36 南の島デート
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アヴァロニア大陸南端にある、ヴェルトヴァイト帝国によって造られた町の1つである港町ローターハーフェン。
その近郊に、かつて人間が暮らしていた港町の廃墟がある。
廃墟の中心に広がる"グルントローザー・タイヒ(底なし池)"が三姉妹の待ち合わせ場所。
池の畔にはすでにノクスとエルステのユノ、フィアーテのミネルヴァが待っていて、池の上空に到達したエリス、メイ、アンネはノクスたちのそばに降り立つ。
"6人"が揃ったところで、池の中からイルミナとエルステのフェブラ、フィアーテのキルシュが現れた。
「お姉様、エリスちゃん…わたしが水着姿でなくてがっかりしてるみたいだけど、後で見せてあげるから」
イルミナはそう言いながらエリスたちを、"朽ちた"桟橋に停泊している"幽霊船"へ案内する。
見た目とは裏腹に、桟橋は頑丈な構造で、幽霊船もよほどの荒天でない限り、"普通の航海"には十分耐えられそうだった。
エリスたちが乗り込むと、幽霊船は南に向かって動き出した。
「今日の目的地である"ロアベーア島"は、昔人間どもが戦争に勝って帰ってきた者を讃えるために与えた"冠"を作る"聖地"だったそうです。
我らディアボロスが世界の海を制覇してからは皇族専用の別荘地となっています」
ミネルヴァがロアベーア島に初めて行くエリス、メイ、アンネへ、島についていろいろと説明している様子を、エリスの姉2人は優しい眼差しで見守っていた。
ミネルヴァにとって残念なことに、説明の終了を待たず、幽霊船は目的地・ロアベーア島に到着。
明らかに気落ちした感じのミネルヴァだったが、メイが寄ってきて、
「後で、続きを聞かせてね」
と言ったことで、すでに相当高まっているメイへの好感度がさらに増加。
「はい、メイ様…うふふ…」
ノクスの専属侍女としての理性は残っていたが、メイを慕う気持ちが溢れて変なテンションのままノクスのそばを歩いた。
エリスがヒンメルスパラストに移ってからはあまり会えなくなってしまったが、知識欲旺盛な元"人間"という共通点を持つメイとミネルヴァは仲を深め、ミネルヴァはメイに恋愛感情に近い好意を抱いた。
メイがアヴァロン王国の"旧王家"の末裔と知った時、ミネルヴァの想いは敬慕に変わり、ファニーと同じようにメイを"メイ様"と呼んだが、ファニーと違ってノクスに仕えるミネルヴァはその呼び方をするべきでないとメイに諭された。
以後、普段はメイを"様"づけで呼ばないように気を付けているが、今のようについ呼んでしまうこともたまにある。
昼食は三姉妹と侍女たちで別れてとることになった。
その途中、イルミナが急に鋭い視線をエリスに向けた。
「エリスちゃん…少しだけ真面目な話をするわね。
エリスちゃんはヒンメルスパラスト入手を果たしたけど、"アハトシェッツェ"はこの後どうするの?
わたしの"ツヴェルフ・ウンディーネン"みたいにするか、お姉様みたいにそういう集団を無くすかはエリスちゃん次第。
でも、現状のままで専属侍女や三賢女が兼務し続けることは得策ではないわ」
「それについてはメイや三賢女とも話していて、ベルタの成長を待って、専属侍女とディアを外す代わりにイーリスやベルタを加える形での改組を考えています。
ただ、安易な登用はしたくないので、テストゥド大陸の本格的な侵攻開始までに"定員"を満たせるよう、最初は5人もしくは6人で立ち上げ、順次欠員を補充するつもりです」
「そこまで考えているなら大丈夫そうね、安心したわ…。
真面目な話はこれで終わりよ」
その言葉とともに、イルミナの視線は普段通りの、エリスへの好意に満ちたものに戻った。
食後、少し身体を休める間にメイはミネルヴァから"説明の続き"を聞き、それが終わったところで、エリスたちは海水浴をするため水着に着替えた。
「水着姿のエリスちゃん…かわいい…何度も見てるのに…ここが南の島だからかしら…ドキドキしちゃう…」
「ノクスお姉ちゃんも、イルミナお姉ちゃんも、水着がとてもお似合いで…すてきです…」
海岸で集合したエリスたちだが、お互いが大好きな三姉妹は早速水着姿に見惚れ、褒めあっている。
専属侍女たちもつい、三姉妹に熱い視線を送ってしまう。
「イルミナ様、お体が熱くなっているので冷ましますね」
侍女の1人が身体に触れたことでイルミナは我に返り、ノクスとエリスもイルミナに水を掛けられて忘我の状態を脱した。
「ところで、イルミナのそばにいる冷たい雰囲気の娘、気になるから紹介してほしいわ」
「この娘はヴィーナ…テストゥド大陸で手に入れた"兵器"第1号です。
バグロヴァヤからズートリヒェス・ドライエクの様子を探るために送り込まれた諜報員でしたが、優秀なマリーネの娘たちが捕まえてくれて、アヴァロン王国の人間同様、あっさり堕ちました」
イルミナがヴィーナの腰に手をかけて抱き寄せると、ヴィーナの顔が少し赤くなった。
「ヴィーナは人間らしい感情を残したのですね…ならば」
何か思いついたエリスはヴィーナに抱きつく。
「えへへ…ヴィーナの身体、冷たくて気持ちいい…」
主の妹である美少女に甘えられるだけでなく微笑みを向けられ、ヴィーナの顔がさらに赤くなる。
「ねえ、少し屈んで」
エリスの愛らしいお願いに逆らえず、ヴィーナが前屈みになると、エリスは少し背伸びをしてヴィーナの唇を奪った。
エリスと唇を重ねてしまったヴィーナは、エリスが唇を離すと放心状態でぺたんと座り込む。
「ヴィーナは誰のもの?」
「エリスさま…かわいいエリスさまのものれす…エリスさまかわいいエリスさまかわいい」
頭の中がかわいいエリスで満たされたヴィーナはだらしない顔になってエリスにくっつく。
ヴィーナの本来の主であるイルミナは、ヴィーナをパッペルと同じように扱うつもりで、エリスの行動を黙認していた。
エリスがヴィーナで遊んだ後、イルミナが元に戻してから三姉妹は海に入り、専属侍女たちも交えて海水浴を楽しんだ。
時間が経つと、三姉妹、幼馴染でエルステ同士でもあるユノとフェブラ、元人間同士のメイとミネルヴァという組に分かれ、アンネとキルシュが残ってしまった。
だが、これまであまり接点のなかった2人は、この時一緒に遊んだり話したりしたことで仲良くなり、後にエリスがパンゲーアに"一時帰宅"する際はアンネも同行し、ヒンメルスパラストに帰るまでキルシュと一緒に過ごすようになった。
夕食はエリスの希望を受け容れて、三姉妹と専属侍女たちが一緒の部屋でとることになり、専属侍女たちはユノとフェブラ、メイとミネルヴァ、アンネとキルシュが隣同士で楽しい食事の時間を過ごしていた。
寝室は当然ながら皇女と専属侍女2名ずつの3人で1部屋。
エリス、メイ、アンネはいずれも小柄なので、自分に合ったサイズで作られたわけではないベッドは、3人で川の字になって寝てもかなり余るほどの大きさだった。
翌日、朝食は三姉妹と侍女たちで別れたが、島内を散歩したり砂浜で遊んだりした後は屋外に椅子とテーブルを運んで、三姉妹と専属侍女合同で海を見ながらの昼食となった。
「エリスちゃん、またここへ一緒に来ましょうね…」
「はい、イルミナお姉ちゃん…」
帰りの幽霊船で、イルミナとエリスはそんな会話を交わしていた。
2021年の『空のエリス』の投稿はこれが最後になります。
なお、活動報告で告知した通り、2022年の『空のエリス』は原則隔週1回で投稿する予定ですが、3章の終わりで(完結済フラグは立てませんが)しばらくお休みするかもしれません。