46 醤油
『アカツキ』の街は、タリス王国の田舎町と違っていかにも都会っぽい。
漆喰壁の家々が均等に密集して立ち並び、道には石畳が綺麗に敷かれて、等間隔に街灯まで立てられている。
道行く人々の衣服も上等だ。
浮浪者も見かけないし、たぶん、ここは裕福な街なのだと思う。
アカツキを治める辺境伯はかなりのやり手みたい。
借金を返すために娘を変態貴族に売り渡すようなことも、もちろんないんだろうね。
ところで、黒髪黒目の人、未だに見かけないんだけど。どういうことかな?
ミナヅキ王国には普通にいるんじゃなかったの?
「先に『薬師ギルド』に寄っていいかい?」
「うん」
「おや、『薬師ギルドって何?』って聞かれるかと思ったけど」
「それくらい知ってるよ!」
ちゃんと本を読んで勉強してるんだから。
「『薬師ギルド』はあれでしょ? 薬師の全員に加入義務が課せられた"強制加入団体"で、これに入らないと、薬師は薬を売っちゃだめなんだよね」
「おお……正解。今日は槍が降りそうだね」
なんでそんなに驚くわけ?
私のこと馬鹿にしすぎだよ……!!
薬師ギルドは簡素な事務所って感じだった。
事務員以外ほとんど人いないし、ロビーにはソファセットが置かれてるだけで寂しい。
アロンが受付けで用事を済ませるまで、掲示板を見て過ごす。
『熱冷ましの薬、一人分、銀貨1枚、ホローの店』
ふむふむ、貼ってあるのは薬の依頼書だ。
希望する薬と、数と、金額、それから依頼者が書いてあるんだね。
薬師はこの掲示板から仕事をとったりもしてるのかも。
「お待たせ」
「もういいの?」
「ああ。約束通り、街を案内するよ。そうだ、あとでまたひとつ寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」
「寄りたい場所?」
「依頼があった薬を届けに行くんだ」
なるほど、アロンが仕事してる姿を見学できるわけか。初だな。
「それで、行きたい場所はある?」
「服が見たいな。私と、ウィルの分」
「それなら、いま受付の女性に良い店を聞いてきたから行ってみよう。案内するよ」
ほぉ……
気が利くな。
エスコートもスマートで、さすが22歳オトナの男ですね。これまでさぞおモテになって、たくさんの女の子たちをエスコートしてきたんだろう。
「何?」
「べっつにー……」
案内されたのは、中流階級向けのブティックだった。
うん、生地もしっかりしてるし、デザインもなかなかいい。その割に値段もリーズナブルだ。
まずはウィル用の服を何着か選んでいく。
もうすぐ暑くなってくる時期だし、半袖の白シャツと、短パンと、下着と、靴も買っておこう。
ウィルは最近ぐんと背が伸びてるところだから、ちょっと大きめのサイズにしておく。
次に私の分を適当に………
「なんで暗い色ばっかり選ぶわけ? 家で着るんだから、変装の必要もないでしょ」
不機嫌そうにアロンが言う。
腕を組んで、私の買い物を見張ってる。
「黒しか着たことないから、どうしてもそういう色に目が行くっていうか……安心するっていうか……別にいいよ、暗い色好きだし」
「ハァ……、こっちにおいで。私が選ぶよ」
「えぇ~……」
「いいから来なさい」
鏡の前に連れて行かれて、服を合わせられる。アロンが選ぶのはどれも明るい色ばかりだ。
髪も、顔半分も隠れてるし、合わせたところで似合うかどうかなんてわからないでしょ……
これを、あれを、これも、と店員さんに服やら小物を次々渡していき……
渋る私を無視して、アロンはさっさとお会計を済ませてしまった。
プレゼントしてくれるらしい。どうもありがとうございます。
「それで、お次は?」
「調味料がほしいんだけど、売ってるお店知ってる?」
「ああ、それならおすすめの店がある。君もきっと気にいるよ」
調味料として販売されている物の中には、薬の素材になるものもあるそうで、アロンも数回行ったことがあるお店なのだとか。
案内された店は、4畳ほどの狭い店だった。
壁中から乾物が垂れ下がり、様々な色合いの香辛料がところ狭しと並べられている。
匂いがもう、すごい。
これはテンション上がる!!
まずは基本の調味料をいくつか見て……あ、はちみつある。買っとこう。それから胡椒と……
その時、黒い液体が入った瓶を視界がとらえた。
既視感ありまくりのそれ。
立てかけられた案内札を見て驚愕した。
「『醤油』がある!!」
まさか、この世界でお目にかかれるとは……!
ああ、お醤油……! 日本人としての魂が震えるぜ……っ
「かなりマイナーの調味料だと思うけど『醤油』の存在は知ってるんだ。変なとこで物知りだよね、君って」
「マイナーなの!? なんということだ、こんなに美味しい調味料をマイナー扱いにするとは……! これがあったらどれだけ料理の幅が広がると思ってるの! 照り焼きでしょ、煮付けでしょ、すき焼きでしょ……想像しただけでヨダレが出るよ」
アロン、苦笑してる。
「そんなに好きなんだ。『醤油』はミナヅキ王国の特産品だから、そう言ってもらえて嬉しいよ」
『ミナヅキ』って『水無月』みたいで日本的な響きだなって思ってたけど、『醤油』まであるとなると、日本との繋がりを連想させられるよね。
このミナヅキ王国、日本人の転生者が作った国だったりしてね。
故郷の味を求めて、醤油の開発も頑張ったのかな。ともあれ、
「作ってくれた人に感謝だね」
おかげでララは苦労せず懐かしい味を楽しめます。拝んどこ。
「作った人、か。『醤油』はね、200年前の勇者がもたらしたとされているんだよ」
ちょいちょい出てくるな、200年前の勇者。
………ん? 勇者が、醤油を?
勇者、元・日本人の可能性あり?
元・日本人のコーネットの初代様のことがまた、ふっと頭をよぎる。
「知ってる? 勇者は魔王を倒したあと、行方不明になったんだ。当時二十歳そこらだった彼が晩年をどこでどう過ごしたかは、世界七不思議のひとつなんだ」
うん、コーネットから持ってきた本にそんなこと書いてあったな。でも、私は変だなって思う。だってさ、
「勇者は魔王を倒した世界一の功労者でしょ? そんな有名人が、誰にも行方を知られないなんて事があり得るの?」
「だからこそ謎なんだよ」
「ふーん……」
「おや、あんまり興味ない?」
「ヒーローもののお話に熱くなる"お子さま時代"はとっくに卒業したんだよ」
「その言い分じゃあ、まるで私が"お子さま"のようだね」
「そんなこと言ってないよ?」
まったく、アロンは頭の回転が早いから、言葉の裏に仕込んだ毒にすぐ気づいていけない。
まぁ、勇者の行方なんてどうでもいい。
重要なのは、そう、いままさに醤油が手に入ったってことだ!
この醤油を使って、ウィルに美味しい料理をたくさん作ってあげよう。ぐふふ。
「顔」
「ふぇ?」
「まったく、だらけきった顔して」
ふにふにとアロンに頬を弄ばれる。
痛っ、ちょ、痛いよ! つねるの禁止!!





