64 一般人(?)の反応
16時頃、ウィルが起きてきた。
ぼんやりした瞳をこすって、私の膝にすり寄ってくる。
すべすべの頬が冷たいし、真っ白だ。少しでも血色が戻るように温かい手で包み込んでみる。
不安そうな緑の瞳が私を見上げた。
「あの人たちは、だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫。二階の部屋で寝てるよ。ウィルが助けてくれたって、すごく感謝してた」
「そっか。よかった」
ウィルは笑うけど、まだ笑顔がかたい。
「おなかすいたでしょ? ごはん食べようね」
「うん!」
ウィル用に取っておいたお昼のメニューを、『収納』から取り出す。
白ご飯は、これでもかと山盛りによそってある。たくさん食べて、元気になって。姉さまの思いも山盛りに込めて。
食事のあと、ハティがウィルを外に連れ出した。
森に行くのは嫌かもしれない、との配慮でツリーハウスへ。
今回、ハティが助けなかった理由と、『剣聖』の心得について話すのだ。
「思ったより、落ち込んでなくて良かった」
静かに様子を見ていたアロンが言った。
「うん、本当に」
「心配しなくても、ウィルくんは強い子よ。じゃなければ、『真実の目』なんてあげないわ」
イヴが言った。ソファでくつろぐいつも通りのイヴの言葉は、なんだかすごく心に染みた。
ウィルとハティが出ていってしばらくして、ビビが一階におりてきた。
「本当に、この度は、なんとお礼を申し上げればよいか……」
いきなり土下座から始まるので、こまった。
彼女の正体を知ってるアロンも、何とも言えない顔をしてる。
ビビって、皇女様なんだよね? それにしては、腰が低すぎない? いや、偉そうにされるよりずっと好感は持てるのだけど。
「土下座はやめてください。困ってる人がいたら助けるのは当たり前のことよ」
「しかし……!」
「とにかく、顔を上げて。お姫様が床に頭を押し付けるなんて、だめでしょ。わ、おでこ傷になってる!」
ビビはハッとして、血の気が引いたように顔を真っ白にした。
「ど、どど、どうして、私の正体を───」
それからまた、ハッとする。今度は興奮したように顔を赤くした。忙しい子だ。
「やはり、あなた様は神様でいらっしゃるのですね……! おかしいなと思っていたのです。危険な『中立の森』の奥深くにこのように立派な建物と美しいお人がたくさん……」
そこでまた、ハッとする。
「私は死んだのですか?」
水色の瞳から涙がどっと溢れた。
「セオも、死んだのですか。どうしよう、私についてきたばっかりに。お願いです。セオはまだ生きねばならないのです。国には残してきた妹も───」
「死んでない。死んでないから、落ち着いて。ビビも、セオも、ちゃんと生きてる。ほら、心臓の音、するでしょ?」
「ほぇ?」
胸元に手を当てて、確認させる。
「ほんとだ。ほんとだ。わだじ、いぎでるよぉぉぉぉ。ぜおもぉぉぉ」
───わぁ、なんか。
「可愛いね、この皇女様」
私が同意を求めると、アロンに小突かれた。
「いてっ」
「相手は(こんなのでも)大国の皇女だよ。失礼のないようにしないと」
( )内の小声、ちゃんと聞こえてますよ。
失礼なのはどっちよ。
私はビビの手を引いて立ち上がらせた。
すらりと背が高い。私より、10センチは大きい気がする。女性には珍しいズボン姿も、体にフィットしたジャケットも格好いい。
「あのね、ビビ。私はビビと同じ人間だから」
水色の瞳をしっかり見つめて言った。
「そうなのですか? とても信じられません。こんなにおきれいな方が同じ人間だなんて──うん、ないです。ないない」
最後、なんでそこだけ冷静になるの?
おかしくて笑ってしまった。
ビビだって、とんでもない美少女のくせに。
スポーティで、健康的な可愛さ。そう、とっても"健全"な雰囲気で……私とは真逆のタイプだ。
か、悲しくなんかないよ! 夜の街が似合いそうな妖艶系美少女だって、可愛いもん!
…………でも、やっぱり、ビビのような正統派美少女には憧れる。
「私は神に誓って、人間だよ」
「でも、でも、それなら、どうして私の正体を知っているのですか?」
「そういう、スキル──じゃなくて、『称号』を持ってるの」
告白するときに、チラッとアロンを確認した。『称号』の話はしちゃだめだって言われてたから。
でも、スムーズに話をすすめるためには、正直に言ったほうがいいでしょ?
「しかたない」というふうに、アロンが首を振る。
よし、お許しが出た。
「まさか、『鑑定』ですか? あなた様は、もしや勇者様で?」
そこからビビは、"ビビ説"の勇者伝説を語りだした。
彼女が言うには、魔王を倒して行方不明になった勇者は今も生きているらしい。魔王が持っていた永遠の命を得ることのできる石(なにそれ、賢者の石?)を奪って、姿を変えながら現代まで生きている、と。
そして、その勇者こそ、私なんだって。
ビビの語り口調は熱い。この子も相当な勇者好きらしい。アロンに意味深な視線を投げかけると、睨まれた。
なんで!? なにも言ってないのに。
「その伝説の真偽はわからないけど、私が勇者じゃないことは確かだよ」
「では、あなた様が歴史上二人目の『鑑定』の『称号』持ちなのですね。教会がうるさそうです」
「ああ、教会は私が『鑑定』持ってること、知らないから」
「え?」
「まぁ、その話はおいおいね。とりあえず、私の家族を紹介するね。まず、改めて、私はララ。ビビたちを助けたのが私の弟のウィル、アロンはもう知ってると思うけど、薬師さんで、私たちの家庭教師みたいなものかな。それから、セオを運んでくれたのがハティで──」
「ハティは、ララちゃんの恋人候補よ」
イヴが口を挟んでくる。
「余計なこと言わないの。──で、彼女がイヴ。私のお姉さん的存在」
「どうも~。ララちゃんの姉のイヴです」
「あの、ひとつよろしいですか」
ビシッと、優等生のように手を上げて、ビビが聞く。
「はい、どうぞ」
「あのですね、イヴ様なのですが、私が敬愛する美の女神様の肖像画と、お姿がそっくりなのですが、これは───」
「きゃっ、バレちゃった」
嬉しそうに言うイヴは、最初からバラす気満々だったって、私、知ってる。
「うん、その美の女神様ご本人です」
「どうも~。美の女神で~す」
軽い。軽すぎるよ、イヴ。綿毛もびっくりの軽さだよ。
「ちなみに」と、ここへ来て、アロンがさらに爆弾投入。
「イヴ様は、植物の神様でもいらっしゃいます。それから、セオさんを運んだハティ様も、神様ですよ。獣の神様」
もっとこうさ、やんわり、じっくり、伝えていく方法がきっとあったと思うんだ。
「ひ」
「ひ?」
「ひ」
「ひ?」
「ひえぇぇぇぇぇぇぇお許しをぉぉぉぉぉ」
また、土下座だよ。
起き上がらせるまで、数時間はかかると見た。
「アロンのときは、もうちょい落ち着いて話せたのに。どうしてこうなった?」
「これが一般人の、正常な反応だよ。神様が目の前に現れたら、そりゃ驚くさ」
アロンがおかしそうに言った。
アロンめ、このカオスな状況を楽しんでるな。皇女様を、ここぞとばかりに見下ろしてるし。
「アロンは『ひぇぇぇ』なんて言わなかったよ」
「私はけっこう図太いから」
なーるほど。
すとん、と納得できた。
そういえば、私も『ひぇぇぇ』なんて言わなかった。私もアロンも、図太いのね。たくましく生きていけそうだよ。





