16 フィアーテとエクリプス
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「うふふ…わたしもファニーと同じディアボロスに…そしてアンネ様と同胞になったのですね…」
グレーテルはアンネの部屋にある鏡の前で、ディアボロスになった自分の姿を見て邪な笑みを浮かべている。
ファニー(シュテファーニエ)に"フォルシュテンディゲ・ディアボリー"を施した次の日の夜、エリスはグレーテルにも"フォルシュテンディゲ・ディアボリー"を籠めたキスをした。
グレーテルの"見た目"は人間だった頃とほとんど変わらないが、"中身"はフォルシュテンディゲ・ディアボリー"でディアボロスになったことにより魅了が解除されてもアンネをエリスに次ぐ主として認識しているほか、メイやファニーのようにディアボロスになる前から人間への憎しみを抱いていたわけではないので、かなりの部分を弄っており、人間の名残りは幼馴染であるファニーへの想いだけと言っていい。
"フォルシュテンディゲ・ディアボリー"を施されるまでの一時的な措置としてアンネの部屋に"居候"していたグレーテルは、ディアボロスになったことで、今度はファニーの部屋へ移り、ファニーが"フィアーテ"になるまでの期間限定で同棲する。
ファニーの部屋は"1人部屋"という扱いだが"なぜか"家具は2人分あり、ベッドも3人分の幅はあるので、2人なら余裕。
なお、ファニーがフィアーテになって専属侍女用の部屋に移ると、そのまま1人部屋はグレーテルのものになる。
「今のところは期間限定だけど、パンゲーアでもファニーと一緒の部屋で暮らせるなんて、うれしい…」
「わたしもグレーテルと、かつてメイ様が使われたこの部屋で…えへへ…」
ファニーは昨日、"元人間"の先輩でもあるメイにいろいろ教えてもらううちにメイに恋愛感情を抱き、エリスに相談したところ、
「フィアーテになったらメイにその想いを伝えて、帝国の法律に抵触する行為以外なら思う存分イチャイチャしてもいいわ。
それまでは…"身分差"のあるうちは自重しなさいね」
と言われた。
本人としてはその想いを内に秘めているつもりだったが、2人暮らしをして数日経つと、グレーテルはファニーが自分だけでなくメイにも恋心を抱いていることに気づいた。
それでも、グレーテルはそれを咎めるつもりはなかった。
なぜなら、グレーテル自身がファニー以外に、アンネにも恋慕していたから。
なにより、帝国には経済的な理由など特段の事情がない限り、恋愛対象を1人に限る習慣はほとんどない。
婚姻関係を結んだり子を生したりする場合は帝国法に従う必要があるものの、恋愛自体は揉め事や事案が発生しない限り原則自由である。
(わたしは今のところ、メイ様との接点があまりないけど、何かの機会で一緒になったら、ファニーのようにメイ様のことも恋愛対象として好きになるのかな…。
でも…それはそれで、2人が共通して好きな人の話ができるからいいかもね…)
隣でメイのかわいい所を延々と語るファニーを見ながら、グレーテルは心の中で独り言を呟いた。
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ファニーとグレーテルが侍女として働いている間、ベテランの侍女でもあるドライヴァイゼンの1人クラウディアがその仕事ぶりを観察していたが、15日目で合格判定を出した。
翌日の朝、ファニーはリリスと彼女の専属侍女ユリアネ、ルイゼ、ユーディット、リビティナの前でエリスの口づけを受け、正式にエリスの専属侍女"4番目"となった。
昼食後、エリスは4人揃った専属侍女たちを連れてノクスの部屋へ向かう。
ノクス、イルミナとそれぞれの専属侍女たち全員が揃った部屋で、ファニーはエリスからフィアーテとして紹介された。
元人間であることも付け加えたため、
「あなたも元人間なのですね…わたしも元人間なので、メイさんに続いて元人間の専属侍女が増えて、とてもうれしいです…。
あっ…申し遅れましたが、わたしはノクス様のフィアーテ、ミネルヴァと申します…。
シュテファーニエさんが嫌でなければ、元人間のフィアーテ同士、仲良くなりたいです」
「あなたがミネルヴァさんですか…。
メイ様から、エルステになりたての頃、ミネルヴァさんに仲良くしていただいて、とても助かったと伺っています。
是非わたしもそんなやさしい方と仲良くなりたいと思っていたところなので、ミネルヴァさんから声をかけていただき、とても光栄です…。
わたしのことはファニーと呼んでください」
「はい…これからよろしくお願いします、ファニーさん」
早速ミネルヴァに声をかけられたファニーだが、共通の要素を持つ2人は初対面でぎゅっと抱き合う仲にまでなった。
なお、ファニーはもう1人いた元人間の専属侍女であるエイプリにもメイの仲介で個別に挨拶したが、"人間関係"に興味のないエイプリとの会話はほとんどなかった。
「こうしてエリスちゃんと専属侍女4人が揃ったところを改めて見ても、小っちゃくてかわいいエリスちゃん、メイぴょん、アンネちゃん、ファーにゃんはもちろんのこと、エリスちゃんを陰で健気に支えるクロエちゃんも、とてもかわいいわ…」
「エリスがあの専属侍女たちを率いて5人組で戦う場合、クロエとアンネは前衛タイプ、元人間の2人は後衛タイプと、バランスは取れていそうね…」
エリスと専属侍女4人を、イルミナとノクスはそれぞれ別の視点から評価した。
「エクレアちゃん!」
「はいですの」
和やかな雰囲気が漂っていたノクスの部屋でエリスが突然声を上げると、それに応えてエクレアがエリスの隣に姿を現したため、室内にいたエリス以外の全員がエクレアのほうを向き、エクレアの顔を見て…彼女の極彩色の瞳を見てしまった。
「エリスは念のため、そこの扉から誰か入ってこないか見張ってほしいですの」
「わかったわ」
エリスがエクレアに背を向け、この部屋に近づく者がいないかを警戒する間、エクレアは彼女の瞳に魅入られて動きを止めたエリスの姉たちと専属侍女12人に何かをしていた。
「エリス、もういいですの」
エクレアに声をかけられると、エリスは元の向きに戻って、虚無魔象を発動させる。
「エントフェルベン」
エクレアの魔法"カライドスコープ"に囚われていた14人は、エリスの"エントフェルベン"で何事もなかったかのように再び動き出した。
エクレアが姿を消しても、エリス以外は誰もエクレアのことを認識しなかった。
夕食後、エクレアはエリスと別行動をとり、リリスの執務室を訪れて、ノクスの部屋で昼間あったことを報告した。
「ただいまですの」
「おかえりですの」
エクレアがエリスの部屋に戻ってくると、エリスはエクレアの口調を真似て、色違いの2名はぎゅっと抱き合う。
「レア様とエリスの思惑通りに事が運んだですの…」
「でも、あそこでお姉ちゃんたちに効かなくても、エクレアちゃんには"二の矢"があったのでしょう?」
「もちろんですの」
「エクレアちゃん…すき…」
「エリス…大好きですの…」
そのまましばらく密着していたエリスとエクレアだったが、
「エリ…うふふ…えへへ…」
「エリス…メイが入浴の準備を整えた状態で何か良からぬ妄想をしているのか、不気味に笑っているですの…」
「大丈夫よ…おそらく私とエクレアちゃんのイチャイチャを見て、興奮しすぎて頭の中の何かが壊れただけ…」
「でも怖いからそろそろ離れるですの…エリスは早くメイを正気に戻して浴室へ行くですの…」
エリスの背後で白目をむき涎を垂らしながら妖しく笑うメイが危険だと感じたエクレアは、名残を惜しみながらエリスから離れた。
エリスはメイの唇を奪うと、我に返ったメイを連れて浴室へ向かう。
「エクレアさま…」
エリスの部屋の"留守番"となったエクレアに、アンネが小さな翼をパタパタさせながら近寄ってきた。
「アンネはエリスねーさまのエルステではないから、エリスねーさまに甘えたくても甘えられない時があります…。
エクレアさまなら…アンネが今、甘えたいと言ったら、許してくれますか?」
「いいですの…かわいいアンネなら、いっぱい甘えてほしいですの…」
エクレアの許可を得て、アンネはエクレアに抱きつくと、エクレアにだけ聞こえるくらいの小声でささやく。
「昼間のエクレアさまの魔法で、アンネの頭の中は少しの間、きらきらふわふわになっていました…。
その間、エクレアさまの言葉はたくさん入ってきましたけど、アンネはエリスねーさまの専属侍女なので、エクレアさまのものになることだけはできません…メイねーさまも、クロエねーさまも、ファニーねーさまも同じです…」
「"専属侍女は二君に仕えることができない"ということなら承知しているですの…。
あなたたちの心をエリスから奪うことはできないし、むしろ…かわいいエリスに心を奪われているですの…。
だからこそ、エリスの指示で、あの場にいた者たちを頭の中きらきらふわふわにして、いろいろ仕込んだですの。
具体的に何をしたかは…エリスに聞いてほしいですの」
「承知しました…。
後でエリスねーさまに聞きますが、エリスねーさまの指示であれば…エリスねーさまのものであるアンネを好きにしてください…。
それと…これからも、たまに、短い時間でも構わないので、こうして…エクレアさまと触れ合いたいです…。
アンネは単なる"エリスねーさまの代わり"や"エリスねーさまの色違い"ではない、エクレアさまに興味があるのです…」
「アンネ…うれしいですの…」
エクレアはアンネをぎゅっと抱き返すと、エリスとメイが浴室から戻ってくるまでずっと、アンネとイチャイチャしていた。
ファニーがフィアーテになり、エリスの専属侍女4人がそろったため、今回で1章は終わりとします。
次回はこれまでに登場したキャラクタの情報をまとめ(全キャラを網羅するとは限りません)、2章は次々回からの予定です。
<2022/ 1/30修正>リリスのフィアーテの名前を変更しました
<2022/ 8/16修正>5か所の「エリスさま」を「エリスねーさま」に修正しました




