15 ファニーとグレーテル
今回、本文中に人名として登場するマーガレット、メグ、マルガレーテ、グレーテルはすべて同一人物です(人間側での名前と愛称、ディアボロス側での名前と愛称の順です)。
次回以降は"グレーテル"に統一しますので、今回のみ少なからずわかりづらいですがご了承ください。
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「ステフィー、あなたに用があるというお客様が来ているから…通すわよ…」
「私は忙しい…客に会っている時間はない…って勝手によそ者を入れるな!」
ステファニーは、最初は顔を向けずにマーガレットへ文句を言っていたが、マーガレットではない"他人"の気配を感じてその方向を見る。
そこには小柄で、ふわふわの黒髪を腰まで伸ばし、漆黒の瞳でステファニーを見つめる"人間ではない存在"がいた。
「メグ、どこの誰だか知らないけど、そこにいる"魔族"の女の子を外に出せ」
ステファニーが"マーガレット"に女の子の排除を命じたが、彼女は何も反応しない。
「メグ、聞いているのか?」
「うふふ…この子はあなたの知っている"メグ"という存在ではないわ…」
エリスに口を挟まれ、ステファニーが様子のおかしいマーガレットを改めて見ると、マーガレットの目にはハートマークのような紋様が浮かび上がっている。
「メグが魅了されている…お前はヴァンパイアか!」
そう言いながらステファニーは、何かの液体が入った瓶の蓋を開けてから、瓶ごとエリスに投げつけた。
瓶の中に入っていた液体はエリスの頭と衣服を濡らしたが、エリスの体には何の異常も発生していない。
「ヴァンパイアなら効果覿面のはずの"聖水"をかぶって何ともないなんて…」
「この子を魅了したのは確かにあなたの言う"ヴァンパイア"…私たちの言葉では"ヴァンピーリン"…だけど、私はそのヴァンピーリンの主なだけで、私自身は"本物の"ヴァンピーリンではないわ」
「くっ…」
「ちなみに、ここから脱出しようと思っていても、この子が出口を塞いでくれているし、この子に手荒な真似をしたら、私の命令で自殺してしまうかもしれないわよ」
「魔族め…許さない…」
「フフフ…そろそろいいかしら…」
エリスは左手に魔法球を出現させると、それをステファニーがいるほうへ山なりに投げた。
ステファニーは球の軌道を計算して、動かなくても当たらないと判断したようだが、球は急に落下してステファニーの頭頂部に当たり、その衝撃と球に籠められていた魔法の作用で、ステファニーは目を回して気絶した。
「グレーテル、この子をベッドに寝かせなさい」
「はい、エリス様…」
エリスは、ステファニーをお姫様抱っこしたマルガレーテについていき、ベッドがある部屋まで移動した。
「ごめんなさい…あなたのようなかわいい魔族の女の子を邪険に扱ってしまうなんて、私はどうかしていたわ…。
罪深い人間である私はあなたのためならどんな罰でも受けるわ…」
目を覚ましたステファニーは、先ほどまで"許さない"と言っていたエリスに対して謝罪した。
「それなら、ディアボロスに生まれ変わって私の配下となりなさい。
そうすれば、この子とも一緒にいられるわよ…」
「えっ…私も魔族にしていただけて、メグと今まで通り一緒にいられるのですか?
何という寛大な…そういえば、あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」
「私はエリスよ…そしてこの子はグレーテルと呼びなさい」
「ありがとうございます…私はこれから、グレーテルとともに、エリス様の配下として魔族のために尽くします…」
エリスが先ほど投げた魔法球に籠められていた魔法は"虚無魔象"の1つ"ハスリーベ・ウムケーレン"。
この魔法によって、ステファニーの、エリスを含めた魔族に対する憎しみを愛情に反転させ、逆に人間を憎むように洗脳した。
だが、このままだとどうしてもステファニーの頭の中で矛盾する部分が残り、最悪の場合洗脳が解けてしまうため、メイと同じように、ステファニーも"完全なディアボロス"にする必要がある。
今日、明日中に両親や兄姉、その他の人間が研究所に来て、ステファニーに何かあったことが発覚する恐れのないことを確認したエリスは、ステファニーとマルガレーテに、2人をパンゲーアに連れて帰ると告げた。
「エリス様の配下になったばかりの私を"魔王城"へ入れていただけるなんて…うれしいです…」
「はい…エリス様に…ついていきます…」
ステファニーは笑顔を咲かせて喜び、魅了されているマルガレーテもうれしいのか、微笑を見せていた。
パンゲーアへの帰還にあたっては、ある意図があって"例の山"を経由する形をとった。
まず、エリスが研究所の中で"ヴルムロッホ"を使い、"例の山"への"通路"を生成する。
エリス、ステファニー、マルガレーテ、アンネの順で通路を進み、4人とも無事向こう側まで行けた。
「ここには人間が通り抜けできない結界があるのだけど、これで"ヴルムロッホ"なら無視できることがわかったわ…」
「エリス様はかわいいだけでなく、このようなすごい魔法も使えるのですね…」
「この場所を人間が何と呼んでいるかは知らないけれど、我らは今後、この場所を"ヴァイヒェ"とする」
エリスによって、エリスとメイが出会ったこの場所のディアボロス側の呼称は"ヴァイヒェ"とされた。
「さあ、今度はヴァイヒェからパンゲーアに戻るわよ」
エリスが再び"ヴルムロッホ"を使うと、パンゲーアへの"通路"ができた。
先ほどと同様の順番で通路を進むと、向こう側にはすでに1人の"小柄なディアボロス"が待っていた。
最初にエリスが通路から出てくると、
「おかえりエリエリエリエリ…」
第1専属侍女のメイが、敵地から無事帰ってきた最愛の主に飛びついた。
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夕食前にメイとステファニー、マルガレーテの顔合わせを行うと、エリスは配下の侍女たちに、ステファニーを予め用意させていた侍女用の"1人部屋"に案内させ、後で夕食を運んでやるように命じた。
また、アンネに魅了されているマルガレーテはそのままアンネに任せ、彼女の部屋に連れていかせた。
夕食の場でエリスは女帝と姉たちに、"フィアーテ"候補のステファニーとその幼馴染マルガレーテを手に入れたと報告。
「これでようやくエリスの専属侍女4人が揃うのね…」
「ファニーちゃんは今夜やるのよね?」
「はい」
「幼馴染ちゃんは?」
「グレーテルは明日の夜やります。
今のところアンネに魅了されていますが、万が一のことが起きないようアンネに"調整"させます」
「了解したわ…明日のお披露目を楽しみにしてるわね」
エリスは夕食を終えると、一旦部屋に戻っていろいろと準備をしてから、メイとクロエを伴って、ステファニーのいる部屋へ向かった。
部屋に入ると、エリスの姿を認めたステファニーの表情がぱぁっと明るくなる。
侍女に運ばせた夕食は完食したようで、食器はすべて空になっていた。
また、すでに浴室で身体を洗ったらしく、ステファニーの肌は微かに赤味を増していた。
クロエが侍女を呼んで食器を下げさせると、エリスはステファニーに問いかける。
「夕食の味はどうだったかしら?」
「はい、とても美味しかったです…。
魔王城で出される食事が人間の私に合うかどうか不安でしたが、杞憂に終わりました」
ステファニーが微笑みながら答えると、エリスはもう1つ問いを投げかける。
「身体もきれいにしたみたいだし、そろそろあなたを"フォルシュテンディゲ・ディアボリー"でディアボロスにするわ。
私が"フォルシュテンディゲ・ディアボリー"をかけるとあなたはすぐに意識を失い、明日の朝には完全なディアボロスよ。
人間でいる今のうちに、言っておくことはあるかしら?」
「私の父や兄、姉たちは人間の益となる薬や治癒魔法を使え、人間たちのために尽くし、称賛されてきました。
一方、私は…私の"加護"では人間に害をなすものしか生み出せず、研究所に籠って、何とか私の力を人間の益となるものにできないか試行錯誤しながら、ずっとマルガレーテと2人で苦しんできました…。
でも、エリス様のおかげで、私は苦しみから解放されました…ありがとうございます…。
エリス様の下でなら私が持つ、人間…人間に害をなすものを生み出す能力はそのまま生かせます…。
さらに、これからエリス様にディアボロスにしていただくことで、その能力は強化されるでしょう…。
一刻も早く、ディアボロスになってエリス様のお役に立ちたいです…」
「そう…人間だったが故にあなたが悩み苦しむことになったその能力、活かすための大きな一歩を私が後押ししてあげるわ…。
さようなら、人間のステファニー…」
エリスはそう言うと、ステファニーに"フォルシュテンディゲ・ディアボリー"を籠めた口づけをした。
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「エリス様…これで、わたしは完全なディアボロスになれたの?」
「ええ、私の専属侍女に相応しい、かわいいディアボロスになったわよ」
翌日、エリスたちに見守られながら目を覚ました"ステファニー"は、真っ先に自分がエリスたちと同じ存在になれたかを気にしたので、エリスはクロエに鏡を持ってこさせる。
「これが…わたし…」
緑色のふわふわした髪はそのままだが、ブラウンだった瞳はピンク色に変わっており、顔立ちがこれまでより幼く見える。
また、昨夜エリスに唇を奪われるまで着ていたナイトウェアと下着は脱がされたのか、一糸まとわぬ姿になっていたが、"ステファニー"はそれを認識しているようでいて、それについては特に何の反応もしなかった。
ベッドから降りてエリスや他の専属侍女と並んでみると、身長はエリスとメイより少し低く、アンネよりは高い。
「人間だったステファニーはかわいいディアボロスの"シュテファーニエ"として生まれ変わったのよ」
「えへへ…エリス様にかわいいって言ってもらえて…うれしい…」
「じゃあ、"もう1つの姿"も見せてもらえるかしら?」
「はい…」
シュテファーニエの体から黒い霧が吹きだして彼女を覆い隠し、しばらくして霧が晴れると、姿を現したシュテファーニエはディアボロスになる前の"元の"ステファニーに似ているが、瞳の色はピンクのままだった。
「"その姿"はどうかしら?」
「問題…ありません」
「服や下着も、今は裸だし、"普段の姿"と共用はできないけど、"変身"の時に工夫すれば、変身直後に全裸ということはなくなるから」
「はい…」
先ほどまでの、小柄な姿の時からシュテファーニエは何も身につけておらず、今は顔が少し赤くなっている。
その後、いくつか"大きい体"でないと聞けない質問をしてから、エリスはシュテファーニエを"元の姿"に戻させた。
"元の"小柄な体に戻ったシュテファーニエは相変わらず裸だったが、やはり恥ずかしがる様子を見せなかった。
用意されていた下着を自分で着けた後、クロエに手伝ってもらって侍女服を着る。
エリスに服従する、新たな合法ロリ侍女がここに誕生した。
「しばらくの間は先任の侍女たちと一緒に仕事をしてもらって、時期が来たらメイやアンネたちと同じ、専属侍女にするわ。
ただ、今日は基本的な決まり事を覚えたり、アンネにパンゲーアの中を案内してもらったりする日にして、実際の仕事は明日からしてもらうわ。
聞きたいことがあったら、今日のうちにアンネに聞いておきなさい。
この部屋にいる時は、"元人間"の先輩でもあるメイに聞いてもいいわ」
「はい…わたし、メイ様とアンネさんにいろいろ教えてもらって、明日からまずは侍女としてエリス様のために頑張るね…。
そして、いつかこの手で人間どもを…うへへ…」
シュテファーニエは邪な笑みを浮かべながら、改めてエリスへの忠誠を誓った。
本文中での解説は省略しましたが、ディアボロスになったシュテファーニエの通常形態が小柄になった理由は単なるエリスの趣味ではなく、クラウディアと同じように寿命を延ばすためです。
"虚無魔象"についての用語解説は次回またはキャラクタ情報まとめの際にする予定です。
<2022/ 6/18修正>不要な全角スペースを削除しました




