38 ヒンターアヴァロニア巡視
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エリスによるアヴァロニア大陸北部、ヒンターアヴァロニア州の巡視には専属侍女であるメイ、クロエ、アンネのほか、イーリスとカリナが同行し、南側から順次進めていった。
ヒンターアヴァロニアはヴェルトヴァイト帝国の"本拠"であるアマージエン島からかなり離れていて、帝国の版図に加わってから比較的日が浅いこともあり、人口比率では被支配者である人間のほうが多い。
それ故に、他の2州に比べて人間とディアボロスの扱いの差は小さい。
もちろん支配者であるディアボロスが相対的に優遇されているものの、適用される法律の変更などによってアヴァロン王国時代より生活が楽になった人間も少なくない。
そういった事情と様々な"搦手"による過激派の切り崩しによって、州都グラニートシュタットを含む主要な町とその周辺は表向き、先の戦争などなかったかのように平和そのものである。
だが、帝国を不倶戴天の仇として憎む人間も多く潜むため、その手の輩の殲滅もエリスの役目である。
アヴァロン王国のような数千人や1万人を超える軍隊を相手にする場合、エリスとしてもある程度の数を揃えて挑むが、此度の敵は多くても100人を超えるかどうかという比較的少数であるため、エリスを含めてわずか6名でも十分。
ほとんどの人間は前衛のアンネとイーリスによって無残な姿に変わり果て、小柄な2人にとってやや不利になる存在はカリナが排除し、さらにメイとクロエがエリスのそばから前衛を支援。
エリスが武器を振るうことなく、次々と反政府勢力を壊滅させていった。
ヒンターアヴァロニアの町で総人口におけるディアボロスの比率が一番高い州都グラニートシュタットと、逆に総人口における人間比率が一番高いサニーサイドの巡視も滞りなく終え、次の巡視の対象はアヴァロン王国"最後の地"であるグラニット城周辺。
サニーサイドの巡視から帰る際に時空魔象と虚無魔象を使ってグラニット城周辺の"情報収集"をしていたエリスは、ヒンメルスパラストに戻ってから行っていた情報分析を終えると、専属侍女たちを集め、当日の"いつもとは異なる動き"を確認した。
数日後、ヘーアによって管理されているグラニット城内の正門近くに降り立ったエリスたちは、そのまま昼まで城内を巡り、かつてアヴァロン王国最後の王トマスも利用していたダイニングで最後の"作戦会議"を兼ねて昼食をとってから、周辺の巡視を開始した。
グラニット城の裏手にあたる森の中で、事前に把握していた反政府勢力の拠点へ奇襲をかけると、最初はいつも通りアンネとイーリスの2トップで攻めさせたが、アンネは"獲物"を見つけたところで突出し、2列目で控えていたカリナがアンネの抜けた位置に入った。
アンネの突出はグラニット城での作戦会議において予めカリナとイーリスにも伝えられていたため、2人は戸惑うことなく、スムーズにカリナのポジション変更を行うことができた。
アンネに急接近された"獲物"の女性は武器を構える間もなく、女吸血種の固有能力の1つである"魅了"をまともに受け、小柄で愛らしいヴァンピーリンの虜になった。
瞳にハート型の紋様が浮かび上がった女性はアンネの命令に従い、先ほどまでの味方に刃を向ける。
主力の1人だった女性が敵に回ったことで少なからず動揺した反政府勢力の男たちはほとんどが戦意を喪失。
半数以上が"4人"の女性たちに背中から斬り伏せられた。
残るは一番奥にいると思われる反政府勢力の首領とその取り巻き数人、そして今エリスたちの前に立ち塞がっている、エリスにとってもう1人の"獲物"である"加護"持ちの女性・ヴァイオレットと取り巻きだけ。
「ボスと一緒かと思ったけど、その手前の番人をさせられているなんて、ボスに捨てられたの?」
「そんな奴、あなたのほうから捨てて、わたしたちディアボロスとともに参りましょう」
「誰が魔王軍なんかと…」
「人数で勝っているからそんなことを言っているのならば、これはどう?」
ヴァイオレットがアンネとイーリスからかけられた"降伏勧告"を拒絶すると、エリスの隣にいたメイが前に出てきて、2丁の"ケルパーブレヒャー・シュロットフリンテン"でヴァイオレット以外の人間を跡形もなく消し去った。
その間にエリスは何かの魔法を"ヘクセンシュタープ"に籠めてカリナに渡す。
メイの行為で"魔王軍"への憎しみが限界を超えたヴァイオレットは、頭に血が上った状態で突っ込んできた。
「カリナ」
「はい…エントシュラーク」
エリスに名を呼ばれたカリナは、小柄な3人しか見ていなかったヴァイオレットの側面から襲いかかり、ヘクセンシュタープをヴァイオレットの頭に叩きつける。
物理攻撃を得意とする魔女・カリナの強烈な一撃でヴァイオレットは気絶し、それと引き換えにヘクセンシュタープは壊れて、籠められていた魔法がヴァイオレットにかかった。
しばらくして、ヴァイオレットは一旦目を覚ましたが、最初に視界に入った、自分を覗き込むような体勢のエリスに抱いた大量の好意的な感情が脳で処理しきれなくなったため、すぐに再び意識を失った。
エリス、メイ、クロエがヴァイオレットのそばに残り、アンネたちは一番奥へ向かう。
首領と取り巻きがすでに抜け道から逃れていて、最奥に誰もいなかったことを確認したアンネたちが戻ってきたところで、ヴァイオレットは意識を取り戻すと、エリスへの忠誠を誓った。
「先ほどまでの無礼の数々、誠に申し訳ございません。
犯した罪の償いとして、私のすべてをあなたに捧げます…」
ヘクセンシュタープに籠められていた、ファニーを堕とした時にも使った虚無魔象"ハスリーベ・ウムケーレン"によって、ヴァイオレットがディアボロスに抱いていた憎しみは愛情に反転したため、ヴァイオレットの頭の中は目の前にいるディアボロスの"美少女"エリスのことでいっぱいになっている。
「あなたの名前は?」
「ヴァイオレット・パールズ、と名乗っていましたが、私はすでにあなたのものなので…」
「私にすべてを捧げると言っておきながら、新たな名前を欲するのね…いいわ。
あなたの名前はこれから"ペオニエ・ペルレ"…私からは"ペペ"と呼ぶわね。
ああ、そう言えば、あなたは私の詳細な素性を知らなかったと思うけど、今覚えなさい。
私はヴェルトヴァイト帝国の第3皇女・エリスよ」
少し間を置いてから、ヴァイオレット改めペオニエ…ペペの口が動く。
「姫様…新しい名前を賜り、誠にありがとうございます。
私は"ペオニエ・ペルレ"として、改めて姫様に…この命尽きるまで忠誠を尽くします…」
なお、アンネが魅了した女性はそのままアンネの部下にすることもできたが、アンネが望まなかったため、人間としての名を名乗ることなく人格を壊され、エリスの兵器となった。
ファニーに対して使って以来2度目の"ハスリーベ・ウムケーレン"ですが、ファニーが堕とされた時は、ディアボロスへの憎しみは人間が一般的に抱く程度のものに幼馴染のマーガレットを洗脳された怒りが加わったくらいでした。
一方のペペは反政府勢力に身を投じるほどディアボロスを激しく憎んでおり、さらに目の前で同胞を跡形もなく消されて、頭に血が上るほど怒り狂ってからの反転なので、私の拙い文章では違いが分かりにくいかもしれませんが、ペペのエリスへの想いはただの忠誠どころか信仰をも越えて狂信と言ってもいいレベルにまで達しています。
<2022/ 2/11修正>グナーテ→グナーデ




