78 第一の追手
《ミカエル・ドーソンが境界線越えの許可を求めています。許可しますか》
頭の中で声が響いて、私の心臓が飛び跳ねた。下げていたお皿が、ガシャンとシンクに落ちる。
まず考えたのは、またビビたちみたいな迷子の冒険者がやってきたのかな?ってこと。
ビビたちによれば、より高価な魔石を求めて中立の森に無謀な挑戦を挑む者は、今後増えるだろうっていう話だった。
カーテンを少し開けてドームの向こうを睨むけど、ただでさえドームの壁は遠いし、辺りは真っ暗なので、人影は目視できない。
ハティが後ろから私の腰を抱き、窓の向こうに険しい視線を投げる。狼の目は、不審者の姿を正確にとらえたようだ。
「一人、いる。冒険者風ではないな。タキシードを着ている」
「タキシード?」
「ちょっとそこの駄犬」
ソファからイヴが噛み付く。
「こんなに近づかれるまで追手の存在に気が付かないなんて、どういうことかしらぁ? 護衛対象にうつつを抜かして腑抜けてたんじゃざまぁないわね」
「敵対心を感じられなかった。気づくのが遅くなったのは、そのせいだ」
「ララ」
ビビとセオの経過観察をしていたアロンが、薬の調合を中断してとなりに並んだ。
「追っ手か?」
「なに!? 追手か! 私が行こう。やっつけてやる!」
ミスリルの剣を握ってい切り立つビビを、セオがやんわり止める。
「ここは慎重にいくべきですよ、ビビ様。まだ誰の追っ手かもわからんでしょ。ララ、『鑑定』は使えます?」
「ううん、だめ。姿が見えないから。あ、でも名前なら『安寧の地』が教えてくれた。ミカエル・ドーソン」
「まさか」
驚きの声を上げたアロンに、みんなが注目した。
「アロンの知り合い?」
「うちの……執事だ」
追手は60歳手前くらいのイケオジ風。タキシードはボロボロで、ワックスで整えられていたらしいブロンドもあちこちはねまくり。だけど、お上品な雰囲気は健在。ちょんと上を向いた口ひげが、なるほど執事っぽい。
ミカエル・ドーソンは、アロンの追手だった。
ランタンを持ってドームの外へ出たセオが、あっさり確保。そのまま地面に跪かせ、オハナシ合いとなる。
仁王立ちのセオとアロンが、追手に向き合う。私はその様子をドームの内側の物陰(ハティの背中)からひっそりとうかがう。
嘘発見器のウィルは残念ながらオネムなので、イヴ・ビビと共にログハウスに待機。
「どうやってここまでたどり着いた」
アロンが聞くと、ミカエルはふっと笑って答えた。
「ぼっちゃまなら、とうに察しがついているのでは?」
「タリス王国の魔道具を使ったな」
「ご名答でございます、ぼっちゃま」
「ぼっちゃま呼びはやめてくれ。私はもういい大人だ」
「おや、わたくしの中であなた様は15歳の少年のままで止まっておりますゆえ」
なんというか、いちいちもったいぶった言い方をするおじさんだな。お昼のテレビ番組のコメンテーターみたい。訳知り顔で、斜め上から世の中を嘆いてるおじさん特有の嫌味っぽさがある。ちょっとイラッとする。
アロンも同じみたいで、苛立ちを隠そうともせずに言い放った。
「何と言われようが、私は戻らない。諦めてノヴァへ帰れ。もう私を探すな。皆にも伝えてくれ」
数度頷いたミカエルは、しかし諦めた様子はまったくない。やれやれって、こっちを小馬鹿にしてる。
ちょ、まじでこのおじさん一発殴ろうか。
ふらふら〜と足が前に進むと、すかさずハティに捕まる。
「むぐっ」
口まで押さえられた。
「むぐぐーっ!」
抗議をすると、耳元に甘い声。
「キスで塞ぐほうがいいか?」
すん。
私は0.1秒で黙った。
暗がりでよかったよ。甘い声+甘い顔のダブルパンチくらってたら死んでた。
と、一瞬気をそらしてるうちに、アロンたちの会話が急展開。
「お父上がお亡くなりになりました」
……ワッツ?
「何がどうしてそうなった? ハティ、聞いてた?」
「シッ。本当に塞ぐぞ」
ミカエルは語った。
アロンの父、現ノヴァ侯爵はもうずっと病を患っていた。病床のノヴァ侯爵に代わり、政務を担当していたのはアロンの弟ジャックだったが、ジャックは父に似て無能(あるじを無能呼びしちゃったよ、この執事)。父の代で作った負債を一発逆転取り戻そうと怪しい商人に騙され一発アウト。さらに借金を増やし、おかげで町の整備、治安維持に割く予算がパア。市民の不満が溜まりに溜まり、ノヴァ侯爵の死をきっかけに一揆が発生。弟ジャックはしっぽを巻いてタリス王国に逃走。行きずりの女の家に転がり込み、楽しくやってるらしい。
「つまり、現時点で正当な跡取りはアーソロン様、あなたしかいないのです。平民として暮らし、平民の気持ちがわかるあなた様ならば、領内の人々からの支持も厚く得られましょう」
ランタンに照らされたアロンの頬が、真っ青に硬直していた。震える声が言う。
「お前、放っておいたな?」
「……」
「怪しい商人? 財政難? お前が側にいて対処できないはずがない。そこまでして──」
「そこまでしてでも、あなた様にノヴァを継いでいただきたい」
「なんの権利があって……! クソッ、お前のつまらない計画のせいで、どれだけの領民が苦しんだ!」
「まず第一に領民を心配する。そんなあなた様だからこそお味方するに値する。アーソロン様、いえ、ノヴァ侯爵様、わたくしと共にミナヅキ王国へ帰りましょう。ね?」
うっとりアロンを見上げるミカエル。ぶるっとアロンの背中が震えた。圧倒的に、話が通じない。それが恐ろしい。
ところで、ミカエルはタリス王国の魔道具を使ってこの森を抜けてきたのだった。ビビが言っていた。魔物の魔石から生み出される、魔法と同等の、ともすればそれ以上の威力が出せる武器。これからは魔法が使えない平民でも、力のある貴族に武力で対抗できる。
そしてミカエルも、手柄で準男爵に取り立てられた元・平民だった。魔法は使えない。スキルもない。けれど、魔道具さえあれば……
「ララ!」
セオが叫ぶのと、ハティが私を胸に隠すのは同時だった。
飛んできた炎の塊が、爆音と共に弾けた。ドームの見えない壁に激突したのだ。私はドームの内側にいた。でなければ危なかった。私は緊張に痛む胸を押さえ顔を上げ、息をのんだ。
「うそでしょ……」
ドームの壁に残った赤い燃えカス。その炎が照らす壁の表面に、うっすらと亀裂が入っている。完全無敵なはずの、ドームの壁に。
「やはりだめですか……」
「ミカエル! どういうつもりだ!」
アロンがミカエルの胸ぐらを掴む。後ろで手を縛られているミカエルが、不安定に上半身を引っ張りあげられる。所持していた魔道具は、セオがすべて取り上げたはずだった。けれどミカエルは口の中に魔道具(爆弾)を仕込んでいて、それをスイカの種を飛ばすみたいに私に向けて放ったのだった。口の中に仕込めるくらいの小さな魔石で、この威力。
ミカエルはとっくに、暗がりに潜む私の存在に気づいていた。
「彼女があなたの気持ちをここへ縛り付けているのですか」
ほしい情報は得られたと言わんばかりのミカエルに、アロンがハッとする。
「彼女は関係ない」
しかし、ミカエルはもうこの議論に興味をなくしている。思考は次の段階へと進んでいた。つまり、議論の相手を私に変えたってわけ。
「あなたは誰ですかな、可愛らしいお嬢さん」
「グルルル」
ハティが私を背に庇い、威嚇する。ミカエルはそれにも全く動じない。大したおじさんだ。人間版ハティじゃ、迫力なかったかな? ならもう少し激し目に脅そうか。
私は『収納』からムチを取り出して、一発振り抜いた。ちょっと緊張。なんたって、生物に向けてムチを放つのはこれが初めてだ。もちろん、ちゃんと練習はしてたけど、成功率は60パーセントってところ。
……だ、大丈夫だよ。足がなくなってもすぐ治癒してあげるからね。
バチィィン!!
ムチはミカエルの肩口すれすれを通り、地面に亀裂を作った。うむ、成功である。飛び跳ねて喜びたいところだけど、ここは気を引き締めて。こわーい女の子を演出する。めちゃくちゃに脅して、心をへし折るのだ! もう二度とアロンを連れ戻そうなんて気が起こらないように。
いざ!
「ありょんは……っ」
…………やだ、噛んだ。
は、恥ずかしい……っ!!!
ハティの視線が生温かい。回れ右してハティの背中に隠れたい。しかし人にはどうしても逃げずに戦わねばならないときがあるのだ。いまがそのとき。
ぐっと足を踏ん張って、鼻をすすって、ミカエルを睨む。
「アロンは帰らないって言ってるでしょ。わかったらすぐにここを去りなさい。でなければ殺すわ。ムチの威力を見たでしょ。次は地面じゃなくてあなたの体を真っ二つにするから」
わー、超悪女っぽい。
声震えてない? 大丈夫? うん、ハティが頷いてくれたから大丈夫そう。
私はしぶるセオに指示して、ミカエルに魔道具を返してやった。あれなしで森へ送り出すのは、殺すのといっしょ。ミカエルの名を呼んだアロンの声に滲み出た愛情が、私に彼を生きて返すべきだと判断させた。
いつもなら、身ぐるみ剥いで森に捨てろとでも言いそうなアロンだけど、魔道具を受け取るミカエルを黙って見てる。やっぱり、彼には生きててほしいんだ。
「良いのですか?」
ミカエルは挑発的に私に聞く。
あえて言わなかった言葉はこんなところか。
生きて帰して良いのですか? 私はまたアーソロン様を取り戻しにここへ舞い戻りますよ。今度は軍隊もつれて。あなたの正体もきっと突き止めます。私はあなたの最大の敵となるでしょう。
「舞い戻れば、次こそ殺す」
地面をムチ打つと同時に、ハティが巨大な狼の姿に変身した。ミカエルの眼前に降り立ち、激しい咆哮を上げる。さすがのミカエルも、これには腰を抜かしていた。私はそんなミカエルを冷たく見下ろして言った。
「消えて」





