6 エルステとローシュタイン
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専用武装"グラウエ・エミネンツ"に身を包み、認識阻害機能を発動させたメイは、廃墟と化したキウンの近くに降り立つ。
武装を解除しつつも、不意討ちや狙撃に対応できるような準備を整えてから、徒歩でキウンに入った。
半壊した建物の1つで、メイが探していた"宝"は放心状態で座っていた。
メイは早速、自分と同じくらい小柄な少女に話しかける。
「あなたは、なぜここにいるの?」
「たった1人で、このキウンを守れと命じられました…。
無能なお前でも、いないよりはましだからと…」
メイの問いかけに、少女は無表情で答えた。
「わたくしが、ディアボロス…あなたたちが"魔族"と称する存在だと言ったら、どうする?」
「ま…まま…魔族が目の前に…うふふ…どうせ死ぬなら…このまま1人でとか…バグロヴァヤの兵士に殺されるより、あなたのようなかわいい魔族に命を奪ってもらったほうがいいかもしれませんね…ふへへ…」
メイから投げかけられた次なる問いの、"魔族"という言葉を聞いて"限界"を越えてしまった少女は、言動に異常をきたし始めている。
「わたくしはかつて人間だったけど、何代か前の親が同じ人間に王位を奪われ、わたくしの両親も人間に殺され、わたくし1人だけ山の上にある塔に幽閉されたわ。
おそらく、いつかは両親と同じ目に遭うと覚悟していたけど、ディアボロスの皇女様であるエリがわたくしを助けてくれて、わたくしはその恩に報いるため我が身をディアボロスに変え、エリのものになったの。
あなたも今、同胞であるはずの人間に見捨てられ、このまま放っておかれたら敵国に連れ去られて、わたくしの両親と同じ、人間にさんざん酷いことをされて、最後には殺されるところだったわ。
ディアボロスになったとはいえ、わたくしと似た境遇になりそうな子を、今度は救うべきと考えて動いたの。
エリや陛下の指示ではなく、完全にわたくしの独断よ」
「…」
「わたくしと同じディアボロスになれとも、帝国の手先となってバグロヴァヤとウリンの征服に加われとも言わないわ。
でも、あなたをそばに置きたいの…ついてきてくれるかしら?」
しばらく続いた静寂は、少女の言葉で破られた。
「はい…あなたに、ついていきます…」
「よかった…わたくしは"メイ"…あなたの名前は?」
「"ミヤ"です…メイ様、不束者ですが…これからよろしくお願いいたします…」
「ミヤ…あなたは、これからわたくしのもの…誰にも渡さないわ」
「はい…ミヤは…メイ様のものです…」
メイはエリスから教わった手法で、少しだけ魔力を籠めた言葉によってミヤの心を揺さぶり、すでに正気を失いかけていたミヤは完全に堕ちて、命ではなく心をメイに奪われた。
「ミヤ、これからあなたを連れていくところは、正常な人間がいると非常に都合が悪いから、一時的に眠ってもらうわね…」
「はい…」
すでにメイを完全に信用しているミヤは、メイの魔法で意識を奪われ、身長がほぼ同じであるメイにお姫様抱っこされた。
ミヤを手に入れたメイは、とある理由からまっすぐ戻らずに、リューリク平原を経由してバグロヴァヤ帝国へ向かう。
そして、バグロヴァヤ領内にてトイフェライ"ツェアシュテールング"で"何か"を破壊してからヒンメルスパラストに戻った。
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ヒンメルスパラストに到着したメイは、めったに使わない自分の部屋のベッドにミヤを寝かせると、エリスを呼びに行く。
「この子がウリンの人間ね…よくぞ無事に"お宝"を持って帰ってきてくれたわ、メイ…」
エリスはミヤを一瞥したが、詳細を調べる前にメイを抱きしめ、愛しいエルステが無事に帰ってきたことを喜んだ。
「エリ…ミヤは…」
「基本的にはメイに任せるけど、どれくらい私が関与するかはこれからこの子…ミヤを調べてから決めるわ」
それからエリスとメイは、ミヤを意識のないまま操って、ウリンについて知っていることを聞きだしたり、ディアボロスについての印象を聞いたりして、ミヤから多くの有益な情報を得た。
「ミヤは、ウリンでは"加護を発揮できなかったため酷い扱いを受けていたようだけど、本人の"気持ち"次第ではかなりの戦力になるわ。
ただし、私はそうなるようにミヤの頭の中を弄るつもりはないわ。
メイの判断で、死ぬまで特別な肩書を持たない"メイ配下の人間の1人"として扱っても構わないわよ」
「承知しました…ミヤには"エリが"洗脳するつもりのないことを伝えます…」
エリスが部屋を出た後、目を覚ましたミヤに、メイはヒンメルスパラストのことや、メイの配下としての仕事内容を伝え、"いろいろなこと"について徐々に慣れてもらうとも告げた。
「メイ様以外の魔族と初めて接する時にご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、わたしは"加護"を使えないので、皆様に危害を加えてしまうようなことはないと思います…」
「今は、そういう心配をしてくれるだけでいいわ…」
「はい、メイ様…」
こうして、非戦闘員としてメイの配下に加わったミヤは、人間とかけ離れた姿のディアボロスを見て気絶してしまうことも最初の頃にはあったが、徐々に慣れていき、メイと親しい元人間であるファニーやイーリス、ペペたちだけでなく、クロエやアンネとも問題なく接することができるようになっていった。
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イーリスやペペたちと親しくなって、彼女たちの戦闘訓練を見学しているうちに、何となく体を動かしたくなったミヤは、訓練に飛び入り参加してみたところ、"人間にしては上出来"という評価をもらった。
それからしばらく経つと、遠くない将来、ヴェルトヴァイト帝国がテストゥド大陸の征服を本格的に開始した際に、ミヤは後方ではなくメイの前に立って、メイのために戦力として役に立ちたいという思いを募らせるようになり、イーリスやペペのように強くなってメイに喜んでもらうためにはどうすればいいのかを考えた。
その結論を出したミヤに、自分が人間であることへのこだわりや、人間を敵とみなすことの躊躇は全くなかった。
メイ、イーリス、ペペとともに"儀式"を行う部屋へやってきたミヤを見て、エリスは念のため問いかける。
「ミヤ、あなたは今まで私ではなくメイのために尽くしてきたけど、この"儀式"を経てディアボロスになったら、私やノクスお姉ちゃん、イルミナお姉ちゃん、そしてヴェルトヴァイト帝国の皇帝である母様にも従わないといけなくなるわ…本当にそれでもいいかしら?」
「はい…」
「ならば、儀式を始めるわね…」
翌日、ミヤはウリン出身の人間として初めてディアボロスになった。
「ミヤ、あなたを私たちの同胞に迎えることができて嬉しく思うわ。
そして、私とメイの見立てでは、あなたはイーリスやペペと同じ"ノインラターネン"の、空席となっている"フュンフ"候補として申し分ない能力を秘めている。
近いうちに、あなたの素晴らしい能力を披露して、メイ配下のノインラターネン最後の1枠をあなたのものにしなさい」
「はい…エリス様…」
ディアボロスになったミヤを、エリスとメイは早速ノクスとイルミナに紹介した。
「訓練場で何度か見かけたけど、アンネに似たタイプね。
アンネのヴァンピーリンとしての能力がどうしても必要な場合はアンネの出番だけど、そうでない場合はこの子に任せれば、アンネの負担軽減になるわ」
「私もそう思っていましたが、アンネにはノクスお姉ちゃんの言葉として伝え、ノクスお姉ちゃんの好感度を上げておきますね」
後でアンネにノクスの言葉を伝え、自分も可能であればそうするつもりだと告げると、アンネはとても嬉しそうにしていた。
「メイぴょんが新しく連れてきた子、人間だった時もかわいかったけど、ディアボロスになったらますますかわいくなったわ…名前は?」
「ミヤと申します…」
「みゃーちゃん…名前もかわいいのね…メイぴょん、みゃーちゃんをぎゅってしてもいい?」
「それだけならいいですけど、ミヤはわたくしのものなので…」
「わかっているわ。
エリスちゃんのかわいいエルステが単独で敵中深く侵入してまで手に入れて、今まで大切にしてきた子だもの…。
本当にぎゅってするだけよ…」
イルミナはミヤの抱き心地を堪能すると、言葉通りそれ以上のことはせず、メイにミヤを返した。
ノクスとイルミナへの紹介が終わると、パンゲーアの戦闘訓練場で、ディアボロスになったミヤの戦闘能力を確認。
ミヤは人間だった頃、"加護"を与えられていながら、何らかの要因で発動できないばかりか、どういう加護かも知ることができなかった。
ディアボロスになったことで加護を阻害していた要因が解消されると、加護によってミヤの動きは俊敏さを増し、実戦経験の差を考慮すれば、ミヤの戦闘能力は現行のノインラターネンと比べてほぼ遜色ないと言ってもよかった。
エリスは専属侍女4人とドライヴァイゼン、それにノインラターネンの現行メンバーに、何回か行った模擬戦闘の様子を見てもらった上で意見を聞き、全員が賛成したため、ミヤをノインラターネンのフュンフ(5)に任命。
ノインラターネンの空席はクロエの配下とされるゼクス(6)だけとなった。




