63 『剣聖』の宿命
トン、トン───
ウィルの部屋をノックして入ると、
「シーッ。いま眠ったところよ」
ベッドに腰掛けたイヴが、人差し指を唇に押し当てて言った。
そっと、ウィルの寝顔をのぞく。悪い夢でも見ているのかもしれない。額に汗が浮かんでいた。
汗を拭ってやり、キスをする。
音を立てないように注意して、私とイヴは一階におりた。
どこか緊張した空気の中、誰からともなくテーブルに着いていく。私は四人分のコーヒーを淹れ、運んだ。
メガネを外したアロンが、目頭を押さえてる。また面倒事か、と呆れてるんだ、たぶん。
「もっと騒ぐかと思った」
そう言うと、アロンはふっと表情を緩めた。
「自分でも意外だよ。君たちの隠れ家を知った人間だし、街に戻ってから、あれこれ言いふらされたら最悪だ。このまま見殺しにすべきだ。そう、頭では冷静に結論づけていたのに───気づけば、彼らを救う手助けをしてしまっていた」
「どうして?」
「ウィルくんが、大丈夫だと言ったから、かな。あの子は不思議だよ。どんな『称号』を持ってるかは知らないけど、私達には見えないものが見えているのは確かだ。私が初めて会ったときも───」
アロンが思い出したように笑う。
「『この人は良い人だ』って突然私の味方をしだしたからね。私が『良い人』?って疑問だった。最初は利用する気満々だったし。だけど、いまではこの通り。すっかり君たちの味方さ」
私も笑った。
ウィルが『いいひと』と言った相手は、ちゃんと『いいひと』なのだ。
スキル『真実の目』は、どんな本性も暴く。いい面も、悪い面も、すべて。
「ところで、あの二人は何者なんだい?」
ビビと、セオの二人組のことだ。
アロンは、私がスキル『鑑定』を持っていることを知っている。その上での質問。
「それが、驚くよ。彼女、トランスバール帝国のお姫様なの」
「────は!?!?」
「シーッ。ウィルたちが起きちゃうでしょ」
突然の来客には落ち着いていたアロンも、さすがにこれには驚いたみたい。
まぁ、そうだよね。私もびっくりしたもん。
・ビビアン・トランスバール
・17歳
・魔法属性:風
・スキル:『剣術レベル6』
・称号:トランスバール帝国第一皇女。冒険者。
これがビビの『鑑定』結果。
ちなみにセオのは……
・セオ
・19歳
・スキル:『盾術レベル5』
・称号:皇女の盾。冒険者。
・補足:近衛騎士団、元・副隊長
「トランスバールといえば、この森の北にある大国だな」
ハティが言う。
「うん。彼女、冒険者って名乗ってたけど、これも本当だった。ねぇ、冒険者ってすごく危険で、他の職業に就けないような荒くれ者がなるんでしょ? お姫様が冒険者って、どういうことだろう?」
これはアロンに向けた質問だ。
「トランスバール帝国は『強者の国』と呼ばれているんだ。個人の物理的な強さがものを言う国だ。王族でも、12歳になると『冒険者』として一定期間修行させるって話を、聞いたことがある」
「うわ、ヘビー……」
思わずつぶやくと、「まったくだ」とアロンも青い顔で同意した。
「貴族の子息にも一定期間の兵役が課せれるらしいよ。恐ろしいことだけど、尊敬はできる。トランスバールほど、『ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)』を徹底した高潔な国はないからね」
うちの国の貴族がどれだけ堕落してるか、考えさせられる話だ。
それとも、堕落してるのはうちの家だけ?
「彼女たちの事情は、彼女たちに聞けばいいんじゃない? これ以上は憶測の域よ」
イヴが言う。もっともな意見だ。
「そうですね。どこまで打ち明けてくれるかはわかりませんが。まぁ、命の恩人になら正直にもなるでしょう」
アロンも追随する。
「よし。そういうことなら、とりあえず話はここまで」
私は重い空気を変えるように明るく言った。
「すっかり遅くなっちゃったけど、お昼ごはんにしよう」
我が家のモットーは『みんなで仲良く幸せに』だ。そのためには、明るく元気であること。心配事は、笑顔で吹き飛ばす。
お昼のメニューは、
・肉じゃが
・なめこのお味噌汁
・白ご飯
・ほうれん草のおひたし
肉じゃがは、煮物が食べたいというアロンのリクエストに応えて。お味噌汁は、アロンにお土産でお味噌をもらったので、さっそく作ってみた。
「『肉じゃが』どう? これぞ、煮物の王様って感じでしょ?」
聞くと、アロンはだらしなく頬を緩めた。
「このホクホク感が、なんともたまらないよ。間違いない。優勝だ。この先の人生が不安になってくるくらい美味しい」
「不安?」
「ララにしか作れない食材で、ララにしか出せない味。こんなに美味しいものを知ってしまったのに、外の世界では食べられない。どうやって生きていけば?」
「おおげさだな。食べたくなったら、またうちに来ればいいじゃん」
「あっ、そうか。その手があった」
すごく嬉しそうに笑って、アロンは肉じゃがを食べすすめる。
この世界にはない『じゃがいも』を使った肉じゃが。感動してもらえたので、大成功だ。
食後、キッチンで食器を洗っていると、ハティが静かに歩み寄ってきた。
両手をもてあそび、不安そうに私をうかがってる。
「怒っているか?」
ビビたちについて話してるときも、食事中も、ハティが妙に静かだったのは、私が怒ってるかを心配してたからなんだ。
食器を洗う手を止め、振り向いた。
びくっとハティの肩が揺れる。
「ちょっとだけ」
私は素直に認めた。
「どんなに遠くにいても、危険が迫る音を聞きつけて、助けに来てくれるハティだもん。ウィルがクマと戦闘状態になったときも、気づいたでしょ?」
「──ああ。聞こえていた」
「たしかに、ウィルは負けないかもしれない。『剣聖』のスキルを持ってるし、『眷属』がいるし。それでも、ハティが助けに行ってくれてれば、ウィルは怖い思いをせずに済んだのに」
ウィルの辛そうな顔がちらついて、息が苦しくなる。可哀想なウィル……あの子はまだ、6歳なのに。一人でジャイアントベアーを相手にして、怖い思いをたくさんしたはずだ。
わざとだった、とハティは言った。
「今回の戦いは、『剣聖』のスキルを覚醒させるために、必要な事だったのだ」
「わかってる」
いつかはウィルも独り立ちする。一人でも強く生きて行けるように、時を見て剣術を学ばせる。そう言って、ウィルを安全圏で護ろうとする私を説得したのはハティだ。
ウィルを一人で森に行かせるようになったハティ。何か考えがあることは、わかってた。
ついに『その時』がきたんだ。
「来月で、ウィルも7歳になる。そろそろ剣術の指導を始めてもいいころだ」
「うん」
天井を見上げる。板の向こうにいるウィルを想う。
「魔物と話せるウィルは、ジャイアントベアーを説得したんだよ。人を襲っちゃだめだって。でも、聞いてくれなかったって」
「逆上している魔物には、声が届きにくい。加えて、ジャイアントベアーにとって、人間は極上のステーキだ。食べるなというのは、無理な話だろう」
「言葉が通じる相手を殺すんだよ。人が、人を殺すときくらい、辛いはず。ウィルはこの先、そんな辛い思いを、きっと何回もしていかなきゃならないんだね」
「誰かが襲われていたら、ウィルは無視できない。剣を取り、戦うだろう。それが『剣聖』の宿命だ」
説得して説得して、失敗して。優しいウィルは、心を傷つけながら、剣を振るうんだ。
『剣聖』なんて。
ねぇ、神様。そんなスキル、意地悪兄のギドにでもあげてくれればよかったのに。
苦々しく思いながらも、本当はわかってる。
『ぼく、剣士になって姉さまをまもるんだ』
人を助けたいっていう純粋な気持ちで剣を振るえるウィルだからこそ、『剣聖』にふさわしい。
名声を得たいがために力を求めるギドなんかじゃなく。
なんとなく、『収納』から『聖剣』を取り出してみた。コーネットから持ち出して以来、初めて取り出した『聖剣』は、持ち主の覚醒を喜ぶように光り輝いていた。





