14 都の東北
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エリスが率いる"デー・クラフト"(仮称)は空を担当するため、新規に構成員を採用する以外に、"ヘーア"から空を飛べる種族を半数以上転属させる予定だが、それでも戦力が不足している。
"ヘーア"所属の鳥型魔獣は機動力こそ優れているものの、戦場の主力になるには"攻撃力"が足りない。
ユリアネやアンネと同族の吸血種は翼を持っているが、鳥型魔獣ほど高くは飛べない。
エリスが戦いのたびに高高度まで飛べるよう魔法をかける、という手段も現実的ではない。
そのため、"デー・クラフト"が"空軍"として本格的に動くには、エリスの魔力だけに依らず、大勢力が高高度を安定して移動できる方法の確立が求められ、特にトイフェライ"シェプフング"を持つメイはかなり期待されていた。
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「今のところは、アンネのように、元からある程度飛べる種族で、さらに膨大な魔力を持つ存在にしか使えませんね…」
「そうがっかりすることでもないわ。
これはこれで、今後の改良に向けた一歩になるし、アンネは楽しそうだから…」
パンゲーアの屋上で、エリスとメイは、メイが創った試作型飛行補助ユニットを身に着けて空を飛ぶアンネを見上げている。
当面の目標は飛行補助ユニットをゲネラール数人が使いこなせるようにすることだが、まだまだ実現は先になりそう。
エリスが専属侍女たちとともに自室に戻り、しばらくするとレニがやってきた。
「ノクス様から、"ベネディクト"の件で"D-Kraft準備室"に来てほしいという伝言を預かりました」
「わかったわ、すぐに行きます…レニも私についてきなさい」
「はい」
エリスたちが"D-Kraft準備室"に入ると、エリスのドライヴァイゼンとノクスが雑談をしているようだったが、
「エリス、あなたが"フィアーテ"にしたがっている"ベネディクトの娘"の居場所が判明したわ」
ノクスはエリスが入ってきたことに気づくと、すぐに本題を話し始めた。
"ベネディクト"とは人間の中でも"薬"に関する知識や能力に秀でた一族・ベネディクト家のことで、現在の当主ルイスはアヴァロン王国に本拠を置く"ベネディクト・ファーマシューティカルズ"の経営者である。
長男のルーファスは父の事業を手伝いながら、定期的に難病を患う人間を貴賤の区別なく、神から与えられた"加護"によって癒している。
第2子で長女のメアリは人付き合いの苦手な研究肌の人間で、"研究所"と称した建物に籠って新薬の開発を兼ねた実験を繰り返しており、その成果の一部は家業に還元されている。
第3子で次女のポーラは父と兄の手伝いという名目で主に王国軍への薬の納入を行っているが、前線に立つ義務を負わない以外は、すでに正規の軍人とほぼ変わらない扱いを受けている。
一方、末っ子で三女のステファニーは成人しているものの、表立ってはアヴァロン王国に何の成果ももたらしていなかった。
それでも、王都の北東にある、メアリとは別の"研究所"で何かをしているというところまでは突き止めていた。
「メイがいたあの山から遠くないところに私の"フィアーテ"もいたなんて…」
「エリスがメイを"お持ち帰り"した時に記録してきてくれたものが、巡り巡ってエリスの役にも立ったのね…」
「王都の結界の外だったとはいえ、現地に行ってここまで調べてきてくれた"ヘーア"の偵察隊には感謝しかないわ…。
私に今できることは感謝状を出すくらいだけど、後でノクスお姉ちゃんから渡しておいて」
「分かったわ…あの子たちには"エリスが出した初めての感謝状よ"って言っておくわね」
後日、ノクスからエリスの感謝状を受け取った偵察隊のメンバーは感激し、後世には上級貴族から何度も感謝状を譲ってほしいと言われたが、彼女たちやその子孫は決して譲り渡さなかったという。
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数日かけて作戦を立て、いよいよ決行の日となった。
「エリ…必ず、無事に帰ってきてくださいね…」
「メイ…もちろんよ…本当はメイも連れていきたかったけど…いい子で待っていてね…」
「はぃ…エリ…」
「メイねーさま…メイねーさまがいない分も、アンネがクロエねーさまと2人でエリスさまをお守りしますから…」
「アンネ…わたくしの想い…あなたに託すわ…」
メイはエリスと、次いでアンネと熱い抱擁を交わし、エリスたちが"ヴルムロッホ"を使って生成した通路の向こうに行っても、"ヴルムロッホ"が消えるまでその場を動かなかった。
山の頂上に現れたエリス(クロエが髪に隠れている)とアンネは空に飛び立つ前にそれぞれ1つの"準備"をする。
エリスは魔法で姿をヴァンピーリンに変え、アンネは試作型飛行補助ユニットを起動させた。
「ふふ…これで私とアンネは…姉妹みたいね…」
「エリス…ねーさま…本当のお姉さまみたい…」
「アンネは私の専属侍女なのだから、"身内"だけしかいない場ならメイやクロエを呼ぶみたいに、ねーさまと呼んでいいわ」
「えへへ…エリスねーさま…とてもうれしい…」
こうしてアンネはエリスも"ねーさま"と呼ぶようになり、さらに主従…というより疑似姉妹の絆が深まった2人は、空高く舞い上がっても、目的地が近づくまではずっと笑顔だった。
王都からの遠距離攻撃を避けるため、最短経路よりかなり迂回した2人だったが、
「東から北東方向に2体、魔族と思われる者が飛んでいます!」
「あの姿は、吸血鬼なのか…なぜあんな高いところを飛べるのだ?」
「そんなことより、王都の近くを堂々と飛ばれてなるものか!」
有効射程外にもかかわらず、王都の人間たちは魔法による遠距離攻撃を仕掛けてきた。
2人は最初、避けるまでもなく飛行を続けたが、とある地点で故意にバランスを崩したふりをして、真っ逆さまに森へ落下。
王都の人間たちはそれで満足したのか、"落下地点"を調べに来ることはなかったが、エリスとアンネはそれぞれの飛行能力で無事軟着陸に成功すると、念のため持ってきていた、蝙蝠の死骸に似せたものを2つ置いて"落下地点"を離れた。
エリスとアンネが森の中をしばらく進むと、目的地であるステファニーの"研究所"前に到着。
「偵察隊の情報が正しければ、そろそろ"おやつ"を買ってきた"あの娘"が帰ってくる頃よ…」
エリスがそう言うとすぐに、おやつの入ったバスケットを持ったオレンジ色の髪の女性が研究所へ入っていった。
「"次の用事"のために出てきたところで…アンネ、頼んだわよ」
「はい…エリスねーさまのために、必ず成功させます…」
オレンジ色の髪の女性が出てくるまではかなり時間が掛かった。
それでも、アンネはこの時をずっと待っていた。
アンネは女性に体当たりをすると、自分が持つ強大な"魔力"を籠めて女性の目を見た。
「あなたはこれからアンネのしもべよ…」
「はい…わたしは身も心もアンネ様のものになりました…」
「それじゃあ、あなたの名前を教えて…」
「わたしは…マーガレットと申します…」
「あなたはこれから、こちらにいるエリスさまの指示に従って動きなさい…」
「はい…アンネ様のご命令であれば、わたしはエリス様に従って動きます…」
「ところで、あなたの名前は何だったかしら?」
「マーガレットです…」
「いいえ、あなたはこれから私たちの仲間…ディアボロスになるのだから、人間のような名前ではなく、ディアボロスにふさわしい名前…マルガレーテを名乗りなさい。
マルガレーテ、もしくは愛称のグレーテル以外で呼ばれても、それはあなたのことではないから耳を貸す必要はないわ」
「はい…わかりました、エリス様…」
それからいくつかの指示を受けたマーガレット改めマルガレーテは、少しふらふらとした足取りで研究所へ引き返した。
【補足説明:加護】
一部の人間が神々から与えられる特殊スキルで、ディアボロス側では"グナーデ"と呼んでいます。
多くは戦闘に役立つものですが、ベネディクト家のように、一族の者がそれぞれ薬・病気治癒系統の"加護"を与えられる場合もあります。
<2022/ 2/11修正>グナーテ→グナーデ