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「風の国のお伽話」シリーズ

冬のある日のクルティス

作者: 花時雨

「風の国のお伽話」の番外編、クルティスが主役のクリスマス投稿です。


王国歴221年12月


クルティス・ダンナーの朝は早い。


夜明けの少し前に起き出し、訓練用の軽装に着替えると、厨房に用意してもらった軽い物を安い茶で流し込み、早々に訓練場に出る。

軽く走って汗をかき、柔軟運動をして、心行くまで素振りをする。

今日のように寒い冬の日でも、夏の盛りの暑い日でも、これは一日も欠かさない。

それが終わったら、朝食だ。

ユーキ殿下の朝食の前に済ませる。

殿下には一緒に食べるように言われるが、とんでもない。

それでも時々は無理やり相伴させられる。


午前中は殿下の受講や鍛錬につきあう。

算術は必死についていこうとするが、歴史や文学は寝る。何と言われても熟睡する。

基本的に殿下のための講義なので、俺が眠っていても、いびきを掻かなければ導師たちは放置してくれる。

とてもとてもありがたいことだ。


鍛錬の日は殿下のお相手をする。

普段は父であるクーツが指導するが、近衛の武術師範の手が空いているときは教えてくれる。

どうも師範は殿下より俺を熱心に指導してくれるようだ。

嬉しくもあるが、殿下がちょっと哀しそうにしているのを見ると心が痛む。


練習試合で殿下の相手をするときには、顔には出さないが、絶対に負けないように気合を入れている。

護衛対象に負けるような護衛では情けないと思うので。

一時はかなり力の差が開いて楽々勝てていたが、最近は殿下も急速に上達してきて、気を抜くとやばい時がある。

そんな時でも涼しい顔で捌いているように見せかける。



午後は殿下の登城に付き添い、その後は、殿下が閣議や政務を見学する間、訓練場で自主訓練をする。

以前はマレーネ殿下にお願いして近衛兵の訓練に参加させてもらっていた。

だが、最近は一人で様々な武術の型練習をするのがもっぱらだ。

熱中してやっていると、いつのまにか師範が見に来ていて、またあれこれと教えてくれたり手合わせをしてくれたりもする。



近衛兵に混ざると、どうしても訓練や練習試合での手合わせを挑まれる。

成人する前は近衛兵の子弟との訓練で、年下の者も多かったので少々勝ち続けても当たり前ということで目立たなかった。

だが、成人後は現役の近衛兵との訓練で、相手はみな年上、大半がおっさんだ。

最初のうちは力負けして普通に負けていたが、すぐに相手次第で勝てるようになってきた。

負けより勝ちの方がかなり多くなってくると、近衛の上層部から目を付けられそうになったので、逃げ出してしまった。

冗談じゃない、近衛に入って出世したいとか、武技をひけらかして目立ちたいとか、そんなつもりで訓練しているわけじゃないんだ。

殿下をお護りする術が身に付けばそれだけで良い。

相手を倒すのも、護るための技の一つとして磨いているだけなのだ。

その点、師範は教えるだけで満足そうなのでありがたい。



週に一、二度は王都にでかける。

修行ばかりでは気詰まりなので気分転換のためもあるが、主たる目的は、王都の街路を憶えるためだ。

殿下が微行される際に、道に迷っていては従者として話にならない。

道を確認し、さらに刺客の潜みそうな場所、待ち伏せを回避するための迂回路、追われた時に相手を撒けそうな脇道をチェックして頭に入れる。

今は平和で治安が良いが、この先はどうなるかわからないと、父やマレーネ殿下、ユリアン様が言われている。

衛りとは、備えだ。

あらかじめ隙なく備えていれば、襲撃者に先手を取られることは無い。


もう一つの目的として、銀色の髪に紫色の瞳の女の子を捜す、というのもあるが、それは誰にも、ユーキ殿下にも内緒にしている。

見つかる可能性は小さいし、もし万一見つかったら殿下をびっくりさせて喜ばせてあげたいので。



道をうろうろしていて衛兵に怪しまれることもあったが、今では顔を憶えられた。

護衛としては良いことなのか良くないことなのかわからない。

でも困った人を見かけると声を掛けざるを得ない。

面倒だけど、ユーキ殿下なら放っておかないだろうと思うので。

だが、どうも迷子に当たる率が人より大きいのではないかと思う。


ほら、今日もだ。

五歳ぐらいの女の子が、泣きながら俺の方に向かって歩いてくる。

冬至祭の直前で普段よりも人出が多い。

人混みの中で親と逸れたのだろうか。

周りを見回すが、それらしい人はいない。

「どうしたの」と声をかけようと思ったら、いきなりしがみついてきて、一層激しく泣き出した。

こういう時は、目の前に膝をついてしゃがんで手を握ってやり、ただ見ていることにしている。

泣き声がうるさいが、そこは我慢だ。

そのうち疲れて泣き声が収まるので、そこで声をかける。


「どうしたの?」

「おとうさん、おかあさんが…」


ほら来た。


「逸れたのか?」

「ううん。ケンカしてどっかいっちゃったの」


ああ、思ったより少しだけ酷かった。


「そ、そうか。もう大丈夫だからな」


そう言っておき、こっちをじろじろ見ている前の商店の店員に、それらしい大人はいなかったか聞いてみる。


「いえ、気付きませんでした」


まあそうだろう、この子もずっと歩いていたみたいだし。


「最寄りの衛兵詰所はどこですか?」

「そっちに真っ直ぐ行って、三つ目の交差点にあります。」

「そうですか。そこへ連れて行くので、もし親が捜しに来たら、教えてやって下さい」

「はい、わかりました。ご苦労様です」


詰所の場所は前から知っているが、衛兵の所に連れていくアピールをしておかないと、こっちが人攫い扱いされかねない。

まだエグエグと泣いている女の子に向き直り、にっこり笑って見せて、ゆっくり話す。


「衛兵さんの所に行って、そこで待っていような。俺が連れて行ってやる。大丈夫、お父さんもお母さんもすぐに戻って来るよ」

「ん……」


何とか泣き止んでくれた。


「じゃあ、俺とは逸れない様に、手を繋いで行こうか?」

「うん……」

「じゃあ行こうか」


かわいい手を差し出してくれたのでその手を取り、歩き始める。

だが、まだ涙が収まらないようだし、小さな足はなかなか前へ進まない。

これでは埒が開かないし、すれ違う通行人の目が怖い。

もう一度女の子の前にしゃがむ。


「えーっと、じゃあ、お父さん、お母さんを探しながら行くか」

「……うん」

「高い所からなら、周りが良く見えて探しやすいよな?」

「うん。どうするの?」

「これでどうだ?」


そう言って、いきなり女の子を肩車して立ち上がる。


「うわー、高―い!」


おっ、機嫌が直ったようだ。背が高くて良かったよ。よし、今のうちだ。


「じゃあ、どんどん行くぞ。しっかり掴まれよ?」


そう言って、歩き出す。


「すごいすごーい! はや―い!」


女の子はキャッキャッとはしゃぎだしたので少しほっとする。

走って行きたいところだが、女の子が舌を噛むとまずいので我慢だ。


出来るだけ速く。


足首、膝、股、腰、背骨で衝撃を吸収して、肩から上には伝わらないように。


来る人来る人を左右に躱して人波をすり抜けながら。


何のことは無い、これじゃ足捌き、体捌きの訓練じゃないか。

苦笑いしているうちに、交差点三つぐらいはあっという間に過ぎ、衛兵詰所に着いた。


「すみませーん、迷子でーす」


詰所の前に立って通りを警戒している衛兵に声を掛ける。

前にも二度ほど対応してもらったことがある、中年……いや、普通の年齢の女の衛兵だ。

この寒い風の中、御苦労様なことだ。頭が下がる。


「はい、ご協力ありがとうございます。……女の子一人、男の子一人ですね」

「いや、俺は違うし」

「ダンナーさん、毎度御贔屓にありがとうございます」

「いや、冗談言ってる場合じゃないでしょう」

「そうかしら? その子、頭の上で御機嫌よ。迷子の雰囲気じゃないわね」

「雰囲気の問題ですか。俺が向こうの方で見つけた、というかこの子に捕まえられた時には、大泣きだったんですよ。肩車してやっと泣き止んでくれて。降りてくれる?」

「やだ」

「いや、もう着いたから。後はこの小母さんが……」

「やだー」


女の子が足をばたばたさせる。


「お、落ちる。危ないから、危ないから」

「降りなくていいわよー。このオ・ジ・サ・ンは子供好きだから、好きなだけ乗っけてもらってていいわよー」

「ちょ、何言い出すんですか」

「えー、何か言った? 齢のせいか、小母さん耳が遠くなっちゃって」

「悪かったですよ、お姉さん、いやお嬢さん、勘弁してくださいよ。嬢ちゃんも、本当に落ちるってば」


笑顔のように見えなくもない顔で詰め寄って来る衛兵と肩の上で暴れている女の子の挟み撃ちでクルティスが窮していると、突然に女の子が叫んだ。


「あ、おとうさん!」

「え?」

「おかあさんもいる! おかあさーん、こっちだよー!」


クルティスと衛兵が通りを見ると、若い職人風の男女が、こっちに走って来る。


「ペリーン、よかった、無事だった……」「ペリーン、どこへ行ってたの。心配したのよ」


はあ、はあ、と息を切らしながら、二人は女の子に声を掛ける。

無事が確認できて、安堵したようだ。


「勝手にどっか行っちゃあ、だめだろ。……あんた、誰ですか」「うちの子に何をしているんですか。降ろしてください」


男女がクルティスに詰め寄ってくる。

思わずクルティスが引くと、間に衛兵の女が割って入った。

口角を上げて笑顔に見えるが、眉間にしわが寄っていてめちゃくちゃ恐い。

クルティスはペリーンを肩車したまま、さらに引いてしまう。


「その前に、言うべきことがいろいろとあるんじゃないですか?」

「え……」

「あなた方はどなたですか? お子さんの本名は? どこでお子さんと逸れましたか? 逸れた時の状況は? ここへ来られた経緯は?」

「……」

「何より、お子さんを保護してわざわざここへ連れて来て下さったこの方に、『誰ですか?』は、あり得ないんじゃないですか!?」

「す、済みません。そちらの方、御迷惑をおかけし、申し訳ありません。ペリーンをお助け下さり、ありがとうございました」


父親が慌てて謝るが、衛兵は厳しい口調を緩めようとはしない。


「まあ、この子、ペリーンちゃん?が、あなた方のお子さんなのは見るからに明らかですから良いとして、経緯をお話しください」

「はい、私達は東街区に住んでおり、服の仕立て工房に勤めております。久し振りに休みをもらいましたので、冬至祭の買い物がてら、外で食事をしようかと家族で出かけてきました。それで、歩きながら、この子の将来について話をしているうちに家内と意見が食い違って口論になって……」

「ううん、おとうさんたち、なにたべるかでケンカしてたよー」

「え、えっと、口論になったのでちょっとお互いに頭を冷やすために、別々に歩こうかと思いまして」

「おとうさんもおかあさんも、はしってったよー」

「こ、この子の手を放したつもりはなかったんですが、いつの間にか……」

「わたし、はじめからずっとひとりであるいてたー」

「嬢ちゃん、いいから、ちょっと静かにしてような」

「えー」

「それで、お二人ともこの子を放置して走って行ったんですね?」


衛兵の声は冷え切っている。


「……済みません。こいつが見てるだろうから大丈夫だと。反省して追っかけて来るかと思って、しばらく行ったところで横道に入って様子を見てたんですが……」「私もです」

「この子の姿が人に紛れて見えなくなって、慌てて戻ったんですが、もういなくて。こいつも戻って来たので、あちらこちら探したんですが、みつからなくて。そのうち、店員に声をかけられて、『若い男が詰所に行くからとか言って連れ去った』って言われて、もう心配で心配で走ってきた次第です」「もう、生きた心地がしませんでした」

「連れ去ったって……あの店員のやつ……」

「えっと、お二人にはちょっと長めの説諭がみっちりと必要かと思います。奥のお仕置部屋、もとい聴取室まで来ていただけますか?」

「おにいさん、おろして」

「お、おう」


クルティスの肩から降りたペリーンは、トコトコと両親と衛兵の間に入ると、手を胸の前に組んで、衛兵の顔を見上げた。


「おねえさん、ごめんなさい。わたしもいっしょにあやまるので、おとうさんおかあさんにおしおきするのはやめてください」

「……良い子のペリーンちゃんに免じて、長めの説諭は見送りましょう」

「弱っ」

「ですが、少しだけ。お二人ともいいですか? お子さんとは、必ず二人とも手を繋いで下さい。拝見するに、お二人の仲は悪い訳ではないでしょう。繋いだお子さんの反対側の手には、お父さんの場合はお母さんが、お母さんならお父さんが繋がっているんです。手を放すということは、その手の先の繋がりも離すことだと思いませんか? お子さんの手を放せば、愛する人とも離れてしまうのです。それで良いのですか?」


夫婦は互いに見合っていたが、声を揃えて、「いいえ。もう、放しません」と答えた。


「ぜひ、そうしてください。今は寒い季節です。皆さんの互いの手の温もりが、神様からの冬至祭の贈り物と思われてはいかがでしょうか。では、今回に限って、調書は取りませんのでお帰り頂いて結構です」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、行きましょう。ペリーン、お父さんお母さんと手を繋ごうね」

「うん。おねえさん、ありがとう。おにいさんもありがとう。またあそんでね」

「ええ、ペリーンちゃん、元気でね」「じゃあな。また逢うことがあったら、遊ぼうな」

「うん、ばいばい」


三人はもう一度頭を下げると、手を繋いで仲良さげに話しながら歩いて行く。

ちらちらと降り始めた雪の中、ペリーンちゃんの「おとうさん、おかあさんのて、あたたかいね」という嬉しそうな声を残して、三人は人波の中に消えていった。


「はあ、済んだわね」

「お疲れ様です。良いこと言いますね。さすが、齢のこ……経験の豊富なお姉さんですね」

「うまく言い直せてないわよ。まあ、あれでちゃんと子供と手を繋ぐようになってくれればね」

「俺も昔、迷子になりそうになって、似たようなことを言われたことがあります」

「そうなの? 何て?」

「『手を放さないでいよう、ずっと一緒にいよう』って。大事にしてる言葉なんです」

「そうなのね。親御さんに?」

「いえ、主です」


それはまだユーキもクルティスも幼かった頃、城下に遊びに出た時のことだ。

ユーキとクルティスがそれぞれ別の事に気を取られて、気が付いたらユーキの姿が見えなくなっていた。

不安で泣きそうになった時に、走って来たユーキがクルティスの手を握りしめて、「ごめんよクルティス。ぼくもおまえがいなくてふあんだった。これからはふたりで、てをはなさないでいよう。ずっといっしょにいよう」と言ってくれたのだ。

まあ、近くでクーツや護衛が見守っていて実は何の心配もなかったのだが。


「そう、良い主に仕えてるのね」

「はい。自慢の主です」

「その言い方は、主が家臣を評する時に使うんだけど……」


衛兵の女は苦笑した。


「まあ、いいわ。今日はありがとう。お疲れさまでした。また何かあったらよろしくね」

「もうこれっきりにしたいですけど。それじゃ」



「あの子、ぶっきらぼうに見えて優しいし頼もしいから、子供に好かれるのよね。きっとまた来るわね」


衛兵の女は、クルティスの大きな背中を見送りながらそう呟いてクスリと笑うと、通りの警戒の態勢に戻った。



「すみませーん、迷子でーす」

「はーい、毎度御贔屓にありがとうございまーす。男の子お二人様ごあんなーい」

「だから俺は違うって……」


コロナ禍で手を繋げなくても、心を繋ぐことはできると思います。

皆様にも温かい繋がりがありますように、お祈りいたします。


メリークリスマス!


(この作品がお気に召しましたら、御評価等、いただけましたら嬉しく思います。)

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