31 ツリーハウス
朝ごはんを食べ終わって落ち着いたところで、レベル3にアップしたスキル『鑑定』と『収納』を検証してみる。
まず、『鑑定』
たしか、《説明文が一文追加されます。説明文が3行になりました》って言ってたよね。
手っ取り早く、近くにいたハティを『鑑定』してみる。
《フェンリル。全ての獣の王であり、獣の神。厄災の化身として恐れられている》
"厄災の化身"
………見てはいけないものを見てしまった気がする。
ぶ、物騒な二つ名だなぁ。
何でこんな二つ名がついたんだろう。厄災って、わざわいって事だよね。ひどい。ハティは私達に幸福をもたらしこそすれ、わざわいなんてもたらさないよ。ハティをそんなふうに呼ぶ人は失礼だ。
忘れよう。私は何も見ていない。私は何も見ていない……
イヴは?
《ドライアド。植物の王にして、植物の神。美の女神として広く信仰されている》
美の女神!! 納得だ。すごい美人だもんね!
イヴの場合はあれだね。"怠惰の女神"とかでも良かったんじゃないかな。どうやったら体を動かさないで済むか、日々探求する姿からはもはや執念すら感じるもん。より良い怠けを追求する修行僧ってかんじ。
でも、なるほどね。たしかに説明文が3行になってるわけだ。
お次は、『収納』
たしか、《内容物につき、時間停止機能が開放されました》って言ってたね。
内容物の時間停止機能って、『収納』に入れた物の時間が止まるってことかな。
だとすると、『収納』に入れたものは、腐らなくなる……?
え、なにそれすごい!
これまで、食材を腐らせないようにどうにかこうにか頑張ってきたけど、その努力がいらなくなるんだ!
牛乳も、お肉も、野菜も、いつまでも新鮮なまま!
もしかして、温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいままで保存もできちゃったり?
これは検証しなくては!!
『キッチン(小)』で紅茶を淹れる。茶葉はコーネット産の最高級の品。そして使う食器類も、美術的価値があるとかで居間に飾られてたやつを使う。道具は使ってなんぼだよ。美術的価値など知らん!
4人分の紅茶を淹れて『収納』する。
午後のお茶の時間に出してみて、まだ熱々だったら、『内容物の時間停止機能』について私が立てた説が証明される。楽しみだなぁ。
潜伏生活ももうすぐ3週間が経つ。
安全・安心な生活拠点も整い、お金を得る手段を得て、そのお金で自力で用意できない食料を購入する算段もついた。それと同時にコーネットの追手を撹乱する手段も得た。その点は一安心。
最近の苦心事項といえば、ウィルが頻繁にぐずるようになってきたこと。わかってる。平穏ゆえの贅沢な悩みだってことは。
ウィルはたぶん、この森での生活に飽きてきてる。
ハティがよく遊び相手になってくれているけど、走り回るばかりの遊びではもはや物足りない様子。
とはいえ、ここは森の中で、他に娯楽を得る手段がない。
ウィルは体を動かすのが好きで、私みたいにじっと本を読んで過ごすこともできない。
それに加え、スキル『体力∞』の恩恵で疲れ知らずだから、ほとんど昼寝もしてくれない。
ほかに友達でもできれば……と思うけど、町の子どもと友達になればボロが出る可能性があるし、可哀想だけど、町の子どもたちとウィルを近づけるわけにはいかない。
他に何か、楽しませる手段はないかな。
「そういうことなら、わたしが力を貸すわ」
ダメ元でイヴに相談したら、そう申し出てくれた。失礼だけど、あまり期待してなかったからびっくり。
「何か良い方法があるの?」
「ふっ。まぁ、見てなさいな」
そう言うと、イヴはつんと顎を上げてゆっくりと庭に出ていった。私も後を追いかける。
「この辺りでいいかしらねぇ」
やってきたのは、ログハウスの右側の空き地。左側は畑と果樹園があるけど、こちらには何もない。
「そぉれっ!」
イヴの掛け声と共に、地面からにょきっと植物が生えてくる。私の『創造』でよく見る光景だ。ここまでは……
だけど、生み出された植物の成長スピードは段違いに早かった。
するする、するする伸びていき、巨大な木が形作られていく。高さは20メートルくらい? ドームのてっぺんまであるんじゃないかな。
木板みたいなのが現れて、木の上に『家』ができる。蔦が絡まって、ハシゴと、ハンモックと、ブランコができる。
こ、これは……! ツリーハウス!?
イヴはただの駄女神じゃなかったー!
「すごいよ、イヴ!! 一瞬でこんなの作っちゃうなんて! さすが植物の神様!!」
「ふふふ、もっと褒め称えなさぁい」
騒ぎを聞きつけたウィルとハティがやってきた。
ウィルはもう、大はしゃぎだ。
「これ、ぼくの? ぼくの?」
「そうだよ。イヴが作ってくれたの。お礼を言ってね」
「ありがとう、イヴ!」
「べ、別に。これくらいどうってことないわよ」
ぎゅっとハグされて、イヴは嬉しそうだ。緑の長い髪を指先でくるくる巻いてるのは照れ隠しかな。
「ねぇねぇ、のぼってもいい?」
ウィルは浮足立っていて、もう我慢できないってかんじ。
「うん。気をつけてね」
「はーい!」
相変わらず上手に登っていくなぁ。
「ありがとうね、イヴ」
お礼を言うと、イヴは唇をすぼめた。
「たまには貢献しないとね。用無しって追い出されたくないもの」
語尾が気弱に濁される。まったく、イヴってばぜんぜんわかってない。
「あのね、イヴは私にとってもう離れられないくらいには大切な存在になってるの。追い出すなんて、するわけないよ」
頑張り過ぎちゃだめ。肩の力を抜きなさい。たまには私と昼寝しましょう。
そう言って、イヴは私をソファへと誘う。
じゃあちょっとだけ。そうして惰眠を貪り起きた頃には心がすっきり軽くなっている。
責任とか、恐怖とか、ストレスとか、そういう重荷に潰されないで済んでるのは、だからイヴのおかげ。
改めてお礼を言うと、イヴはうふふと笑って、また緑の長い髪を指先でくるくる巻いた。
ウィルはもうずいぶん上の方にいる。見上げる私に、ハティがすり寄ってくる。
「俺だって、これくらい……」
どうやら拗ねてるみたい。ぎゅーっと抱きしめておく。ハティにも、いつも感謝してるよ。ありがとうね。
「オトナ組はツリーハウスの下でお茶でもしようか」
そう提案すると、ハティもイヴも乗り気で頷いた。
ツリーハウスは豊かな葉を広げていて、いい具合に日の光を遮ってくれる。
『収納』から絨毯を出して、その上でお茶の用意をする。
クッキーを出して、それから、朝淹れた検証中の紅茶を出す。紅茶は湯気が立つほど熱々なままだった。『収納』の中では淹れたてのまま、時間が『停止』してたんだ。
すごい、新しい『収納』の有用性は計り知れない。
たとえば市場で。肉魚や牛乳や柔らかいパンなど、腐りやすいものでもいっぺんに買い込むことができる。そしてそれはいつまでも購入時の鮮度を保ってるんだ。アロンとの契約のために週に一度は町に行かなきゃだけど、もう頻繁に食材の買い込みはしなくて良くなった。
たとえばスープを大量に作って『収納』しておいて、今日は料理したくないなぁなんて日にすでに出来上がってる熱々スープをぽんと食卓に出すことだってできる。
頭上から、ウィルの楽しそうな声が響いてくる。いい遊び場ができてよかったよ。これでしばらくは飽きずに遊んでくれるかな。





