76 最強の手綱
『ララはね、ハティを選びます。アロンじゃなくて、ハティを』
さて、そんなことを口走ってしまってからはもう大変。
「いますぐ結婚しよう」
「は? うぐっ、ちょっと……!」
それまでの不機嫌さはどこへやら、ハティは上機嫌に私を担ぎ上げ(やっぱり荷物担ぎだよ、くっ)、森の中を突っ走った。
そして連れてこられた見知らぬ廃城。
え……ここ『中立の森』の中だよね?
こんな深い森の中に、明らかに人の手で作られたふうのお城が……どゆこと?
だけど、人が住んでる気配はゼロ。幽霊は住んでそうだけど。ところどころ崩れた壁とか、吹きさらしの窓とか、それっぽい。打ち捨てられてから数百年経ってるって聞いても驚かないかんじ。
ハティは私を抱えたまま迷いのない足取りで、ずんずん奥の間に入っていく。
どこを見ても、葉っぱやらで荒れ放題の灰色の空間。
すごく、寂しいところだと思った。
と、ハティが何か柔らかいものの上に私をおろした。見ると、これまためちゃくちゃ古そうなベッドの上で……ん?ベッドの上?
「ララ……」
「う、え、あの?」
とろんとした顔が私の肩口に埋められたかと思うと、首筋をぺろりと舐められる。
ヒッ!
いくら私が恋愛初心者でも、本能でわかる。
この流れは、お、オトナの儀式に向かうやつ!
「ちょ、ちょっとま、待って!」
「待たない」
あばれて振り上げた手は、枕の上にあっさり拘束されてしまう。
どろりと濃い灰色の瞳が私を見下ろした。白銀の長髪が肩口から流れ落ちる。
「もう、待てない」
「ハ、ティ……?」
私の目尻から涙が一筋流れ落ちた。別に怖かったわけじゃないけど、緊張と焦りが上限に達して、それが涙のかたちになっただけ。でも、ハティは私を怖がらせたと思ったのかも。勢いが急激に失速した。
ぐっと寄せられた眉が苦しげにゆがみ、
「俺を選ぶと言ったのは、俺がここを去ると脅すようなことを言ったからか?」
「そんなこと……」
いや、まぁ、その"脅し"で気持ちが決まったのは確かだけど。決まったというか、気づいたというべきか。
ぽつ、と水気が頬に落ちてきて、雨漏り?と思ったけど違った。ぽつ、ぽつ、落ちてくる雫をたどれば、ハティの瞳に行き着く。
え、うそ、ハティってば……
「泣いてるの……?」
いつも自信たっぷりなハティ。強気で、時々強引で。そんなハティが、これでもかってくらい弱々しく泣いている。びっくり。っていうか、かなりキた。たまらなく、愛しいと思ってしまった。
「いやだ、いやだ。ララ、頼む、俺を選んでくれ。頼む……」
ぎゅう、とハティは私を抱きしめた。熱い涙が、次々鎖骨に落ちてくる。
なんだか笑えてきた。私、もう、ハティを選んでるのに。そう伝えたのに。
もっと、はっきり言わなきゃダメ?
「大好きだよ、ハティ。だから、私の恋人になって」
抱きしめ返そうとしたのに、ハティの動きは、また唐突だった。さっと身を起こし、なにかぶつぶつつぶやいてる。考え事をしてるみたい。私も身を起こして、足を組んで、おとなしく待つことにする。
「……つまり、ララは俺を選んだということか?」
「そう」
「俺が、ララの恋人?」
「うん」
ぶるっとハティの全身が震えた。頭の上に、犬耳がピコンと出現する。それから、高速に振られるしっぽも。これは、幻覚じゃない。触ると、ちゃんともふもふの感触があるもの。
人の姿なのに、犬耳としっぽ。こんどぶるっと震えるのは私の番だった。だって、こんなの、凶悪なほど、
「かんわいい……!」
わしゃわしゃ、わしゃわしゃ、ハティの頭を撫でる。ハティはされるがままだ。
「よーしよし、可愛いね。いい子だね」
ハティがにわかに赤面して、私は得意になる。だけど、私の天下は短いもので。次の瞬間、キラリと瞳を光らせたハティに、私はまた押し倒されていた。
「ララは俺を選んだ。俺がララの恋人だ。つまり、結婚!」
どうやらハティの中では、結婚=肉体関係を結ぶことという方程式が成り立っているらしい。気づくのが遅すぎたし、ベッドの上で、私はあまりに無防備だった。力まかせにワンピースの胸元を引き裂かれ、ぎょっとする。
「きゃー!! ちょっと待ってハティ!」
だめだ、聞こえてない。目がいっちゃってる。
付き合ってその日に初夜とか、さすがにかんべんして。キスだけで参ってるのに……うわ、私からしたんだっけ? 初めて、唇に……思い出しちゃった。唇ふにってしてた。ギャーーー! これ以上はキャパオーバーで死んじゃうよ!
「待ってって言ってるでしょ!」
パチン!
頬を叩き、そして、禁断の一言を放ってしまう。
「ハティ、おすわり!!!」
「きゃん!」
ハティは狼だし、それに家族なのに、「おすわり」なんて犬扱いするのは失礼だ。わかってるのに、つい、ぽろっと……ごめん。
けど、この威力……!
ハティはベッドの上におすわりして、きょとんと首を傾げてる。唇から小さく覗いた牙が、すごく犬っぽい。
「おや、まぁ」
これは可愛すぎ。それに、なんというか……ぞくぞくする。
「ハティ、お手」
後ろめたさを感じながらも、欲望には逆らえない。
おずおずと手を差し出すと、軽く丸めた拳が手のひらに乗った。
「????」
ハティの頭の上に浮かぶ、たくさんのクエスチョンマーク。
「ふぉ、ふぉぉぉぉ!」
大☆興☆奮!
▶ララは最強の手綱を手に入れた。





