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空のエリス  作者: 長部円
第1部 1章
10/98

10 アトミラールとゲネラール

10


ヴェルトヴァイト帝国はエリスの誕生以来、表だって人間(アントロポス)の支配領域への侵攻を行っていないが、人間(アントロポス)はそれに付き合うほど"お人好し"ではなく、好機と見て帝国へ攻め寄せてきた。


海上では人間(アントロポス)たちの船団がアヴァロニア大陸に近いニューディブランク島に向けて進んでいた。

だが、そろそろ島が見えてくるはずの海域で船団は霧のようなものに包まれた。

すると、突然"仲間割れ"が始まった。

「魔物め、霧に紛れて船団に潜むとは…皆、魔物を殲滅するわよ!」

"霧"によって女性の兵士たちには男が魔物に見えており、戸惑う男たちは女性たちからの一方的な攻撃で傷ついていく。

収拾不可能な混乱状態の中、ポニーテールの結び目に臙脂(えんじ)色のリボンをつけた女戦士・ソニアだけは同士討ちに加わっていなかったが、幻覚に惑わされた仲間を元に戻すことができず、もどかしさを感じていた。

そんな彼女も、1人の女兵士が近づいてくると、"傍観者"ではいられなくなった。


「ソニア様…なぜ"魔物"を討たないのですか?

 魔物に刃を向けられないのなら…ソニア様は…私たちの敵です…うふふ…」

そう言うと、完全に正気を失った女兵士はソニアに襲いかかった。

ほぼ同じタイミングで、"仲間"に殺されて甲板に倒れていた男に霊が取り憑き、"本物の魔物"である不死者(ヴィーダーゲンガー)として蘇ると、自分を殺した人間(アントロポス)たちを攻撃する。


戦闘能力では大きく上回っているが、仲間を傷つけることに躊躇していたソニアは、それでも自分に襲いかかってきた女兵士を気絶させ、一息ついた。

しかし、甲板に倒れ伏した女兵士はすぐに白目をむいたまま起き上がり、再びソニアへ攻撃を仕掛けてくる。

それでも女兵士を手にかけたくなかったソニアは、拘束魔法(リストレイン)で女兵士の動きを止めた。


とりあえず身の安全を確保したため、状況を確認しようとソニアが辺りを見回すと、ソニア1人を除いて周囲には立っているものはおらず、先ほど拘束した女兵士のほか、数名の女兵士が意識を失って倒れている。

他の、姿が見えない者と"不死者(ヴィーダーゲンガー)"はともに海の底へ沈んだのだろう。

最初の向きに戻ったところで、"1人の魔族"が意識を失った女兵士たちのそばに姿を現した。


「やはり、"加護(グナーデ)を受けた者"…お前1人だけが残ったか…」

「くっ…1人でも魔族と1対1なら…」

「1対1ではないぞ…。

 この女たちはすでに私の魔力を受けている…。

 私が覚醒させればお前を敵と認識して襲いかかるだろう…。

 だが、おそらく私がこの女たちを使役してお前を倒すことも、お前がこの女たちを取り戻すことも今は不可能だろう…。

 私としては、このままお前が1人での撤退を選ぶことをお勧めする」

「癪だけど…そうするしかないようね…」

「さすがは"加護(グナーデ)を受けた者"…理解が早くて助かる…」

「魔族に褒められてもうれしくないわ…」

そう言い捨てると、ソニアは転移魔法を行使して姿を消した。


「さて、人間(アントロポス)たちの"置き土産"を片づけるわよ」

イルミナの命令に応えて人間(アントロポス)たちを撃退した"アトミラール"ジレーネのロザリンデは、意識を失った女兵士を操り、ソニアの拘束魔法(リストレイン)が解けた女兵士とともに"後片付け"を始めた。


----


一方、アヴァロニア大陸でも人間(アントロポス)たちがディアボロスの支配領域に攻め込んでいた。

だが、最前線の砦の1つを預かる"ゲネラール"ツェツィリアはすでに迎え撃つ準備を整えている。

なお、ヴェルトヴァイト帝国のゲネラールはあくまで階級であり、非常に強力な魔法や特殊能力を持ち、単独や少数精鋭で行動するゲネラールも、軍の指揮に秀でており、大人数からなる"軍団"を率いるゲネラールも存在する。

ツェツィリアはどちらもでき、ノクスから厚い信頼を寄せられている有能なゲネラールなので、この最前線を任された。


攻め寄せてくる人間(アントロポス)たちの中に"加護(グナーデ)を受けた者"はいなかったようで、何の警戒もせずに突っ込んできた彼らはツェツィリアが仕掛けていた罠に見事引っ掛かった。

地面がいきなり毒を含んだ泥地と化し、思うように身動きが取れず混乱する人間(アントロポス)たちに泥の中から現れた魔物が襲いかかり、人間(アントロポス)たちは次々と泥の中に斃れていく。


「これなら、魔物だけで片付きそうだが…念のため、第7小隊(ジープテ)第9小隊(ノインテ)を出せ。

 奴らを皆殺しにしろ」

「はっ!」

魔物だけでなく兵士にも少しは手柄を立てさせてやろうと思ったツェツィリアは2小隊を出撃させる。

人間(アントロポス)たちは新手の登場に対して必死の抵抗も逃げることもできず、あっけなく全滅した。


----


ロザリンデが持ち帰った"ヴァッサーライヒェ"のうち、女性は"水抜き"をした上で不死者(ヴィーダーゲンガリン)としてイルミナや専属侍女たちの(しもべ)になり、男性は"ザントサック"として用いられることになった。

まだ外での"実戦"が許可されていないエリスは、"ザントサック"が大量に"入荷"してからはたびたび3人の専属侍女とともに"アビュスス"を訪れ、"戦闘訓練"の初歩として、動き回るヴァッサーライヒェに攻撃を当てる練習をするようになった。


「エリス様、"準備"はできております…。

 足りないようでしたら声をかけて下さい」

イルミナのフィアーテであるキルシュに案内された部屋には、すでに多数のヴァッサーライヒェが歩き回っていた。


エリスは左手に緋色(シャルラッハロート)の、右手に漆黒の鎌刃(ジッヘルシュナイデ)を持ち、空中からの攻撃でヴァッサーライヒェを×の字に切り裂く。

アンネは左手に真紅(ブルートロート)の、右手に緋色の(クラウエ)を着け、低空飛行から急接近してヴァッサーライヒェを引き裂く。

鎌刃(ジッヘルシュナイデ)はエリスだけのために、(クラウエ)もアンネだけのためにメイが創ったもので、

「えへへ…やっぱりメイねーさまが創ってくれた(クラウエ)はとても使い心地がいいです…」

と言いながらアンネは(クラウエ)についた血を美味しそうに舐めていた。


クロエは漆黒の鎌槍(ジッヘルヘレバルデ)を構えながらヴァッサーライヒェとの間合いをはかり、"有効射程"に近づいてきたところで一閃。

ヴァッサーライヒェの体にできた大きな傷から大量の血が出てくると、すぐにアンネが近づいてきて、顔を血塗れにしながらうっとりとした表情で血を啜っていた。

もちろんクロエの鎌槍(ジッヘルヘレバルデ)もメイが創ったものである。

「クロエちゃん、かっこよかったわよ…。

 それに…血塗れの(ブルーティゲ)アンネちゃん…とてもかわいいわ…うふふ…」

途中から見に来たイルミナは2人の姿をそれぞれ褒めた。


3人に武器を提供したメイが自分用に創った武器は、左手に一体化させた大砲(ゲシュッツ)

さらにメイは大砲の照準を合わせるためやその他いろいろな機能を備えた"魔導眼鏡(ツァウバーブリレ)"もかけている。

メイが大砲をヴァッサーライヒェに向けると、彼女のトイフェライによって創られた"ツェアファル"の砲弾が発射された。

砲弾が狙い違わずヴァッサーライヒェに命中すると、ヴァッサーライヒェの体は崩れ、毒々しい色の"水たまり"と化す。

「うふふ…早く…生きた人間(アントロポス)も…こんな風に壊したいです…」

「わたしも、かわいいメガネっ娘メイぴょんが外で人間(アントロポス)を次々と壊していくところ…見てみたいわ…」

メイとイルミナはディアボロスらしい歪んだ欲望を言葉に出しながら、同じような妖しい笑みを浮かべた。

【補足説明:ヴェルトヴァイト帝国("魔王軍")の幹部】

女帝及び娘たちの配下には最高幹部クラスの専属侍女"フィーア・テュヒティヒステン"とそれに次ぐ裏方専門の"ドライヴァイゼン"がいて、その次にあたる幹部クラスがイルミナ配下の"アトミラール"とノクス配下の"ゲネラール"です。

両者は肩書の名称が違うだけで実質同じ階級です。

また、最大4人のフィーア・テュヒティヒステンや最大3人のドライヴァイゼンと違い、アトミラールとゲネラールは定員がありません。

なお、今回(10話)の時点ではエリスの配下にドライヴァイゼンやアトミラール、ゲネラールに相当する者はいません。


<2021/ 7/ 4修正>「加護」にルビ"グナーデ"をつけました

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