97 小さな体で過ごす一日
玄関ドアが開き、イヴが帰ってきた。まだ9月になったばかりだけど、一緒に吹き込んできた風が冷たい。森の中だからかな? 寒くなるの、早い気がする。
──そっか、もう冬がくるんだ。逃げ出した春から、2つも季節を越える。
「おかえりぃ!」
「おかえりなさい」
師匠の指示でハンカチに小花柄を縫い付ける練習をしていたビビも顔を上げた。料理に続き、縫い物も花嫁修業の一貫。料理よりはうまくいってるように見えるけど、本人いわく「剣を振るほうが百倍楽だ!」と悪戦苦闘中。
朝食を片付けたテーブルでウィルに勉強を教えていたアロン、そしてウィルも顔を上げた。
「おかえりなさい」
「イヴおかえりぃ!」
おりましゅ! と、私を抱っこしてるハティに意思表示。だけど、ハティはいやいやと首をふる。じっと見つめると、捨てられた子犬のような顔をされた。困った。
「おろちて……?」
ハティがいまの私を食べちゃいたいくらいに可愛く思ってることは知ってるんだ。
美幼女の上目遣い、くらえっ!
「う、ぐっ……」
ハティは口元を押さえてうずくまった! みっしょんくりあ!
「少しだけだからな。すぐに戻ってくるのだぞ」
「うん、すぐ戻ってくりゅ」
ぎこちなくおろされた足先が床につくと、私はトテトテとイヴに走り寄った。
やれやれ、短い足は亀のごとき歩みだ。頼りない足取りで一生懸命走る私を、みんなが笑いを堪えて見てるのがわかる。
ていうか火の神様、『他人の姿を変えるのも得意』って言ってたけど、なんでわざわざ、私を5歳児に変えたのかな。いっそ別の動物に変えてくれれば、ヨチヨチ歩きを披露して羞恥にもだえることもなかったのに。まったく、絶妙な具合に精神をえぐってくる嫌がらせだ。
転けそうになって、イヴの太ももにダイブ。ぽふんと柔らかな感触。うん、悪くない。
「ご注文の鶏小屋、できたわよぉ」
「おお、さしゅがイヴ、仕事が早いっ!」
「当然よ。ふぅ、数カ月ぶん働いたわぁ。褒めて、褒めてぇ〜〜」
「えりゃい、えりゃい」
私に抱きついて頬ずりするイヴに、ハティがチョップを食らわせた。
「お前は普段からもっと動け。そのうち石になってしまうぞ」
「バカね、わたしは元々植物よ。植物はじっとしてるのが仕事なの。ていうか、あんたって本当に真面目で融通利かないんだから。あんまり口うるさいとララちゃんに嫌われるわよ」
「なんだと」
「きゃあ! あれ、わたしのために用意してくれたの? ありがと」
イヴは私の頬にキスをすると、ソファ前のガラステーブルに用意されたフルーツとミックスジュースを見つけてもぐもぐやりだした。いつもながら、ハティのお小言は華麗に聞き流し。ほどなく安らかな寝息が聞こえてくる。
「まったくあいつは。神としての自覚が足りん。気のおもむくまま自由に振る舞い、腹が満たされた途端に眠る。まるで赤子だ」
ハティが深くため息をつきながら、やれやれと首を振った。そうしつつ、私を抱き上げることも忘れない。抱っこの仕方が、板についてきてる。もう立派なパパだ。
……ふぅ、短い自由時間だったぜ。
ところで、そう、イヴには例の植物魔法で鳥小屋を作ってもらうようにお願いしてたんだ。
卵はよく使うので、消費スピードが早い。だけど、街へ買い物に出るのも気をつかう。てわけで、オトヅキの街で『鶏』を購入したんだ。1羽の鶏が卵を生むのは1日1個が限度というから、人数ぶん、7羽。
彼らはいま『亜空間No.2』にいる。売ってくれたオジサンがくれたカゴに入った状態で。
生物収納OKな『亜空間No.2』はこんな便利な使い方もできちゃうのだ!
そうこうしてる間にも、
「コケーッ、コココ、コケーッ」
鶏たちの騒ぎが大きくなっている。
エサは入れてたけど、狭いカゴに一日放置されてさすがに怒ってるみたい。すっかり忘れててごめんよ。
急いで新しいお家に出してあげよう。
「ぼくも行く!」
ハティ同伴でお外へ出かけようとしていると、ウィルが追いかけてきた。
「お勉強はもういいにょ?」
「えっとぉ……」
ちらっと視線を向けられ、アロンが頷いた。
「区切りのいいところだから、大丈夫だよ。休憩がてら散歩しておいで。ああ、私も行こうかな。ついでに薬草を摘もう」
「そゆことなら」
ハティに下ろしてもらって『収納』から子供用の赤いマントを取り出す。オトヅキの街で買ってきたものだ。ウィルの肩にかけてあげる。うんしょ、うんしょ。つま先立ちしなきゃ届かない……
「風邪ひいたら大変だかりゃね。今日ちょっとしゃむいし」
「わぁ、あたらしいマントかっこいい! ありがと、姉さま」
ウィルはくるくる回って、お友だちに自慢しに行く。絵本の勇者みたい〜ってはしゃいでるウィルは、本物の"勇者のマント"を、実は持ってたりする。水の神様にもらった勇者の持ち物の中にあったんだ。あれは大きくなるまでおあずけだけど。
「アロンとビビのぶんもあるよ」
ビビには水色。アロンはワインレッド。マントを出すついでに、秋冬用に購入した衣類をぜんぶテーブルに出した。
「こんな可愛いの、私が着てもいいのか?」
水色のマントを大事そうに抱き寄せて、ビビは泣きそうになってる。
「もちりょん。よく似合うよ、ビビたん」
「ありがとう」
目元をごしごし拭うビビの横で、ワインレッドのマントがはためく。アロンがさっそく羽織っていた。すらっとした体型によく似合ってる。
「へぇ、意外にちゃんとしてる。助かるよ」
「言ったでしょ。ララの美的感性は成長してりゅのでしゅ」
ハティにはこれね、と白いマントを渡す。……重くて引きずりながら。うぅ、かっこ悪い。
だけどハティは気にせず、
「ありがとう、ララ」
マントを羽織ると、私を抱っこしてすっぽりくるんだ。額をすりすりされる。
「お前は優しいな」
神様は寒暖を感じない。だから防寒具は必要ないって言われてた。でも、私はハティやイヴの分まで買ったんだ。神様たちだけナシなんて寂しいもん。
「その麻色のはイヴのでぇ、しょれから、セオのは紺色のやつね」
そこで、あれ? と思い出す。
「しょいえばセオは?」
「まだ帰ってきてないんだ。水やりと『モウモウ』の乳搾りだけにしては、遅いよな。まさか迷子になってる、なんてことはないと思うが。あいつはあれで抜けたところのある男だからな。──ちょっと様子を見て来るよ」
「うん」
さすがに迷子はないと思うけど……『モウモウ』のお世話に手こずってるのかな。
ビビが紺色のマントを持ちあげた。
次の瞬間、私はハティの腕の中で固まった。
マントの裾からぴらりと落ちたどぎついピンクのそれ──
「ん? なにかな、これ」
……を、よりにもよってアロンに拾われてしまう。
「ぎゃーっ! しょ、しょれは……っ!」
「あ」
ハティも気づいたらしい。
「女性ものの、下着……? にしては布が少ないような……」
私はハティのマントの中に顔をうずめて、隠れた。ヨチヨチ5歳児は俊敏な動きでソレを取り返すこともできない。
マジ、火の神様、埋める。
「ララ?」
……いやいやいや、待って、そうだよ、『収納』すればいいんだよ! 別に手で触れてないと『収納』できないってわけじゃないんだから。
「『収納』!」
私が叫ぶとともに、アロンの手の中からソレが消えた。あとかたもなく。
「さ、さぁて、にわとりさんたちをお家に入れに行きましょう!」
何か言いたげなアロンの視線をビシビシ感じながら、ハティに出発進行!と声をかける。
「ねぇ、いまのなんだったの? ねぇねぇ、なんだったの?」
「さ、さぁ……」
ウィルにしきりに問われ、ビビが困ってる。ククク、と堪えきれないように笑うハティ。ララ、涙目。
ああ、もう……
"セクシーランジェリー"なんて買うんじゃなかった!!!
◆
裏庭の藤棚を過ぎて少し歩いたところに、『モウモウ』の小屋がある。ちなみにこれもイヴ作で、鶏小屋はその隣にできていた。三角屋根がついた、立派な小屋だ。
「うお、おわっと」
私たちの声を聞きつけたのか、『モウモウ』の小屋から泥んこの人間が転がり出てきた。セオだ。私たちを見つけて、ほっと息をつく。やっぱり『モウモウ』のお世話に手こずってたみたい。
「『モウモウ』の世話は、やっぱウィルじゃねーとダメだな。オレじゃ暴れまくって言うこと聞きやしない。半時粘ってみたが、乳搾りは失敗だ」
「ぷっ」
「くくっ」
私とウィルは顔を見合わせて笑った。
ころころと幼い笑い声が秋晴れの空に響く。
セオが首を傾げた。ぽかんとした表情が、もうだめ。ひー、苦しい。
「なんか、変か?」
「だって、セオ、泥でおヒゲができてりゅんだもん」
「うん、にあう。おじいちゃんみたい」
セオが口元を拭うと、ますます泥が広がって、私とウィルはいよいよ爆笑した。
にやりと、セオが笑う。笑いが取れて、まんざらでもないみたい。ただ、ビビまで爆笑しだすと真顔になって、ビビの顔にも泥を擦り付けはじめた。それが、泥んこ合戦開始の合図になった。
我先にと『モウモウ』の小屋に入って泥をかき集め、投げつけ合う。『スキル』をガンガン行使しての合戦はお遊びの域を超えていた。
『俊足レベルMAX』で瞬間移動並みの移動速度で現れては消えを繰り返し、軽々と泥団子を避け、不意打ちで攻撃を繰り出すウィル。
『疾風レベルMAX』の必殺技、ウィンド・ファングで作り出した竜巻で敵が作成した泥団子を奪い、風ごと投げつけてくるビビ。
『絶対把握レベルMAX』ですべての攻撃を見切り、得意の盾もないのに余裕の攻防を繰り広げるセオ。
一方、ハティと私はバディを組んだ。狼に戻ったハティの背に乗って、私は『怪力レベルMAX』で超特大泥団子を持ち上げる。
的はアロン。狙うは頭。
ブンッと風を切って飛んでく超特大泥団子。
──さっき見たセクシーランジェリーは忘れてもらうぞ。
しかし!
「ふん、甘いね」
超特大泥団子が、巨大な水球に包まれた! かと思うと、ザンッ!と音を立てて泥団子がバラバラと崩れ落ちた。転がる破片は細かく、切り口は鋭利。包丁で角切りにされたみたいだ。
「水はね、高速で走らせれば刃にもなるんだよ」
くすっと笑うアロンを前に、私たちはそろって震え上がった。
「……だれだよ、やつにあんな力やったの」
「……俺だな」
「ほら、バイ菌1号から5号、そこへ並びなさい。あーあ、せっかくの新しいマントが台無しじゃないか」
そのままアロンの水球で洗濯され、合戦は終了となった。
◆
やっと放たれた7羽の鶏は、新しいお家の中を自由に動き回った。
鶏を売ってくれたオジサンに教わった通り、『創造』した枯れ草をウィルに手伝ってもらって真新しい小屋の中に敷き詰めた。エサは、ヨモギやスギナ、ツユクサ、にんじんを刻んでお米を混ぜたものを用意。
しばらくキョロキョロしてた7羽も、やがてそれぞれお気に入りのポイントに落ち着いた。
うん、居心地良さそう。明日の朝には、新鮮な卵が手に入るといいな。そうしたら、オムレツを作ろう。チーズとキノコをたっぷり入れてね。
「姉さま、行ってくるね!」
「はーい、行ってらっしゃい! 気をちゅけてね!」
ウィルがビビ・セオと共にドームを出て森へ入っていく。毎日だいたい3時間。元々持ってたスキルをレベルアップさせるため、訓練に出かける。
アロンはといえば、とっくにログハウスの中。レベルアップさせるべきスキルは持ってないし、訓練とか、熱いことが嫌いなのだ。
今ごろは庭で摘んだ薬草の研究でもしてるんだろう。
つんつんとふくらはぎを突かれて、振り返ると、一角うさぎの『アメちゃん』がいた。赤い目をした普通の一角うさぎと違って、アメジストの目をしたアメちゃん。森から連れ帰ったのが私だからか、唯一、私に懐いてくれてる眷属の魔物。
遠慮がちに伸ばされた前足を、優しく握ってみた。ハティより硬い毛並みだけど、体温の高さは似てる。
「おひさしぶりでしゅ」
きゅるんと小首を傾げてる。「だいじょうぶ?」って聞かれてるみたい。
「うん、ちょっと小さくなっちゃっただけ。元気だよ。心配してくれてありがとう。これ? 火の神様にやられたの。あーあ、火の神様どこにいるんだりょうね。アメちゃんは知ってりゅ?」
首をふるアメちゃん。アメジストの目がきれいに澄んでいる。
「知りゃないよねぇ」
私はその場で美味しいにんじんを『創造』して、アメちゃんにプレゼントした。嬉しそうに食べてくれる。
「小さな体には慣れたか?」
私を抱っこしながら、ハティが聞く。いつもより、顔が近くにある。まつ毛、長い。髪の毛の銀色より、少しだけ濃い色してるんだなぁ……
「うーん、ちょっとね。トイレがひとりでできにゃいのと、このフリフリのスカートと、みんなに笑われるのはすっごいやだけど。火の神様に会ったらムチでぶっ飛ばしてやりゅ」
ハティがくくっと笑った。
「頼もしいな。だが、やつをぶっ飛ばすのは俺の役目だ。伴侶に手を出されて、黙っていられる狼はいない」
私はそこで、あっと口ごもった。
「でも……お友だちでしょ?」
そう、火の神様は元々ハティのお友だちなんだ。ひどい喧嘩をして、離れ離れになってしまっていたけれど。
再会したとき、ハティ、嬉しそうだった。
「大昔の話だ。我らの友情には、とうに亀裂が生じている。あの大喧嘩でな」
「喧嘩の原因って、なんだったにょ?」
「──まぁ、そうだな、価値観の違いからくる衝突、だろうか。やつは破壊に愉しみを見出し、俺は平穏を望んだ」
ハティは空を見上げた。昼間の空にぼんやり見える、欠けた月。
小首を傾げる私の頬を、ハティがつまんだ。
ふぎゅっと変な声を出ちゃって、笑われる。
「さて、少し散歩して帰ろうか」
次話は10月9日金曜日に投稿します!





