44 ハティの発情期 レベルアップ〜『安寧の地』レベル5
《レベルアップ!『安寧の地』レベルが5になりました。『キッチン(中)』が『キッチン(大)』になりました。『風呂場(小)』が『風呂場(中)』になりました》
ドタドタドタ、バタン!
お風呂場の扉を開けるとそこには、いままで無かった脱衣所ができていた。
奥に、曇りガラスの扉が新設されてる。
その扉を開けると………
ありました、『湯船』!!
木製の湯船にはご丁寧にも、すでにお湯が張ってある。
手を入れると……ああ、丁度いい温度だ……
お風呂場は一般家庭にあるのより、やや広い。湯船も、足を伸ばして入れるくらいの大きさはある。
ひや~~~~っ! 本当にありがとうございます、スキル『安寧の地』様!!
ララは幸せですっ!
「ララ! 無事か!?」
あまりに嬉しすぎて悲鳴を上げたせいだろう。ハティが慌ててやってきた。
「ごめん。無事だよ。湯船が出来たから、嬉しくてついはしゃいじゃった」
「む……、風呂場が広くなったのか」
「そうなの。さっそく入っちゃおっかな。朝風呂、朝風呂。……って、あ」
このお風呂場の広さなら、なんとかハティも入れそうじゃない?
「ハティもいっしょに入る? シャンプーしてあげる」
「い、いいのか?」
「もっちろん!」
あ、そうだ! ウィルも呼ぼう。
いっしょに入ってキャッキャウフフするんだっ。ぐふふ。
「……ぼく、いい」
断られてしまった。
「えっ! なんで!?」
「ぼく、もうすぐ7さいだよ。ひとりではいれるもんっ」
「そんなぁ……」
楽しみにしてたのに。弟がどんどん姉離れしていくよ。悲しい。悲しすぎて、泣いてしまった。
「ご、ごめんね姉さま! はいる! ぼくいっしょにはいるから! なかないで……?」
「本当!? よし、入ろう! いますぐ入ろう!」
涙は一瞬で吹き飛びました。
ウィルを抱っこしてお風呂場に連行する。
あれ、ウィルくん、どうしたのかな? 目が死んでるよ? 何か嫌なことでもあったのかな?
でも大丈夫。温かいお湯に浸かればすぐに元気になるからね!
「じ、じぶんであらえるってばぁ」
タオルで洗ってあげると真っ赤になるウィル。血流が良くなったのかな。
ハァ、ウィルくんのお肌真っ白ですべすべ。金髪も長めだから女の子みたい。可愛い。
そろそろ髪の毛切ってあげないとだね。もったいないけど。
先にウィルをお湯に浸けてから、今度はハティの番。
石鹸をたっぷり使って、白銀のモフ毛を泡立てる。指を沈めて、マッサージするように揉みほぐしていく。
「気持ちいい?ハティ」
「うむ」
ハティは舌をだらりと出してリラックスモードだ。
でもこの洗い場、ハティにはちょっと狭そうだ。体が壁に当たってほとんど動かせていない。
体は洗い終わったけど、湯船に入るのは──うん、前足しか無理そう。
「ありがとう、ララ」
お礼のつもりなのか、ハティが頬を舐めてくる。
「あはは、くすぐったいよ」
ぺろぺろ、ぺろぺろ、長い舌が首筋をかすめて───
「ひゃっ」
変な声が出てしまった。耳をぴくつかせたハティが固まる。
と、つるりとすべって、背中がタイルに押し付けられた。見下ろす灰色の瞳が不穏な光を帯びる。獲物を狙う時のような、そんな───
ゾクリ、と背筋が震える。
「………ハティ?」
呼吸が荒い。私の声が届いていないみたい。灰色の瞳に、不安そうな私の顔が映ってる。
「だめだよ、ハティ!」
ウィルも不安そうな声を上げた。
その時、お風呂場の扉が勢いよく開いた。
「はぁい、そこまでよワンちゃん。ちょーっとわたしとお話しましょうねぇ?」
そうしてハティはいきなり現れたイヴによって連れて行かれてしまった。
…………いまの、何だったのかな?
ちょっと心臓がドキドキしてる。
一瞬、食べられるかと思っちゃった。
そんなこと、絶対にあり得ないって、わかってるけど。
う、体が冷えてきた。私もお湯に浸かろうっと。
さぁ、ウィルとキャッキャウフフするのです!
「さて、注目~! ここにありますはコーネット産のハンカチ! これをこうして沈めると……」
ふふ、興味津々で見てますねウィルくん。
「風船ができました~!」
「わぁ、すごい! ぼくもやる~!」
「はい、どうぞ」
小さな手で一生懸命ハンカチを沈めて風船を作る。
「できたー!! みてみて姉さま!」
「うんうん、すごいよ~!」
キラキラお目々、かわゆす。はしゃぐ天使が見れて姉さまは満足である。
「この風船をこうして沈めて手でつぶすと……」
ブクブクブク……!
「きゃーっ! ぼくも!ぼくも!」
ウィルが風船をつぶすと、お湯の中、大量の空気が泡になってのぼっていく。
ウィルはこの遊びをエンドレスで繰り返した。楽しいよね、わかるよ。私も昔はよくやってもらったなぁ。前世のお父さんに。思い出して、鼻の奥がつんと痛くなる。
アヒルさん人形がなくても、ハンカチ一枚あればお風呂は十分楽しめるんだよ。
でも、遊びすぎてのぼせないように気をつけようね。
◆ ◇ ◆
「は、発情期!?」
居間のソファに腰掛けて、イヴはハティの様子が変だった理由を語った。
「そう。彼も、神とはいえ『獣』には違いないから。『発情期』もちゃんと来るのよ」
なるほど、この話をするためにウィルを外に遊びに行かせたのね。
こんな話題、6歳には聞かせられないよ。
しかし……
は、はつじょ……ハティが、はつじょう……
「ララちゃんの裸に欲情したのがきっかけで、その時期がやってきちゃったみたい」
えぇっ! つまり、ハティはお風呂場で私を押し倒したあの瞬間、『私に欲情してた』ってこと?
カァ、と頬が熱くなる。何でだろ、心臓が煩いよ。相手は狼だっていうのに。
「あの、ハティはいまどこに……?」
そう、お風呂から上がったらハティの姿はどこにもなかった。そのまま、イヴによる説明タイムに入ったわけだけど……
「頭を冷やすって出ていったわ」
「そう……デスカ……」
だめだだめだ、頬の熱が引かない。いったいこの後、どんな顔してハティに会えばいいの。
「ふふ。面白くなってきたわね。ま、2、3日したら戻ってくるだろうから、これまで通りに接してあげなさいな。あんまり気にすると、彼も肩身が狭いだろうから」
「うん、わかった」
まぁ、『欲情』といっても、それは性欲から来るもので、別にハティが私に対して恋愛感情を持ってるわけじゃないもんね。
そもそも、人間に欲情すること自体が"バグ"みたいなものだろうし。
だって、獣と人間はどうやったって番えない。
気にしすぎるだけ無駄か。
いつも通り、いつも通り、よし。
……だけど、ハティは今頃どこで何してるのかな。
まさか、狼の女の子で性欲を発散中とか……
ああああ、もう! 考えちゃだめだってば……!
頭を抱えている私を見て、イヴが声を上げて笑う。
むー。こういう時のイヴは余裕たっぷりで、オトナのお姉さんって感じがする。
精神年齢19歳でも子どもな自分が悲しくなってくるよ……





