34 完治
「ハイポーションはある。だが、いまここで渡すことはできない」
翌日正午、待ち合わせた古民家で、渋面のアロンは言った。
「なんでよ……!?」
けっきょく、昨夜は一睡もできなくて、1時間以上前からここで独りアロンが来るのを待ち焦がれていた私は、ついにキレた。
「早く渡しなさい! じゃないともう、あなたに薬草売らないから! 契約なんて反故にしてやる! それで私達の正体をバラして回るなら好きにすればいい!」
「落ち着いてよ、ララ。渡さないとは言っていない。ただ、患者の様子を見てから正しく処方したいんだ。聞いたところ、ちょっと思い当たる病があってね……ウィルくんがもしその病だとすると、ただハイポーションを飲ませるだけでは治らない可能性がある」
「嘘! ハイポーションは致死性の病気でも一瞬で治す万能薬のはずでしょ!?」
「概ね、その認識で合ってる。だけど、ひとつだけ例外があるんだ。昆虫型の魔物による、病だよ。ミミズみたいなやつが体内に入って悪さするんだ。そいつをうまく取り除いてやらない限り、ハイポーションは効かないんだ」
川で遊びのとき等に体内に侵入するんだと、アロンは言った。
川遊び……
水浴びの時かもしれない。
私のせいだ。
もっと魔物について深く調べていたら、川にそういう危険があることを知れたはずだ。対策を立て、気をつけられたはずだ。なのに、魔物はハティにまかせておけば大丈夫だって、そんなふうに丸投げして、魔物の勉強をろくにしてこなかった。
「……ウィルを、あなたに見せればいいの?」
「うん、そうしてくれると嬉しい」
「───わかった。来て」
ウィルをアロンに会わせるということは、ハティや、イヴや、森の中の拠点の存在を明かすということ。その流れで、『植物創造』や『安寧の地』という特別なスキルを持っていることもバレるだろう。
下手をすれば、また逃亡しなきゃならない事態になる。せっかく手に入れた『安寧の地』を手放して………
スキル『安寧の地』で出したログハウスは『収納』できない。また、スキル『安寧の地』自体に移動の機能はついていない。だから、逃げることになれば必然的に快適な住居を捨てることになるのだ。
それでも、ウィルの命には代えられない。
逃げることになっても、またやり直せばいい。
拠点を失えば潜伏生活は今よりずっと過酷になるかもしれないけど、きっと大丈夫。ハティやイヴだってついてる。
アロンを連れて森へ戻った私を見て、ハティはひどく驚いた。
「これはどういうことだ?」
低く、唸るように聞く。
「ウィルをアロンに見せる」
「しかし───」
「お願い、ハティ急ぎたいの。アロンも乗せていって」
「───わかった」
背中を貸してくれたハティに、アロンとともにまたがる。
喋る巨大狼に驚いただろうに、アロンは何も聞かず、おっかなびっくりではあるものの、ハティに身を預けた。
ハティの足はいつも以上に速く、風のように森を突っ切って、あっという間にログハウスの建つ原っぱへと到着する。
「こんなところに家があるとは……それに、あの庭はいったい……!?」
畑と果樹園を見て、アロンが固まっている。
この世界にない植物たちの姿に、驚いているのかもしれない。あるいは、なんとかハイポーションを作ろうと『創造』しまくった『月草』の群生か。
「アロン、急いで」
「ああ、うん、ごめんね……あまりに信じられない光景が続いて……夢を見てるんじゃないかってぼうっとしてしまったよ」
玄関の扉を開けて、急いで中に入る。
イヴはまだ戻ってきていない。
ベッドで眠る浅い呼吸を繰り返すウィルに駆け寄る。汗で濃い色に変わった金髪が顔に貼り付いていた。
「独りにしてごめんね」
頬を撫で、声をかけても反応はない。
アロンはまだ家に入ってきていなかった。
もう、何やってるのよ……!
「なぜか見えない壁に阻まれて入れないんだけど……」
ドームの向こうで、アロンが途方に暮れている。
ドームはアロンを『敵』と認識したようだ。
《アーソロン・ノヴァが境界線越えの許可を求めています。許可しますか》
突然、頭の中に声が響いた。スキル『安寧の地』の案内だろうか。
「許可します」
ドームの壁に体重をかけていたのか、アロンが前のめりにドール内へ入ってくる。
「色々質問したいところだけど、まずは診察するよ」
ウィルを診察したアロンは、「やっぱり」とつぶやいた。
持参したカバンから黒っぽい粉薬を出してウィルに飲ませる。
その様子を、固唾をのんて見守る。
「これは『下虫草』から作った下剤だよ。まずは『クダシ虫』を便と一緒に体内から出し切る」
───その後、
何度かトイレに起きたウィルは、だんだんと顔色が良くなっていった。
「あとは、体内に残る細菌を『ハイポーション』で死滅させる。本来はハイポーションじゃなくてもいいんだけど、今回はちょうど用意があるし特別だよ」
『ハイポーション』は小さなガラス瓶に入った青い液体だった。体に良さそうな物にはとても見えない。
それでも、アロンを信じて飲ませると、ウィルはすぐに元気を取り戻して、起き上がれるまでになった。
「ウィル! もう痛いとこはない? 息苦しさはどう?」
「うん。だいじょうぶだよ、姉さま。あたまもいたくなくなった」
「ああっ、よかった……!」
ぎゅっと抱き合う。よかった、よかった、ウィルを失うなんてことにならなくて、本当によかった。
怖かった。
安心したら涙が溢れてくる。涙が伝った頬を、ハティの大きな舌が舐める。
「……普通、病が治っても、体力が回復するまでには数日かかるはずなんだけどなぁ……」
アロンは訝しがっているけど、それ、たぶんスキル『体力∞』のおかげだと思う。と、いくらか冷静になった私の頭は分析する。
「ありがとう、アロン。さっきは怒鳴ってごめんなさい」
「お礼も謝罪もいらないよ。もちろん、治療費もいらない。君にはたっぷり恩を売っておきたいからね」
「厚かましいぞ、人間」
歯をむき出して唸るハティを止める。
「敵意はないから、許してほしいな。………ところで、問題も解決したし、さっそくだけど質問タイムに入っていいかな?」
………まぁ、そうだよね。
喋る巨大狼のハティとか、森の中に忽然と存在するログハウスとか、庭園の植物とか、疑問はたくさんあるだろう。
覚悟はできた。すべて、正直に話そう。
話した上で、アロンを完全に私達の味方に取り込む。
こちらには味方になってもらう上で提示できるメリットがまだたくさんある。
神様の存在を明かせば、下手なことはするなよと脅しにもなるだろう。
ウィルを助けてくれたアロンは信用できると思うから話す、そう単純に事を進められない身の上が少し悲しい。
「今戻ったわ~! 『エクストラポーション』を手に入れたわよぉ! これでウィルくんの病気もちょちょいと治って………って、あれ? 元気になってる? ていうか、あなた、誰?」
▶植物の神様が、『神話級』の薬を手に入れて戻ってきた!





