誕生
その日の騎士爵邸は朝から慌ただしかった。昨夜から奥様が産気づき未だ出産に至っていなかったからだ。
侍従医も産婆もこんなに長い陣痛は初めてで、どうすれば良いかわからず頭を抱えている。
そんな中王都勤めの義弟がやって来た。
「姉上のご様子は?」
「それがな、良くはないのだ」
騎士爵の顔色は良くなく、その様から察する義弟。
「そ、うですか…」
もうすぐ昼になる、半日以上も生まれて来ないなんて事があるのだろうか。
そんな事を考える騎士爵の耳に産声が聞こえる。
「やっと生まれたか!あの声からすれば元気な子の様だな」
しかし産室の中はまだ慌ただしい様だ、妻の身に何かあったのだろうか。
出てきた使用人を呼び止め問いかける。
「妻に何かあったのか?!」
「いえ、奥様に何かと言われればそうなのですが…」
言い淀んでいる使用人に再度尋ねると同時に正午の鐘が鳴る。
そして新たな産声が響き渡り、状況を理解する騎士爵。
「ふ、たご、なのか?」
「はい、さようでございます」
双子は古来より不吉とされている。
なんて事だと呆然とする騎士爵に出てきた侍従医から説明される。
「騎士爵様、双子ではございましたが奇跡が起こりました」
青ざめながらも、奇跡と言う言葉に動揺し困惑する騎士爵に侍従医は続けて言う。
「なんと男女の双子にございます」
しばらく状況が飲み込めない騎士爵に義弟が肩を叩く。
「義兄上、おめでとうございます。私もこの場に居合わせただけで感無量です」
その言葉にはっと我に帰る騎士爵。
「そ、そうか、そうか!良かった」
古来より双子は不吉である。
であるが、例外も存在する。
それが男女の双子である。
神の奇跡、英雄の誕生、又は新たなる王の誕生などと言われている。
どちらかの子供は必ずと言うほどに、何かしらの偉業を成し遂げてきたからだ。
そんな双子を授かった事にようやく認識し安堵する騎士爵。
「それでどちらが先に生まれたのだ?」
これも重要である、男児であればそれはお家の安寧を指す、女児であるならば嫁がれればそうならない事もある。先に生まれた子の方が偉業を成し遂げた記録が多いからだ。
「そこだけが残念なのですが・・・」
言い淀む侍従医に察する。
「そうか、それは仕方がない、ただの双子では無かった、それだけで喜ぶとしよう」
残念な気持ちもあるが、2人とも元気ならそれで良い。ともあれ一安心だ、これからの幸せを思うと自然と笑みが溢れる。
「して、妻は?様子はどうなのだ?双子の出産ともなれば、大丈夫なのか?」
「はい、消耗はなされておりますが、異常は無いものと思われます」
ほっと胸を撫で下ろす、一時もすれば妻や子供達にも会えよう。
「では、私は執務室にて仕事をするとしよう。会えるようになったら声をかけてくれ。義弟殿相談したいこともある、一緒に来てくれるか?」
「わかりました、義兄上」
義弟を連れ執務室へとやってくる。
「それで、ご相談と言うのは?」
と、早速義弟が聞いてくる。
もちろんこれからの事だ、男女の双子は吉兆であると共に嫉みの対象でもある。
子供のうちにと考える者は必ず出てくる。
「ああ、もちろん双子のこれからについてだ」
「そ、うですね、隠すと言う訳にもいかないでしょうし、かと言って警護には費用がかかりますし・・・」
2人でうーんと知恵を絞る。
と、突然辺りに闇が広がる。
「見つけたぞ、我を滅ぼすであろう種子を!」
辺りには全く見えなくなっている。
不気味な声に構えるも声の方向も分からない響き方をしている。
「ほう、邪魔をするつもりか?何か出来るのならしてみるがいい」
騎士爵は声の言葉を反芻する。
我を滅ぼす種子だと?
一体どうい…
そこで気づく「滅ぼす?」まさか?!魔王なのか?!
生まれたばかりだと言うのに、しかも何も準備も出来ていないのに、魔王だと!?騎士爵は絶望感に苛まれる。
幸せの絶頂から、奈落に突き落とされたのだから当然だ。
「くっ!何故こんな時に!?」
「分からぬか?分からぬであろうな、我は貴様らよりも遥か以前から待ち望んでおったのだからな。こんな時、では無くこの時を」
その声は依然と所在が掴めない。
勇者を探していたと言う事か。
自分の子が勇者たり得るものだと言う事実と、現状とで複雑に思う。
「さて、貴様らに構っていてもつまらぬ、我は目的を達成するとしよう」
「まて!いかせんぞ!」
「我の居場所も分からぬのにか?面白い事を言うのう」
首筋にヒヤリとした悪寒が走る。
隣に居た義弟が倒れる音がした。
「義弟殿?!」
返事はない、音のした方向はわかる。
が、それ以上の音は一切聞こえてこない。
「隣におった者は何も出来ず絶命したぞ?まだ我に何か出来るつもりか?」
義弟は自分よりも優れた騎士だった。
なのに抵抗した様子もなくやられてしまった、自分に出来る事は無いかもしれない。しかし家族を守らねばならない。
ましてや勇者たり得る子は何がなんでもだ。
しかしその思いはそこで潰える。
次の瞬間には首は切り落とされていた。
「やれやれ、ようやく目的を達成する事が出来る。待ちわびたぞこの時を!かの者さえ消してしまえば、もう我を脅かす者は誕生しない事はわかっている」
魔王は呟きながら、双子の元へとやってきた。
「では、さらばだ」
魔王が構えた瞬間、赤子から眩い光が迸る。
「な?!種子では無かったのか?」
光はどんどんと勢いを増していく。
「こ、こんなはずでは!!!」
光に押されていく魔王。
「こ、このままでは!!」
そう叫んだ魔王は自分の種子を後方へと飛ばす。
「我が種子よ必ずやこやつを・・・」
そして魔王は光の中へと消えていった…