65話
「すごかったっす!お疲れ様っす!」
何故か完璧に打倒したはずなのに不完全燃焼を抱える僕をシバさんが犬のようにキラキラした瞳で迎えてくれた。
なんだか年上だろうに子犬のような雰囲気のある彼女を見ていると、心のもやもやが解消されていく気がする。
「すごかったっすよ!途中もうウサギさんもコマイヌっちも何してんのか全然わかんなかったっす!」
「ありがとうございます……?まぁ使ってるのはほとんどスラッシュとかステップみたいなスキルなんだけど」
なんとなく会話と別にもやもや感の原因を考えてみていたけど、たぶん理由はあれだろうな。とどめの連撃。スラッシュとかの単純なスキルを当てて跳ねてを繰り返していただけなのにウサギ側の対処が杜撰というか、一辺倒なのだ。近くにいたら角で、それ以外は雷や岩を当てようとする。
たぶん設計上こんな挙動は想定されてないのかも知れないけれど、パターンに入れてしまったというやつ。昔のゲームで言うと画面端で相手に何もさせずに攻撃を入れ続けているみたいなものだ。
たぶんあの時になんだか一気に現実味がましてしまったのが不完全燃焼の原因だ。ファンタジー感が、僕の大好きなファンタジー感がAIによって薄れてしまった。
理不尽な怒りなのはわかってるけど今度父さんに言っておこう。たぶん父さんのプライドからして若干の強化は施されるだろう、ボスモンスター全般に。ボスモンスターに変化がなくても僕のスキル系列がナーフされてもいいから。
「コマイヌっち……いえ、師匠!」
そしてこっちもこっちで何故かヒートアップしてる。何を言ってるんだこの人。
「師匠の動きに惚れ込んだっす!どうか手ほどきを!」
「いやいや、僕もほとんど初心者みたいなものですし……」
「そこをなんとか!ていうかあんなんできる人が初心者なわけないっすよ!」
それもそうだ。僕もそろそろ初心者は脱してるんじゃないかな~とは思っていたけど。βプレイしてないし情報調べないから知識面は本当に役に立たないんだよなぁ。戦闘もほとんど感覚任せだし。うーん。
とりあえずボタンさんに丸投げすればいいか。
クランチャットと個人チャット、ボタンさん宛てという題で合わせたい人がいると伝える。なぜクランチャットでも言うのかというとボタンさんの確認漏れケア……などではなく、ボタンさんは大勢の人に頼られると最後まで面倒見ちゃうタイプの人だからだ。
あと最悪ここでクラン員全員に知らせておけば、悪ふざけが好きな人たちは絶対にボタンさんに会わせてくれる。
「とりあえずクラン入ってるんで、そこのクランハウス行くってことでいいですかね?」
「自分クラン入ってないっす!よろしくお願いするっす!」
いや、勧誘する気はあんまりないんだけどね。とりあえずボタンさんに押し付けてみたいなっていうあれそれ。
正直なところ新しく取得できるようになったスキルも確認したいし、なんなら取得してスキルの使用感も試したい。あとスキルポイントチケットを買い漁ってスキルポイント貯めもしたい。
紫電一閃は正直レベル上昇分だけのポイントじゃ取れなかったんだけど、必要なかった素材やら求心のペンダントをうまい感じにリーシャさんに放流してお金を稼いできてもらった。リーシャさんに手数料を払ってもなお自分で適当に捌くより高く売れる。あの人の経済事情はどうなってるんだろうか。
貴重な素材と言えば最近アル様と双子たちにもあってないし、何かないか直接聞いてみたい。プレイヤーならチャットなりで済む問題だけど仲良くなったNPCとは直接会わないと話せないからね。
それに王族レベルだと会話してて不自由ないというか、違和感ない会話ができるのでファンタジー世界の人と話してるみたいで楽しいし、定期的に訪れて遊んでいる。行くたびにお土産を渡してくれようとするので側近の人とかはあまりいい顔しないけど。
自分自身が強くなったこともあるけど、NPCとの会話やクエストが重要視されてからはやりたいことが多すぎる。僕はアル様たちとしか絡んでないけれど情報班の人たちは毎日レベリングの暇もなく会話にいそしんでいるらしい。
物思いにふけってしまった。とりあえずボタンさんから反応があったのでクランハウスへ連れていくことにする。最初に僕が勧誘された時と同じ、路地裏からクランハウスへ繋ぐ道を開ける。シバさんはクランに入っていないのは本当らしく、ベータプレイヤーでもないのだろう。路地裏からいきなり道が開くのをキラキラした目で見ていた。
僕の時と違うとしたら門番の人に止められてないくらいだろうか。ミヅキ先輩と遊びに行くときだいたいあれやるからな。ただあの人別に隠れて出ようとすれば出れるのに隠すことはないとでも言いたげに堂々と出るからね。
と言っても最近第二の街ではあまり取り締まられてないらしい。なぜだろうと思い第二の街の門番に聞くと僕とボタンさん、ドリさんのクラン員だかららしい。
つまるところコネだ。テレビとかで見る汚職だのもみ消しだのの実態をゲーム内で見るとは思わなかった。
クランハウスへ帰ると今日は……あんまりいなそうだな。リーシュ君はいればわかるくらいどこかしらが騒がしい。最悪自室で彼一人だとしても騒がしい。ハナミさんも似たような理由。ボタンさんは遅れてくると言っていたし、ドリさんはいた場合起こさないでください看板が立てられているのでいない。
リーシャさんは忙しい人だからいたとしても出てこなそうかな、リーシャさん好みの年上の女性じゃないし。
リビングの扉を開けると指定ソファにつく小柄な女性……ミヅキ先輩か。
「おかえり。なんか拾った?」
「なんか、懐かれたといいますか」
「私に対するコマイヌと同じ。世話するの?」
あなたの中で僕はめちゃくちゃ懐いてることになってるんですね。いや先輩として頼りにはしてますけど。
ミヅキ先輩は品定めするようにシバさんの方を見る。シバさんは緊張しているのか、何言も発さずにミヅキ先輩の目を見つめる。
ああ、でもそういう絡み方しちゃうとミヅキ先輩人見知りだから……ほら、僕の後ろへそっと隠れる。いくらミヅキ先輩が小柄とは言え僕もそんなに大きくないので隠れないですよ。
そのまま袖を引っ張られシバさんと距離を離し耳打ちしてくる。
「コマイヌ、陽の者がいる」
「目を見つめあったくらいでそんな判定しないでください。明るい人ではありますけど」
「夢ならもう部屋から出ないところだった……」
あなたたち二人とも人見知りですけど最初から僕のこと雑に扱ってましたよね。その差は何なんですか。
「あのー、自分はシバっす!お名前は!」
挨拶をするために近づくシバさんと、同じ歩数だけ下がるミヅキ先輩。ボタンさん助けてくれー。
そんな虚空へ響くむなしい願いを聞き届けたのか、クランハウスの玄関から入室を知らせる鈴が鳴る。もしかして来てくれたのか。
「コマイヌ君会わせたい人はー……って、どういう状況?」
「僕にもよくはわからないです」
じりじりと離れていくミヅキ先輩となぜ離れられているのかわからないシバさん、そして両者の盾となっている僕を衝立にした謎の攻防が繰り広げられていた。
ボタンさんが入ってきたのを見たシバさんはターゲットを変えてそちらへ向き直る。その瞬間にミヅキさんは隠密スキルを使用し視界から一瞬で消え去り、分身をワープさせるスキルにより窓の外へ分身を投影。そして分身と自分の位置を入れ替えるスキルの後、分身を消滅させコストを回収するスキルにより軽やかな脱出を果たした。
いや、なんで今の一瞬でスキルログが五つくらい流れてるんですか。絶対いらないじゃないですか。




