5 愛犬との別れ
3日後の嫁入り(作戦決行日)に向けて、別れを告げなければならない相手がいる。
私の愛犬のハティだ。
一年前、屋敷の庭にふらふら迷い込んできたところを保護して以来、隠れて飼っている。
本当は嫁入りに同行させたいけど、大型犬サイズのハティをバレずに連れていくのは、どう考えても無理だ。
かといって、このまま家に置いておくわけにもいかない。なにせ、家には犬を撃ち殺すのが趣味の『ギド』がいる。彼に見つかってなぶり殺される前に、屋敷から逃してやらなければならない。
ハティとは一年足らずの仲だけど大切な相棒で、だから、離れるという選択は本当に苦渋の決断だった。
だけど、仕方ない。ハティだって、以前のように自由な世界で生きたほうが幸せなはず。そう、言い聞かせる。
ウィルの協力を得て、ハティを外に逃がすことにした。
ウィルが門番と話している隙に、ハティを連れてこっそり屋敷の外に出る。
初めて屋敷の外に出た。どこまでも続く広い平野。自由がそこにある。
───このまま走って逃げてしまおうか。ウィルに合図を出して。今ならハティもいっしょに行ける。………なんて考えがよぎるけど、だめ。障害物のない平野では、すぐに見つかって捕まってしまう。
屋敷から遠く離れた森の中で行方をくらませるからこそ、逃げ切れる可能性が出てくるのだ。
今は我慢。逃げるのは、あくまで3日後。
そう言い聞かせて、駆け出そうとする足を地面に縫い付ける。
ハティを平野に放す。
美しい銀の毛をなびかせ、ハティはじっと私を見つめた。灰色の瞳は少し悲しそうに見えた。
「ごめんね、ハティ。元気でね」
抱きしめると、ハティはひと鳴きしてから地平線の向こうへと姿を消した。