3 スキル『鑑定』と『収納』
逃亡計画を立てはじめて数時間。
うーん、これ、今すぐ逃げ出すのは無理だね。
使用人たちの監視をかいくぐってこっそり抜け出すのは難しいし、仮に抜け出せたとしてもすぐに見つかって連れ戻されてしまう。
なにせ、コーネットの屋敷の外はどこまでも続く平野だ。逃げる私たちを隠してくれる障害物がない。
変態貴族に売られる日は、3日後。逃亡を決行するなら、その当日がいい。
お父様の執務室から盗んだ地図によると、変態貴族の屋敷に向かう途中、大きな森を通る。森には『魔物』がいるから、馬車をノンストップで走らせるために、森に入る直前で休憩を取るはず。その時、隠れていたウィルと共に馬車から飛び出して、森に逃げ込む。木々に身を潜めながら追手を撒いて、『魔物』の目をかいくぐりつつしばらく森に潜伏する。その後、隣国に逃れる。
これが私の逃亡計画。
上手く隣国に逃れたとして、次に必要となるのはそこでの生活資金。
私は嫌われる見た目らしいから、すぐにお給料がもらえる仕事に就けるとは思えないし、いくらかお金を持ち出すのは必須事項だ。
だけど、私は銅貨一枚すら持っていない。
お金がなくて貧民に落ち、行き着く先は奴隷落ち……なんてバッドエンドはかんべんだ。
屋敷の金庫から金貨を数枚くすねようにも、金庫の鍵はいつもお父様のポケットの中……盗るのは難しい。
困ったなぁ、と考えたところで「あ、そういえば」とある事を思い出した。
"あの中"に金貨でも入っていれば───
屋敷の中には、お祈り部屋というのがある。教会の聖堂のミニチュア版って感じの部屋で、祭壇には重厚な木箱が置いてある。
前世の記憶を思い出すまでわかんなかったけど、この木箱、『日本語』が書いてあるんだよね。
この世界で共通語といえば、英語に似た『イグニ語』だ。日本語はまずお目にかかれない。
【君の助けにならんことを】
木箱の蓋にはそう書いてあった。木箱を設置したのは、コーネット家の初代当主だというから、200年くらい前の物なのだけど………
もしかして、初代当主は私と同じで『日本人』の転生者だったのかも?
この木箱はずっと開かずの箱とされてきた。魔法で封印されてるけど、解除の呪文がわからなくて誰にも開けなかったのだ。
だからお父様も、お母様も、誰もこの箱の中に何が入っているのかは知らない。
一方私は、木箱の中身は金貨じゃないかって予想してる。だって、『宝箱』ってかんじのいかにもな風貌なんだもん。
もしここで金貨が手に入れば、逃走資金が確保できる。
問題の解除の呪文だけど、今ならなんとなくわかるんだ。だからこそ、ここに来た。
たぶん……
「"君の助けにならんことを"」
呟けば、木箱がガチャリと音を立てて開いた。ビンゴだ。
さてさて、おいくら万円入っているかな?
と、蓋を開けてがっかり。
箱の中には白く輝く水晶がひとつ鎮座していた。
……………うん。
物事、そんな上手くはいかないか。
はぁ………
初代当主様が魔法をかけてまで保存した物がただの水晶とは、正直がっかりだ。
指先でつんと水晶に触れてみる。冷たい。
あーあ。早急に次の金策を考えなくちゃね。
と諦めたのもつかの間、不思議な現象が起きた。水晶が光の粒子に変わって私の体へと吸い込まれていったのだ。
心臓がどくんと大きく鳴り、じんわりと温かくなっていく。
!?
何が起こった……!?
私はもうパニックで、あわあわと騒いだ。
しょうがないんだよ。私は『魔法』が使えないし、不思議な現象には免疫がないのだ。
その時、突然声が響いた。
《スキル『鑑定』レベル10、スキル『収納』レベル10、現在の所有者はハセベコウタロウ様です。所有者を、変更しますか?》
無機質な女の人の声だった。
焦って周囲を見渡すも、誰もいない。声は、私の頭の中に直接語りかけてきている。
ひぃ~~~~~っ! 怖い怖い怖い。
《所有者を、変更しますか?》
変更? あ、あの、あなたは誰ですか……?
《変更してください。残り、10、9、8、7、》
「わー!しますします、変更します!!」
《現在占有者、ララ・コーネットを所有者に指定しますか》
「えっと……はい」
《所有者が変更されました。ララ・コーネットを所有者に指定します。これにより、スキル『鑑定』及びスキル『収納』レベルが1となります》
────ハッ。
思わず声に従っちゃってたよ。
ていうか、『スキル』とは?
『鑑定』とか『収納』とか、なんぞ?
《『鑑定』を行使すれば、対象の情報を得ることができます。対象を特定してください》
特定?
《対象を特定しました。『木箱』》
うわっ、視界の端で『木箱』の文字が踊ってる。
ちょうど目の前に水晶が入っていた箱があったからか、『対象』に特定されたみたい。
試しに床を特定して『鑑定』すれば《床》と出るし、カーペットは《カーペット》と出る。
うん、なぜか物の情報がわかる体になってしまった!
なんというか、ロボットと合体した気分。変な感じ。
これ、特に体に害はないんだよね? ね?
《『収納』を行使すれば、対象を亜空間に収納することができます。対象を特定してください》
………質問には無視ですか。
《『木箱』を特定。『収納』しました》
ちょ、勝手に何してくれてるの!?
木箱が消えちゃったじゃん!
と、視界の端に『リスト』が表示された。枠の中に『木箱』と明記がある。
《『木箱』を取り出しますか。取り出しました》
また勝手に……!!
目の前に、木箱が現れる。
何事もなかったかのように、鎮座してる。
《説明は以上です。では『ララ・コーネット』様、快適な異世界生活をお送りください》
ぷつん、と声が消えた。
…………いったい、なんだったんだ。
『説明は以上です』って、ほとんど何も説明してないじゃん。
────しかし。
はた、と冷静になる。
スキル『収納』?
これは使えるかもしれない。
そうだよ、この『収納』を使えば屋敷から金目のものをバレずに持ち出せる。
それを逃亡先で売れば、お金が手に入る。
予想外の展開だったけど資金問題は解決。
希望が見えてきたね。
【君の助けにならんことを】か。
初代様ありがとうございました。
スキル『収納』と『鑑定』は有効に使わせていただきますね。
~~~~~
黒に抵抗のない世界ならば、誰もが美しいと認めるであろうララの美貌が、手入れの行き届いていない黒髪からのぞく。スキルを得て、今後の展望にほくそ笑むララに、以前のような悲壮感はない。黒い瞳には力がみなぎり、きらめいている。
『収納』や『鑑定』といったスキルは異世界転生ものではおなじみの最強スキルである。しかし、ララは前世においてゲームやライトノベルに親しみがなかったゆえに、このスキルをもって"最強"などという考えには至らない。ただ便利だなぁ、と漠然と思っているだけだ。
これらのスキルはこの世界においても、例にもれず最強のレアスキルである。
もしも、ララがこれらのスキルを得たことを彼女の両親が知れば、ララに対する態度を一変させ、変態貴族などにはやらず、ララを自家で大切に守る選択をしたことだろう。
なにせ、ララが得たスキルは、大昔の勇者しか持ち得なかった最上の力なのだから。
両親が教育を怠ったゆえ何も知らないララは、その類まれなる力を持ってコーネット伯爵家を出ようとしている。おまけに、いずれ史上最強の『剣聖』として世界中に名を轟かせることになる弟も連れて。





