしかエリに命令されたことだけを実行します。
また、わたくしの魔力で人形のように操ることもできますが、この状態での本格的な戦闘はミヤにとって不向きです」
「そうね…後方から魔法主体で攻撃や味方への支援を行うタイプなら、感情を排して規則正しく魔法を撃たせる、といった使い方ができるけど、ミヤは近接戦闘を得意とするタイプだから、使いどころはかなり限られそうね」
「確かにそうですが、ウリンとの戦いが始まる頃には面白い使い方ができるようになる見込みですので、ご期待ください」
「うふふ…有能でかわいい私のエルステが、来るべき戦いに備えてどのようなものを仕込んでいるか、楽しみね」
エリスとメイがイチャイチャしながら言葉を交わしている間、ミヤはずっと立ったままメイからの命令を待っていた。
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リューリク平原で思わぬ敗北を喫したウリンは"参謀会議"で軍の再編を決定。
戦闘部隊の男女混成を取りやめるとともに、女性戦闘員は当分の間全員謹慎させた。
会議が終わると、諜報部隊の隊員が会議室に入ってきて、キウンに残していたミヤが"バグロヴァヤへ連れ去られた"と報告。
詳細を説明する際に、追跡は途中で不可能になったことを付け加えたが、会議のメンバーは想定内のことだと判断した。
そして、翌日のうちに"バグロヴァヤがミヤを誘拐した"と喧伝して国内の戦意を高揚させ、一方で男性戦闘員のみで構成された部隊をキウンに派遣し、西進の再開に向けて復旧を急がせた。
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ヴェルトヴァイト帝国のヘーアは、先遣隊がテストゥド大陸の風土に慣れたことを確認してからバグロヴァヤへの侵攻を開始し、特にアルラウネの親子が率いる魔獣は圧倒的な破壊力でバグロヴァヤ軍を蹴散らした。
ヘーアの北進開始に少し遅れて、エリスたちも次の手を打つ。
「ミヤ、とてもかわいいわ…」
「えへへ…ありがとうございます、メイ様…」
首輪のほか、頭に乗せる猫耳型魔導器、両手に装着する武器"猫の爪"などからなる専用武装"ゲルベ・カッツェ"をメイから与えられ、試着したミヤはメイに褒められ、頬を赤く染めながら微笑んだ。
ミヤはセントメアリでゲルベ・カッツェに搭載された飛行機能の習熟訓練を行い、実際に海を越えたズートリヒェス・ドライエクまで飛んで、ミヤの体や武装に問題ないことをエリスとメイが確認してから、敬慕するメイの極秘命令に従い、"母国"ウリンへ潜入すべく北へ飛び立った。