65 それぞれの「特別」な人
「取り乱してしまって、申し訳ありません……」
やっとのことで落ち着いたビビは、小さくなって謝った。
テーブルに着かせることには成功したものの、狼に囲まれた羊のように震えてる。
コーヒーを勧めると、「イエス・サー!」と言わんばかりに一気に飲み干した。わぁ、熱いのに。案の定、むせ返る。それでもお世辞を言おうと頑張る育ちの良さ。
「大変おいしゅうございます……」
うーむ。かたい。
「アロンの睨み顔が怖いからじゃない?」
「イヴ様の距離が近すぎるからだと思うよ」
「この子、可愛いわぁ」
こら、イヴ。ビビの頬をつついてはいけません。ビビ、怖がってるじゃん。頬を上気させて鼻息荒く……て、これはどちらかというと、恍惚の表情?
そいえば、イヴのこと、『敬愛する美の女神様』とか言ってたっけ。
とにかく、このままでは話が進まないので、イヴをビビから引き離す。
「いやぁん」
いやぁん、じゃありません。
イヴの呪縛から解放され、我に返った様子のビビは、また震えて縮こまった。
「そんなにかしこまらなくていいんだよ」
ちらっとイヴを見て、苦笑する。
神様を前にかしこまるなって言うのは無理な話か。特に、自分が信仰してる神様ならなおさら。
だから、「少なくとも、私に対しては」と付け足しておいた。
「ビビはお姫様なんだし、それに、私より年上だし」
「えっ!」
ビビが目をまん丸に叫ぶ。
「ララ様は私より年下なのですか!?」
薄々気づいてた。私って、14歳に見えないんじゃないかって。出るとこ出過ぎだし、少女というより「女」っぽい顔つきだし。
しかし、17歳のビビより年上に思われてたなんて、いったい何歳に見られてたのかな。ちょっとフクザツ。
「ごめんね。私、偉そうにタメ口きいてるから、年上に思われても仕方ないよね……はは」
勘違いポイントはそこじゃないってわかってるけど、そう思い込むことにする。
「いえ、タメ口でよいのです! ララ様が衣食住を与えてくださらねば、傷が癒えたとて、私たちは死んでいました。ウィル様も、そしてララ様も、私達の命の恩人なのですから、むしろ命令口調でも! この家の下働きになれとおっしゃるなら、そのように───」
「わぁ、いいから! それはダメ!」
大国の皇女様を下働きに、なんて笑えないよ。
「『中立の森』では、身分も立場も関係ない。でしょ? ビビもタメ口で話して。それから、『ララ様』はやめて。ララって呼んで。ね、お願いだから」
少々強引で、苦しい理論。
でも、せっかくゆるい生活をしてたところなのに、急に堅苦しくなるのは嫌なの。
貴族の子っていうのも名ばかりなパンピーのくせに、皇女様に対して厚かましいお願いだってことは、重々承知してるけど。
「───ララ様、いえ、ララがそう言うのならば、従おう」
───わお、素の口調はかたい感じなのね。
武士だ、武士。ハティも最近はだいぶやわらかい口調になってきたけど、相変わらず武士っぽいし、ビビは武士二号だね。
「じゃあ、あの、ビビ。『中立の森』にいた理由、聞いてもいい?」
『中立の森』は何人たりとも侵入禁止のはずだ。っていう私は侵入して、家まで出現させて住んでるわけだけど、それは置いておくとして。
ここは『中立の森』。普通の人は、恐ろしい魔物に阻まれて、侵入したくてもできない森。そのはずだった。
けど、ビビたちはこの森深くまで生きて入り込めた。『安寧の地』の安全の前提が、崩れてしまう。由々しき事態だ。
「話すと長くなるが……まずは、そう。ここから話さねばなるまい」
ビビは重々しく口を開いた。
「私とセオはな、国を逃げ出してきたんだ」
いきなり爆弾発言。
私とアロンは顔を見合わせる。
『ここにも仲間いた!』
二人とも、内心はこんなところだ。
貴族が逃げ出すのと、皇族が逃げ出すのとじゃ重大さは違いそうだけど、国から逃れた『逃亡者』という点では同じだ。
「それはまた、どうして……」
「あの国は腐ってる」
吐き捨てるように、ビビが言う。
「皇族は領土を広げることばかりに固執し、貴族は保身に走る。金と民を自らの欲望のために使い潰す、やつらは国をだめにする害虫だ。かつては『ノブレス・オブリージュ』の崇高な精神を貫く素晴らしい国だったが、いまは見る影もない」
そこで、ビビは急に肩を落とした。
「父上を、貴族を変えようと、一生懸命に働きかけてきたんだ。しかし、私では駄目だった。誰も、私の話など聞く耳すら持とうとしてくれなかった────」
悔しそうな歯ぎしりが、ここまで聞こえてくるようだった。
誰もビビの話を聞いてくれないのは、ビビが黒髪だから?
湧き上がった疑問を、喉元で押し留める。
トランスバール帝国が、ミナヅキ王国のように黒に寛容な国なのかは知らないけれど、きっと違うだろうと思った。
ビビには、私と同じような苦労の匂いがする。
「私は、物言わぬ人形であるべきだったのだ。なのに、動きすぎた。結果、悪目立ちし、皇位継承を狙う邪魔者として、兄弟やその派閥の貴族たちから命を狙われるようになった。だから、国を出た」
セオは、とビビが初めて表情をやわらげた。
「セオは私の、唯一の味方なんだ。昔も、そして今も。こんな私を、自分の命をなげうってまで護ろうとしてくれる。そんなことをしても、なんの得にもならないのに。───セオだけなんだ」
ぽっと頬を赤くするビビ。
ビビは、セオが好きなんだ。
ただ「好き」じゃなくて、特別な「好き」。
私が知らない、気持ち。
と、ビビが素っ頓狂な声を上げ、立ち上がった。
「せ、セオ……!」
階段の下にセオがいた。
セオは茶髪を短く刈り込んだ、目つきの鋭い男性だった。いまはげっそりと頬がこけているけど、体つきはがっしりしてる。重そうなのに、ハティ、よく運べたなぁって感心しちゃう。
「聞いてないよな? な? 聞いてないと言え」
ビビがセオの胸ぐらをつかんでつめよる。
「……聞いてません」
「やっぱり本当のことを言え~!」
「がっつり聞きました。いつも言ってるでしょう? オレはビビ様の側にいるだけで得した気分になれてるんです。オレにとっても、ビビ様は唯一なんですよ」
「───バカ」
セオの胸を叩く手が弱まり、水色の瞳にみるみる涙が溜まる。
「バカセオ。無事でよかったよぉぉぉぉ、うわぁぁぁぁん」
大事な人を心配して、大声で泣けるビビはやっぱり可愛い皇女様だ。
愛おしそうにビビの頭を撫でるセオ。セオにとっても、ビビは「特別」なんだね。
じゃあ、私にとっての「特別」は?
「この度は本当にありがとうございます」
セオはビビと同じ勢いで頭を下げた。
頭を上げてください。──いやいや、しかし! それから、神様のくだり。
すっごいデジャブ感。ビビとセオが似たもの同士なのか、それとも、アロンが言うように一般人の反応はみんなこんなふうにおおげさなのか。
そうこうしていると、ハティと話を終えたウィルが帰ってきた。
「姉さま、ただいま~!!」
突進してきた体が、ばふ、と胸におさまる。まだまだ小さな体。だけど、柔らかい部分は確実に減ってきているし、身長だって着実に伸びてる。
「ぼくね、きめたんだ」
「うん?」
「姉さまだけじゃない。みんなをまもれるつよーい"けんせい"になる」
強い光を放つ、決意の瞳。
「うん……うん。姉さま、応援するね」
ちょっとうるっときちゃった。
ウィルの成長が嬉しくも、ちょっと寂しい。
この先、ウィルがたくさん傷つくかもしれないと思うと、胸が締め付けられるくらい心配でもある。
だけど、よかった。ウィルに、いつも通りの天使の笑顔が戻ってる。私はウィルを陰ながら支えることで、護っていこう。この無邪気な笑顔が消えないように。
「心配いらない。俺がついてる」
私の頭の上に軽いキスを落として、ハティが言った。
「キス」と「ハグ」には私の許可を得るって約束したなずなのに。
自信満々な笑みを見て、私の心臓がおかしな具合に跳ねた。
私の「特別」は────
ぎゅっと手を引かれ、びっくり振り向く。
「気づかないで、ララ」
アロンの懇願するような青い瞳が、レンズの向こうから私を見た。





