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95 火の神様の得意魔法


 中華ベースの派手な衣装に見を包んだ赤髪の男が、ドヤ顔で立っている。鷹→トルネードスネイク→ドラゴン→人間と姿を変えた例のお方だ。


 突然目の前で展開されたイリュージョンに、私たちはもう、びっくり仰天! あ然と立ち尽くし、ちょうどキッチンから出てきたビビとセオは料理のお皿を落としてガッシャンと……


「おい、何で誰も驚かねぇーんだよ」


「……」

 

 なんて、嘘。うん、とくに驚いていません。

 『獣』から『人』への変身ならハティだってできるし。その他にも、不思議な存在や現象に私たちは慣れすぎている。


 ま、こんなこともあるよねっていう。


「正直、二番煎じ感がな」

 

「こら、ビビ様。そんなにハッキリ言っちゃ可哀想っすよ。彼は我々を驚かせたかったんだから、ここは『わーびっくり〜』と叫ぶのが正解です」


「わーびっくり〜」


「……」


「……」


 ちょっと、微妙な空気にして私に丸投げするのやめてください……!


 いつもだったら率先して交通整理してくれるアロンはいない。続き部屋で、安らかに寝ているはずだから。もしくは面倒くさがって、たぬき寝入りを決め込んでるか。


 イヴは「面倒なのが来たわ」って、ソファに転がって傍観の構えだし。


 まーね、知ってた。慰め役は私。

 頬を引つらせる赤髪さんに、しかたなく声をかけようとしたところで、

 

「スゥベルハイツ……」


 ハティが、赤髪さんを呼んだ。


「よぉ……」


 え、知り合い?


 驚きと、たぶん、喜び。見開かれたハティの灰色の瞳は、キラキラ輝いていた。


 けど、それも一瞬のこと。目元に力が入り、怖い顔で訪問者を睨む。


 どこか気まずそうにしていた赤髪さんも、途端に表情が変わった。自嘲気味な笑い声を立て、横柄にハティを見据える。その顔が、記憶に引っかかる。


 細められた、金の目。どこかで……


 あっと私は口の中で声を上げた。


 ハティが警戒するのも頷ける。()が原因で、ハティは長らく力を失う羽目になったんだから。


「ニンゲン嫌いのお前が、ニンゲン型になるとはな。最高に笑えるぜ」


「……何をしに来た」


「勘違いすんな。お前にゃ用はねぇ」


 そこで赤髪さんは、おろおろ状況を見守っていたウィルの肩にのしかかり、にやりと笑った。


「用があんのは、こいつ。ウィルは俺がもらってくぜ」


「は?」


 ここで問題です。私の愛しい天使を「もらっていく」などと"誘拐宣言"されたら、(ララ)はどうなるでしょうか。


 解:ブチ切れる。

   ……たとえ、神様(・・)相手であろうとね。


 ◆

 


「ツタアケム。トゲ、しびれ毒付与。拘束。強」


 バリバリとログハウスの床板が割れ、濃い緑のツタが赤髪さんに向かって伸び上がった。


 最近気づいたことだけど、私がブチ切れるほど、スキルの威力は増すらしい。『植物創造』には普段10秒かかるのに、いま、1秒もかからなかった。教会をバラのツタで覆ったときも、あっという間だった。

 

 ツタに拘束され、宙づりになる赤髪さん。

 油断していたのか、彼はツタを避けきれなかった。


 ……ええっ、かんたんすぎ! 拍子抜けなんですけど。


「動かないほうがいいよ。そのトゲ、毒あるから」


「チィ……んだよ、この女」


 ツタを天井の梁に引っ掛け、ぐんっと顔を近づける。


「……で? 誰が、誰を、もらうって?」


「お前、俺が誰だかわかってんのかよ」


 正体を知った上での狼藉(ろうぜき)かって?

 もちろん、知ってる。


 金色の目が不機嫌そうに細められたのを見たとき、ピンときたんだよね。


 教会で見た、『火の神』の石膏像。

 ギョロっと動いて私を睨んだあの目に似てるなって。

 だから答えは、


「『火の神様』でしょ」


 私の睨みを受けて赤髪さんは……ふんっと笑った。


 ここは『安寧の地』。私たちの幸せな生活を脅かす侵入者は、誰だって容赦しないんだから。コーネットやボルドーの追手はもちろん、アロンやビビの追手も、魔物も、神様だって。ドームの外へ追い出してやる。


「……なんかもう、神にも見慣れたな」


「……ええ。4柱目ともなれば、心臓も落ち着いたもんすね」


 ビビとセオのひそひそ声が耳に入ってくる。周りの音を拾えるだけの余裕は、かろうじて残っているみたい。だけど、はらわたは煮えくり返っている。顔が熱くて、視界に火花が散っている。


 私がどんな顔をしているか、後ろにいるみんなには見えない。でも、すっごく怖い顔をしてるんだろうなってことはわかった。余裕ぶってた火の神様でさえ、頬を引つらせてるもん。


「姉さま、やめて!」


 ウィルが私の太ももにしがみつくのと、ハティが私の肩に手をかけるのは同時だった。二人の熱がじんわり伝わって、怒りはしぼむ。すると、次はなんだか悲しくなった。


「なんで庇うの? 火の神様は、ウィルをどこかへ連れ去ろうとしてるんだよ? ウィルは姉さまと一緒にいたくないの? 火の神様のほうがいいの?」


 さわさわ、ウィルのモチ肌を撫でる。お化粧を施したような淡いピンクの頬が、ぷくぅ、と膨らんだ。ウィルが背伸びして、私に手を伸ばす。意図がわかったので、腰を折ってかがむ。ウィルは私の頭を「よしよし」と撫でた。わがままな子どもをなだめるみたいに。


「あのね、スゥはね、ぼくをしんぱいしてくれてるんだよ」


「スゥ……」


 愛称で呼び合うほど親しいわけ?

 いつの間に?


「姉さま、ぼくは姉さまがだいすきだよ」


 心がささくれ立つと、敏感に察知したウィルの手がまた優しく動く。


「私だって……大好き」


 ウィルが言うには、『火の神様』はずっと前から側にいてウィルを守ってくれてたんだって。

 ときにはトルネードスネイクの姿で。

 またときには鷹の姿で。

 変身は、火の神様の得意な魔法なんだって。


 姿を変えて、こっそりウィルを守ってくれてた。それはわかった。


 でも、今ごろ正体を明かして、ウィルを連れ去ろうってのはどういうつもり?


「──ニンゲンの街で一旗上げんだよ。強さを見せつけてな、『勇者』として成り上がって、ニンゲンたちに金や食いモンがっつり貢がせんだ。俺とウィルが組めば、最強だぜ」


 ひゃひゃひゃ、と笑う火の神様。


 私はビビの手から料理の皿を受け取った。魚肉団子らしきものが浮いた、緑のナントカ。


 ……あーあ、セオ。また、"軌道修正"に失敗したんだね。でも、今日は毒見役がいるから、良かったよねぇ……


 困惑顔のビビを残して、火の神様のもとへ。他のみんなは、私が何するつもりか、察してるらしかった。唇を歪めて、あらぬ方向を向いている。うん、大正解。


 魚肉団子っぽいやつを緑の液体といっしょにスプーンですくい、縁で丁寧に汁を切る。それを、大笑いする火の神様のお口へ。


 ズボッ


「むぐっ!?!?」


 みるみる青くなる(うるわ)しのお顔。揺れる金色のお目々。


「な、これ、むぐっ!?」

 

 再び開いた口に、次の魚肉団子っぽいやつを突っ込む。毒針持ちのツタで縛られた火の神様に、抵抗はできない。


「あははっ、おいちぃねぇ? まだいっぱいあるよ、どんどんお食べ」


 文句のためにお口が開くから、次々放り込める。すごい、トゲに付与したしびれ毒よりビビのお料理のほうが効いてる! あはは!


 わかってる。ブチ切れた私は、かなりおバカだってこと。嫌なことされたら、やり返す。ただそれだけしか考えられない。まるで5歳児。


 ウィルと街で一旗上げる?

 ウィルの強さを利用して金儲け?

 くっだらない!

 高笑いもムカつく!


「普段優しい子ほど、怒らせたら怖いのよねぇ……」


「私の料理は泡を吹くほどまずいのか……?」


「ビビちゃんはちゃんと味見しましょうね」


「ララ、もう、そのへんに……」


「あわわわ、姉さま、スゥがしんじゃうよぉ」


 でも、ちょっと調子に乗りすぎたみたい。

 人間が、いつまでも神様をもてあそべるはずがなかったんだ。


「あんたなんかに、ウィルはぜーったいあげないから!」


「くっそ、マジでこの女許さねぇ……!」


 何らかの魔法を放たれて仕返しされても、防げる自信があった。私は『収納』からムチを取り出して、ニヤリと構える。いざとなれば『亜空間No.2』に避難だ。それか、神様自身を閉じ込めてもいい。


 力を持ちすぎて、傲慢になってたのかもしれない。自分で努力して手に入れた力でもないのに。


 とにかく、私は失敗した。


 火の神様は、トルネードスネイクに変身して、ツタの拘束からあっさり逃れた。そうだよ、火の神様は変身が得意。体を小さくすればいつでも逃れられたのに、わざと捕まっていたんだ。すべてはこの瞬間のために。


 火の神様は私ではなく、あろうことか、ハティを狙った。


「ハティ!!」


 やだ! ダメダメ、やめて!!


 目を丸くするハティのふところに、私は全力で走って飛び込んだ。火の神様に料理を食べさせるために側を離れちゃったから、少しだけ距離があった。


 魔法は、私の背中に当たって弾けた。

 息が詰まって、心臓が凍りつく。

 

「ララ……っ!」


 崩れ落ちた私を、ハティが掻き抱いた。


「──俺は姿を変えんのが得意だ。もう一つ、他人の姿を変えんのも得意なんだぜ?」


 ひゃひゃひゃ。


 あれ? あれれ? だんだん部屋が大きくなって……ううん、私の視界が低くなってるんだ!


「にげて、スゥ!」──ウィルの声。


 ハティの爆風を危機一髪すり抜け、トルネードスネイク──火の神様が玄関口から外へ飛び出していった。


 そして、なぜだかイヴの嬉しそうな声が降ってくる。


「まぁ、なんてことなのララちゃん」


 ずるり、と私の肩から大きすぎる(・・・・・)ワンピースがずり落ちた。

 なんでかな。私を取り囲むみんなのびっくり顔が、ずいぶん高い位置にある。


「こ、こんな、こんな……」


 ぷるぷる、ぷるぷる。肩を震わせたハティが、我慢ならないってふうに私を抱きしめた。ふわふわの長髪が私をすっぽり包み込む。


「あ、愛らしすぎるだろう……っ!」


「はぇ……?」


 何が起きたのか、私が把握したのは十分後。やたら構いたがるみんなから息も絶え絶えに逃れて、全身鏡に映した自分を見たとき。


 そこにいたのは、黒髪黒目の可愛い女の子。……どう見ても、5歳くらいにしか見えない私。


 くっ、やられた!!!

次話は10月1日・木曜日に投稿します!


5歳のララに、みんなメロメロ。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  激マズ料理にバンザイ!! [一言]  …でもでも、ちっさくなったら追手から逃れやすくない?  姉弟から兄妹、さらに兄も公式なの名替えしてるし。  ハティには哀れを感じるけれど、能力その…
[良い点] 交通整理wwwwwwwwww 幾らでも座布団持ってけーーーー!ww [気になる点] 嫌いな人間の街で旗揚げ? 矛盾って言葉を知らないんだろうか… [一言] 幼女ララさんとかランドセル必要じ…
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