32 将来の約束
《地下水。水質良好。飲料も可能》
『安寧の地』のレベルアップで出現した『キッチン(小)』についている流し台。その水道水は飲めるお水だった。
レベルアップして説明文が3行になった『鑑定』さんが教えてくれたのだ。
もしや、と思って『鑑定』してみてよかったよ。
これまでは川の水を汲んできて、それを沸騰させてから料理や飲料水に使ってたけど、もうそんな面倒なことはしなくてよくなる。
なんたって、このログハウスの中でいつでも安心安全なお水が得られるようになったのだから!
ていうかこの水道水、地下水を汲み上げてるんだね。スキルが水源を見つけ出してそこまで管を繋いだのかな……でも、流し台の下をのぞいても水道管は見当たらないし……ナゾだ。
今日は三日に一度の川へ水浴びをしに行く日だ。
森を突っ切り、ウィルと川に向かう。もちろん、ハティの護衛つき。
ログハウスにも水源ができたことだし、水道水を小桶に入れて玄関先で体を流してもよかった。
だけどそうせず、あえて川へ水浴びに行く。
石鹸を使うことを考えたら、川の水で一気に洗い流すほうが効率的なんだよね。
それと、ウィルがついでに川遊びをしたがるからって理由もある。
裸になって川に浸かると、冷たい水が肌を刺す。
おお……、寒い。もう慣れたけど。
これ、いまはまだ暖かい季節だからいいけど、寒くなってきたらキツイよなぁ。
もし本当に『安寧の地』が私の望み通りにレベルアップしてくれるなら、次のレベルアップでは、ログハウス内にお風呂ができてほしいな。
水拭きしかさせてもらえなかったコーネット時代から言えば、川で水浴びができるだけで十分ありがたい。それはその通りだ。
だけど───、
そろそろ熱いシャワーと湯船が恋しい!
前世の記憶は私に『日本のお風呂』への渇望を抱かせたのだ。
この世界にはない技術の結晶、日本のお風呂。もう絶対に入ることはできない………
とまぁ、ここで諦める。普通はね。
でもね、ここは『安寧の地』。望めばなんとかなっちゃうんだなぁ。たぶん、おそらく、きっと、そうであってほしい。
スキル『安寧の地』様、聞こえていますか。次のレベルアップではログハウスの中にお風呂場を出現させてください。
脱衣所と、お湯の出るシャワーと、できれば湯船まであったら最高なんだけどなぁ……?
欲望満点の願いに手をすり合わせておく。
とはいえ現状、無いものはしょうがない。今日もおとなしく冷たい川の水で肌をいじめる。
水で濡らしたタオルで、まずはウィルを洗ってあげる。コーネットから持ってきた高級石鹸を使っているから、肌質も髪質も最高の状態。コーネットの屋敷にいた頃の10倍は磨きがかかったウィルは、贔屓目を抜きにしてもとても綺麗な男の子だ。きっと近い将来、女の子たちが放っておかなくなる。
と、背中に滑らせていたタオルをウィルに取られてしまう。
「ぼくもう、じぶんであらえるよ!」
ショックで数秒固まった。
───ウィルが反抗期に!?
……というわけでもないのかな?
もしかして、姉に洗ってもらうのは恥ずかしいって感情が出てきたのかも。
ちょっと早くないかな? まだ6歳だよ。もう少し甘やかさせてよ。
ウィルが滝の方へ行っちゃったから、しかたなく独りで水浴びする。
ウィルの成長を感じて嬉しくもあるけど……ああ、それでもやっぱりショックだなぁ。
ごしごしと、タオルを肌に滑らせていく。
「ララは綺麗だな」
「ほへ?」
突然そんなことを言われて、変な声が出ちゃったよ。キザな台詞を吐いたのは、水辺で周囲を警戒してくれてるハティだ。
じーっと私のことを見てる。私は苦笑した。たしかに稀に見る妖艶美少女だけどさ。
「黒髪黒目でも?」
腰まである黒髪は、水の中で墨を垂らしたように黒く扇を広げている。
「黒を醜いと言う人間は愚かだ。この美しさがわからぬとは、美醜の価値観が歪んでいるに違いない」
「あはは。そうかもね。私は自分の色、けっこう気に入ってるんだよ。金や茶よりも、よっぽど慣れ親しんだ色合いだから、落ち着くんだ」
「ララは正常な価値観を持つ人間だな」
「ふふ、ありがとう」
なんだか、認めてもらえたみたいで嬉しいね。
「だけど、『綺麗』なんて初めて言われたよ。───私のこと、そうやって口説いてくれる男の人っているのかな」
考えがマイナスの方向に行って、悲しくなってきた。
「将来的には、恋愛もしてみたいし、結婚もしたいって思うけど、無理かもね。黒髪黒目は、この世界では怖がられちゃうから。ありのままの私を好きになってくれる人を見つけるのは大変そうだもん」
「心配しなくていい。ララは俺の嫁になるのだろう?」
驚いて振り向くと、ハティは澄んだ眼差しで言った。
「前にそう約束した」
じゃれ合うような言葉遊びでそんなことを、たしかに言ったかもしれない。
「でも、ハティには……」
無理だよ。言いかけた言葉を飲み込んで、お礼を言う。ハティの気遣いがわかったから。
「………ありがとう、ハティ」
子どもをなだめるような、現実味のない約束だ。それでも、心が温かくなった。
ハティは人語を操るけど狼だし、神様だ。恋愛や結婚ができようはずもないことは、ちゃんとわかってる。私だって別にそれを望んでるわけじゃない、と思う。
と、ピンと耳を立てたハティが川向こうに飛び出す。
振り向いた口には、ウィルを咥えてる。
「独りでフラフラ遠くへ行くなと言ったろう。ララに心配をかけるな」
「ごめんなさい……」
怒られたウィルが、しゅんとうなだれる。
「わかればいい。帰るぞ」
背中に乗せられたウィルの顔に笑顔が戻る。
ハティは子どもをあやすのが上手い。きっと、いいパパになるね。
神様が結婚して、子どもを作ることがあるならだけど。





