68 イヴがララの側にいる理由と、ウィルの新しい先生
「しかし、ウィルくんが勇者の末裔なら、彼のあの幼さで、あのバカ強さっていうのも頷けるな」
「フォークで倒したんだもんね」
「いや、フォークとか、普通にありえませんよね。今でも自分の目が信じられない」
ビビ、アロン、セオは、"勇者の恋人でしたテヘペロ"的なイヴの軽い告白よりも、ウィルの武勇のほうが気になるみたい。
現代において勇者は神格化されているところがあるから、神様が恋人ってのも普通にあり得るよねってことで、イヴの告白にはあまり驚いていないのかも。
だけど、私は断然、イヴの告白のほうが気になる。身内の恋バナだもん。そりゃもう、根掘り葉掘り聞きたい。
「イヴが勇者の恋人だったとはね……」
私はしみじみつぶやいた。
150年前、"好きな男"に会いに、アカツキの街へ行ったっていうのも、じゃあ……
「そう、彼。70歳の彼に会いに行ったのよ。彼、晩年はアカツキの街にある別荘で過ごしてたから」
「なんで、勇者と添い遂げ無かったの?」
勇者はイヴと別れて、人間の女性と結婚し、コーネットを興した。
どうして? 好き合ってたんじゃないの?
「私と一緒になって、永遠の命を生きる道もあったのだけど……彼は私の提案を断ったの。人間のまま普通に生きていきたいって」
『人間のまま、普通に生きていきたい』か。
なんだか、ぐっときた。
少し……わかる気がする。
「コウタロウの子孫であるララに、イヴが興味を持つことははじめからわかっていた。だから、会わせたくなかったのだ」
ハティがため息とともに言った。
「ララちゃんは、コウタロウと同じ世界の魂を持ってるから、なおさらよ」
うふふ、とイヴは笑う。
「それより、ララちゃんは自分が勇者の末裔だって知ったのに、それほど驚かないのね?」
「え?」
あ、そういえばそうかも。
「うーん、あまり実感がないからかなぁ。勇者との心のつながり、みたいなのも別に感じないしさ。アロンも言うほど驚いてないよね?」
「驚いたよ。けど、むしろいまは心穏やかだ。なぜって、君たちが規格外である理由がよくわかったからね。数学の難しい式を解き明かしたときのようにすっきりした心持ちだよ」
一方、別の場所でも会話が続いてる。
「ぜひ、手合わせしたい。お願いできないだろうか、ウィルくん」
両手をテーブルにつけ、ウィルに頭を下げるビビ。熱量がすごい。
「オレも、頼む。いや、頼みます」
セオまで。背景にゆらめく炎が見える。
この流れでアロンも……?
そう思ったけど、アロンは苦い顔で首を振った。
『この熱血バカ共と一緒にしないでくれ。私はか弱く、繊細なんだよ』
アロンの内心を、私は正しく読み取った。
「えー? ぼくー?」
ウィルはきょとん、と首をかしげる。
こんなに可愛い天使がフォーク一本でジャイアントベアーを倒したなんて、信用できる証人の証言があっても信じがたい。
「ウィルはまだ、剣を持ったことがないのだ。手合わせは難しいだろう」
すかさず断りを入れるハティ。
さすが、ウィルの保護者兼マネージャー。
「なんと。そんな状態でジャイアントベアーを? 『剣聖』の『称号』とはそれほどすさまじい強さなのか……」
「いや、ジャイアントベアーとの戦いにおいて、『剣聖』の『称号』は、開放すらされていなかった。レベルでいえば、ゼロだ。ジャイアントベアーを倒したいま、レベルはおそらく1に上がっているだろうが」
「まさか……」
ビビはそれきり、絶句した。
「じゃあ」と、セオ。
「『称号』はいっさい使っていないと。アレを天性の勘とセンスだけで、倒したっていうんですね。末恐ろしい才能だ。オレはこれまで、数多くの剣士を見てきましたが、はっきり言って、次元が違う。我々は所詮、井の中の蛙。今回のことで、思い知らされました」
「セオ……」
ビビが心配そうに声をかける。
「いえ、悲観しているわけじゃないんです。ただ、彼の行く末が心配で。自分と同等に戦ってくれる者がいない。たぶん、剣士の道は寂しく、退屈なものになります」
「大丈夫だ。俺が相手をする」
ハティが言った。腕を組み、余裕の宣言だ。
「勇者コウタロウとて、一度も俺に勝てたことがない。所詮は人間だからだ。人の姿になれたいま、人のように剣も扱える。俺がいる限り、ウィルが孤独になることはない」
大きな手が、ウィルの頭に置かれる。
孤独とか、退屈とか、難しいことは、ウィルにはわからない。それでも、ハティが一番の味方であり続けてくれることは、理解してる。
ふにゃと笑って、「ありがと」とハティに抱きついていたから。
しかし、とハティ。
「人間と剣を合わせ、人間の剣のあり方を学ぶのもまた大切なことだ。ビビ、そしてセオといったか。よければ、ウィルに剣の指南をしてやってはくれないだろうか」
「「私達が?」」
ビビとセオが顔を見合わせる。
「喜んで。彼は命の恩人です。お役に立てるなら、どんなことでもいたします」
「勇者の末裔様に俺なんかが剣の指南……なんか、申し訳ないんですけど……」
「いつまでいじけてる。らしくないぞ」
弱気なセオの肩を、ビビが叩いた。
「セオは騎士団で新人に剣の指導をしてたんだ。きっと役に立てる」
「騎士道精神に則った、"おかたい"剣になりますけどね」
「セオ!」
「もちろん、それでよければ全力でお教えします」
「ありがと、ビビ、セオ」
ふにゃぁ、と笑うウィル。ビビとセオも、つられて笑顔になっている。
天使の前には、みんな等しく幸せな顔になるのだ。
「あ、あの、ララ……」
膝と手をすり合わせ、もじもじするビビ。
どうしたのかな?
───あっ!
ピンときた。
「こっちだよ」
「すまん」
私はビビをトイレに案内した。
そうだよね。色々食べて飲んでってしてたのに、うちに来て数時間、まだ一度もトイレに立ってない。膀胱は限界寸前のはず。
ほんとごめんね、気が回らなくて。よく耐えてくれた……!
ビビをトイレに押し込んで、一安心。
乙女の尊厳は守られた。
しかし、5秒後。ビビの絶叫が響き、失敗を悟る。
………やば。トイレの使い方説明するの忘れてた。





