85 パーティーの準備
「ふぅ。うん、今日も美味しそう!」
額の汗をぬぐって"獲物"を太陽にかかげる。
土を被った特大のにんじん。みずみずしくて、ずっしり重い。形も絵に書いたように完璧。私の『創造』通り、味も甘いに違いない。
ウィル好みの、甘いシチューが作れる。
畑は今日も豊作だ。にんじん、玉ねぎ、じゃがいも。季節ガン無視栽培でも、丸々太った野菜たち。
もちろん、夏らしい野菜もたくさん作ってあるよ。トマト、キュウリ、ナスにオクラ! 木桶に張った氷水(氷は冷蔵庫の製氷機で作ったやつ)で冷やした夏野菜を、ウィルはおやつにぱくぱく食べる。
畑の奥にはこれまたバラエティに富んだラインナップを誇る果樹園が。ウィルの小鳥たち用に、ベリーの木もいくつか増やした。そのあたりはもう、ちょっとした森のよう。
強い風が一瞬、私の黒髪を揺らして吹き抜けていく。私はその風をお腹いっぱい吸い込んだ。最高のぜいたくをしてる気分。
「太陽と土と風のぬくもりを肌で感じながら、マイペースに家庭菜園。これぞスローライフってかんじだね!」
「……"家庭菜園"の域はとっくに超えてると思うけどね」
薬草畑にしゃがんで作業をしていたアロンが呆れがちに言った。手元には分厚い薬草の本。研究熱心な薬師様である。眼鏡の奥の青い瞳は"いまだに信じられない"というふうに、ドームが囲う敷地内を見回している。
ドームの広がりに合わせて大きくしてきた畑と果樹園。その広大な敷地に茂る雑草を食むのは、20匹以上の一角うさぎ。冷静に眺めるとたしかに、なんて壮大な光景。
「家庭菜園ていうか、農園?」
「魔物にヤギの代わりをやらせる農園主なんて世界中探しても君だけだろうね。そもそもの話、君はこの森に潜伏しているのであって、スローライフをエンジョイしてる場合じゃないでしょ。なのに君ときたら──」
危機感がうんたらかんたら。アロンのお説教はもう聞き飽きたってば。はいはい、と適当に流したせいかアロンの"制止"の声を拾うのが遅くなってしまった。
「ララ、もうその辺にしておいたほうが良くないかい?」
「え?」
ちょうど10本目のにんじんを引き抜いたところで振り返る。かごには山盛りの野菜。……取りすぎ? と思いながらもう一本にんじんを土から引き抜く。
スキル『怪力レベルMAX』のおかげで、しっかり根を張った根菜もすんなり抜けるから、面白くてつい取りすぎちゃうんだよね。
昔ばなし『おおきなかぶ』に出てくる巨大なかぶだって、指でつまみあげるだけで簡単に引き抜けるんだろうな。私にかかれば。
やらかしたかなぁ、と思いつつ、
「ま、大丈夫だよ。ウィルは大鍋3つ分のシチューくらいぺろっとたいらげるし」
「とはいえ、にんじんばかりも必要あるまい」
ハティは苦笑しながら、次のにんじんに手を伸ばそうとする私の手を取った。「泥だらけではないか」と指先を拭われる。私は慌てて腕を引っ込めた。ハティのキレイな手まで汚しちゃう。だけど私の拒絶を予想していたように、長い指先が追いかけてくる。けっきょく捕まったままの私は、唇を噛んでハティを見上げた。
「ウィルの準備は整った?」
「うむ。予定通り、夕刻まで家をあける」
「お願い」
「ねぇ、スゥもつれてっていーい?」
私たちが意味深な笑みを交わしたところで、ウィルがのんきにおうかがいを立てながらログハウスを出てきた。背中に大きなリュックを、首に白蛇を巻いている。
今日、ウィルはハティと二人で森へキャンプに出かける。神様ブートキャンプ番外編、『マンツーマン強化訓練』を行う……というのが表向き、というか"ウィル向き"の設定。
「眷属を連れてゆくのは禁止したはずだぞ」
「ぼくもそう言ったんだけど、でも、どうしてもいっしょに行きたいって言うの」
「うーむ……仕方あるまい。邪魔はしてくれるなよ、『トルネードスネイク』」
「"スゥ"だよ!」
ぷくっと頬をふくらませ、ウィルはどうしてもハティに白蛇の名前を呼ばせようとする。たじたじになりながら、「では行ってくる」とハティが白銀の狼に姿を変えた。
「ぶぅ」
ぷりぷりしながらも、ウィルはハティの背中にまたがった。
とそのとき。
「ちょ、ちょっと待ったぁーーー!!」
ドタバタ、転げるようにログハウスを出てきたのは緑のお化け……じゃなくて、緑の長髪を振り乱しながら走ってくるイヴだった。
お外に出てくるなんて珍しい。真夏の太陽を避けるように、イヴの"こもり症"は最近ますますひどくなっていく一方だった。
肩で息をするイヴがウィルに手渡したのは、麦わら帽子だ。
「夏の日差しは勇者をも殺すわ! コウタロウも昔、ひどい熱中症になって大変だったんだからぁ! ほら、しっかり被って。ハティ、なるべく日陰を走るのよ」
「……あ、ああ。わかった」
キッと振り返ったイヴは、私にも麦わら帽子を被せる。
「わ、これイヴが作ったの?」
「ええ、そうよ」
私は帽子を手元に取ってしげしげと眺めてみた。記憶の中にある日本の麦わら帽子といっしょだ。といっても、イヴ作のは緑の糸で複雑なツタ模様が縫い込まれていたりと、かなりオシャレだけど。
すごいねぇと笑いかけると、イヴは私の頭頂部に手を当てて「やだ!」と鋭い声を上げた。
「んもう、こんなに熱くなって! 気をつけなきゃだめじゃないの」
「ふふ、ごめんごめん。ありがとね」
犯罪者を見るみたいに太陽を睨むイヴがおかしくて、私は笑ってしまった。
「ぼくもありがと、イヴ。行ってくるね、姉さま!」
「うん、行ってらっしゃい」
イヴと共に熱中症対策の指示をして、私たちはウィルとハティを見送った。
さて、これで心置きなく準備できる!
コーネットの屋敷を飛び出して3ヶ月半。
季節は春から、短い梅雨を越して夏に変わった。
8月14日の今日はウィルの誕生日だ。準備というのは、つまりそういうこと。
お部屋を飾り付けして、ウィルの大好物をみんなでたくさん作って、今夜は盛大にパーティーをするのだ!
ウィルの大好物、シチューもそのひとつ。
夏にシチューっていうのはどうかなって、正直思うけど。でも食材は手に入るのだし、好物に季節も何もないよね! てわけで、たくさん作らせていただきます。久しぶりだし、ウィル、喜んでくれるといいな。ふひひ。
「誕生日プレゼント、何あげるか決めた?」
「私は各種調合薬を入れた革ポシェットを。腰に巻くタイプだから、リュックに詰めるより使い勝手がいいと思うよ」とアロン。
「わたしは手作りの万年筆をあげるわ」とイヴ。「ララちゃんは何をあげるの?」
「私はねぇ──」
「ララぁ〜!!!」
答えようとした言葉は喉につかえた。ドアを蹴飛ばす勢いで駆け出てきたビビが、私の首根っこにかじりついてきたからだ。
まったく、うちの家族はみんな慌ただしい。──て、アロンも思ってるんだろうなぁ。ため息をつきながらも、微笑ましそうな視線を向けている。
ビビの後を追ってセオが出てきた。
半泣きのビビの言い分はこうだ。
「セオと同室は無理! なんか変なんだもん!」
ビビとセオの寝室は、現在同室。
といっても、それなりに距離のあるベッドとソファで、だけど。
「変って。何したの、セオ」
「まさか、お前……」
「あらあら、まぁまぁ」
未婚の男女であるまじき! なんて発想がすぐ出てくるから、アロンが私に施した"倫理観教育"は大成功ってわけだ。
うむ、ほとんど洗脳の域である。
私とアロンの疑いの目にもセオは特に焦ることなく、困ったように頭をかいた。
「俺は別に何もしてねぇ。ていうか、ビビ様とはずっと二人で旅してきたし、二人きりの空間で我慢重ねんのも慣れてるっていうか、今更っていうか。むしろビビ様が……」
「ああ……」
私はすべてを察した。
あのプロポーズ事件以来、ビビとセオはギクシャクしてるかんじだった。たぶん、ビビが変にセオを意識しすぎるんだと思う。
私にも覚えがある。ハティに告白されたとき、"これまで通りじゃいられない"って私、かなり挙動不審になった時期があった。今は懐かしき遠い過去……ってわけでもないんだよね。いまでも挙動不審になること、けっこうあるし。
だってハティってば、いちいち心臓に悪いんだもん。
「お部屋、今日から私といっしょに寝よう。セオはウィルと寝てもらって。ねっ」
つとめて可愛く提案すると、ビビはほっと息をついた。赤くなった目元をハンカチで拭ってあげると少年のように「へへっ」と照れ隠しに笑う皇女様。
……可愛い!!!
いやぁ、セオが惚れ込むのもわかるわぁ。
この笑顔、守りたい。
「あ! そうだ!」
とまた、切替の早いビビがポケットから何かを取り出す。これは……ミサンガ? にしては宝石もふんだんに使われてて豪華だけど。
「うちの国の工芸品なんだ。ウィルを守ってくれるように、願いを込めて作った。私からのプレゼントだ」
ほっこり。
しばしみんなでビビの笑顔に癒やされました。
だけど私も、余計なところに目がつくもので……
「ところでミサンガに編み込んであるこの宝石、もしかして魔石? 虹色に光ってキレイだね」
「ううん、父から盗んできた指輪をバラしてつけたやつだ! 何て名前の宝石かは知らない! けど、なんか守りのまじないがかかってるらしいから、強力だぞ! おかげで私もこの森で死なずに済んだしな!」
「よ、よーし! こうしちゃいられない。みんな、ちゃっちゃか動いてパーティーの準備するよー!!」
聞いてない。私は何も聞いてない。
次回は24日・月曜日に投稿します!





