6 嫁入り当日(作戦決行日)
嫁入り当日。
私はたくさんの使用人によって体の隅々まで磨き抜かれた。
お風呂に入れられ、伸ばしっぱなしで腰まで届く黒髪をブラシで何度もとかれる。乾けば美しいウェーブが広がった。
真っ白な肌には化粧は施されない。頬も唇も、元々赤いから必要ないのだ。
びっしり重いまつ毛に縁取られたタレ目気味の黒目は大きくて、左目の下にある泣きぼくろがとってもセクシー。私ってば、文句なしの美少女だ。
14歳にしておっぱいは推定Eカップ(なお、発展途上の模様)。細い体型に大きいおっぱいなど実にけしからん。
将来は妖艶美女になること間違いなしだね!
……だけど、せっかくの美少女も、ここでは黒髪黒目を理由に嫌われてしまうんだよね。
元・日本人としては理解できない感覚だけど。
黒いワンピースを着せられ、黒いミニハットを頭にピンで止められる。ミニハットは黒いレース付きで、ちょうど目元が隠れる。
完全に、お葬式スタイルだ。
なるほど、"死を運ぶ鳥の君"にはそれらしい格好がお似合いだと。
変わった娘を所望したボルドー侯爵に向けても楽しい演出になる。
お母様や兄のギドは私を見てクスクス笑ってるけど、私は別にどうってことない。このワンピース、すごく生地が良いし、デザインも可愛くて普通に気に入っちゃった。
「お世話になりました。皆様どうかお元気で」
別れの挨拶はあっさりとしたものだった。
ついてきてくれる使用人などいるわけもなく、私は一人きりで馬車に乗り込んだ。
どんどん遠ざかっていく屋敷を見ても、特に何の感慨も湧かなかった。強いて言えば、せいせいするとか、スッキリとか、そんなかんじ?
今朝、各部屋から追加で頂戴した品々は『収納』の中にたっぷり入っている。最後だからと、遠慮はしなかった。小さな革かばんひとつの私に盗みの疑いが向くことはないしね。
お金になりそうな調度品や家具はもちろん、この世界の知識ツールとして必要な本は片っ端しから『収納』しておいた。
そういえば、『収納』は範囲指定ができるみたいなんだよね。"この場所にある物、全部収納"みたいなかんじで。
キッチンにある食べ物を『収納』してるときに気づいたんだ。
ちまちま『収納』するのが、面倒くさくなって『全部一気に収納したい!』って叫んだら、なんと出来ちゃった。
結果、キッチンにある物は、食器、調理器具、食料、調味料にいたるまですべてを頂戴することとなった。悪いけど、両親や兄弟たちの今日の昼・夕食はお預けだよ。
問題はここからだ。無事に森へ逃げ込むまで気を抜けない。
「姉さま、もういい?」
座席の下から、ウィルが聞く。
ウィルは馬車の整備時に座席の下に潜り込んでずっと隠れていたのだ。
ウィルの着替え類も、もちろん『収納』の中にしっかり入ってるよ。
「うん、もう出ておいで」
ぼふ、とウィルが私の膝にダイブした。キャッキャと嬉しそうにはしゃぐ。私もウィルも馬車は初めてで、楽しくなる気持ちもよくわかる。
「シーッ。ウィル、御者にバレちゃうよ」
「シーッ」
ウィルは自分でもそう言って、小さな手の平で口を隠した。
もう、可愛いなぁ。
くきゅう、とウィルのお腹が鳴る。バレないように頑張って隠れてたもんね。体力も精神力も相当削られる。そりゃお腹も空くよ。
「見てて」
『収納』の中から、ホールケーキを取り出す。キッチンからとってきたやつだ。
「わぁ、姉さままほうつかいみたい!」
私もウィルも、貴族の証である『魔法』が使えない。
何もないところから物を取り出す魔法があるのかは知らないけど、たしかに、『収納』は魔法みたいに素敵だと私も思う。
あまり深く考えてなかったけど、『収納』の『スキル』って魔法の一種なのかな?
でも、魔法を使うには『魔力』が必要で、だけど私に魔力はない。もし『スキル』が魔法だったら私には使えないってことになる。でも、普通に使えてるわけで……だったら、『スキル』と魔法は別物ということになる。
『スキル』って何なんだろう。
謎だなぁ。