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7 逃走と再会


 休憩を挟みつつ6時間ほど走ったところで、例の森が見えてきた。出していた食べ物やトランプ、そして革かばんを『収納』して、逃走に備える。

 ウィルも『収納』できたら色々と楽だったんだけど、どうやら生き物は無理みたい。


 順当にいけば、森に入る前に休憩をとるはず。そのときに、馬車を飛び出す。御者の油断を誘うために、ここまでの休憩時にはいっさい外に出なかった。


 やがて馬車が停車した。


「用意はいい、ウィル」


「うん、だいじょうぶ!」


 形だけ用向きをたずねに、御者が扉に近づいてくる。小窓のカーテン越し、御者の影が止まった瞬間、馬車の扉を内側から勢いよく蹴り開けた。大きな衝突音。御者がうめく。


「走って!」


 ウィルの手を引いて、森へと走る。ウィルは小さな体躯でしっかりとついてきた。


 ハッ、ハッ、と短く息を吐きながら全速力で走っていく。すぐに息が切れる。引きこもり令嬢の貧弱な体力を軽くみていた。


 御者が追いかけてくる。


 両親は私のことを舐めきっている。自分たちの言うことは何でも聞く、ララは絶対に逆らわない。その過信が、監視役の使用人や護衛もつけず、私を御者一人に任せるという選択をさせた。

 そうでなくっちゃ。私はいい子のララ。彼一人をまけばいいのだから、私にはとても都合がいい。


 とはいえ、御者は若い兵士だ。体力は私達と段違いだし、走るのだって速い。あっという間に追いつかれそうになる。どこか、どこかに隠れてやり過ごさなきゃ。


「姉さま、こっち!」


 ウィルに手を引かれ、盛り上がった木の根の影に身を隠す。

 少し遅れてやってきた御者が近くで止まり、違う方向に走っていく。


 はぁ、とふたりで大きくて息を吐く。安心したら笑いが込み上げてきて、ふたりで小さく笑った。


 御者が向かったのとは逆方向に、森の中を歩いていく。とにかく今は、ここからなるべく遠く離れることだけを考えよう。


 細い木の枝を拾ったウィルが、枝を振り回しながら上機嫌で先頭を歩く。いつも兄弟たちからいじめられていたウィルは今、自由を謳歌する鳥みたいに楽しそう。


 自由、か。やっと、あの家から、あの家族から、自由になれたんだ。


 まだ気は抜けないし、安寧の地は遠い。それでも、ウィルと二人なら楽しくやっていけるって信じられる。

 この世界の文化レベルはよくわからないけど、私には前世の知識がある。その知識をうまく利用すれば、お金もたくさん稼げるようになると思う。そのお金で心休まる家を手に入れて、一生を穏やかに過ごすんだ。


「姉さま、うさぎさんがいるよ!」

  

 無邪気なウィルが指し示す方を見て、私は固まった。


 うーん、あれは『うさぎさん』なんて可愛いものじゃないと思うんだ、ウィルくんよ。

 真っ白な体は柔らかそうだし、赤い目はくりくりしてたしかに可愛いけど、中型犬並みの大きさがある。それになにより、頭に巨大な一本角が生えている。


 あれは『魔物』だ。

 御者ばかり気にして、魔物への警戒を疎かにしていた。


 『魔物』は体内に魔石と魔力を有する生物だ。多くは、このウサギのように角が生えていたりと、動物の異型の姿をしている。生態は様々で、謎の多い生き物として知られている。性質は至って凶暴。


「ウィル、ゆっくり、ゆっくり下がっておいで……」


「えぇ~、どうしてぇ? ぼくあのうさぎさんにさわりたい!」


 なっ………!


 そんなことしたらお腹に穴開けられて終わりだよ! 怖いわっ!


「いい子だから、姉さまの言うことを聞いて? ね……?」


「ぶぅ。はーい」


 とてとてとやってくるウィルを腕を広げて待つ。早く早く。たった5メートルほどの距離が100メートルにも感じられた。


 ぽすっとウィルの小さな体が腕の中に収まった瞬間、ウサギの赤い目と視線があった。


 あ、やばい。


 ウサギが走り出す。咄嗟にウィルに覆いかぶさる。


 こんなはずじゃなかった。

 せっかく逃げ出せたのに、ここで終わりなの……? 

 怖い、怖いよ。でも、

 

 ウィルだけは、守らなきゃ。


 ガウガウ、と獣の鳴き声が側でニ度上がった。白銀の輝きを視界に捉え、信じられない気持ちで顔を上げる。


 コーネットの平野に逃したはずの愛犬のハティが、そこにいた。牙をむき出し、ウサギを瞬殺で仕留める。そのままウサギを丸呑みし、角を吐き出してから私達に向きなおる。口元には血痕1つついていない。


「ハティ……なの?」 


 バウ、と鳴いてハティが嬉しそうに頬を擦り寄せてくる。


「どうしてこの森にいるの? ていうか

何その大きさ!?」

 

 元々大型犬サイズのハティだったけど、3日前より3倍は大きくなっている。私と同じくらいの高さに視線があるし、顔つきも『犬』というより『狼』のように精悍なものへと変わっていて……


 まぁ、うん。『魔法』とかあるファンタジーな世界だから。こんなこともある、よね……?


 いやいや、あるのか?


 たった3日で巨大化する謎生態。もしかしてなんだけどさ………

 ハティって『魔物』だったり、する?


 こんなときの『鑑定』さんだよね。


《フェンリル》


 フェンリル……? とはなんぞ?


 『鑑定』さんが簡略すぎてわかりません。


 けど、なんでもいいや。ハティが魔物だって問題ない。彼の瞳の中の優しさは変わっていない。もう一生会えないと思っていた大切な相棒と再会できた。それが全てだ。

 

「ああ、ハティ。また会えて嬉しい」


 本当は離れたくなどなかった。申し訳なさと、嬉しさと、感謝と、涙ながらに首元に抱きつく。


 と、ハティは伏せをして、顎で背中を指した。


「乗せてくれるの?」


 バウ、と一度鳴くハティはたぶん、人間の言葉をきちんと理解してる。


 私とウィルを乗せたハティは風のように、深緑の森の中を駆け抜けた。


 これが、私とウィルが後々何度も命を救われることとなる最強の護衛を得た瞬間だった。

 









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