148 要塞モード
《レベルアップ!『安寧の地』レベルが9になりました。要塞モードを起動します》
「ようさい、モード……?」
こてんと首を傾げた瞬間、ガタタン! とすごい音を立ててログハウスが揺れた。
「うわぁっ」
バランスを崩した私をハティがすかさず支えてくれた。その間も揺れと、工事現場みたいな騒音が続いてる。ガガガガ……
ハティが獣の耳を出現させ、ピンと立てた。高い鼻もうごめかせる。
「何が起きている?」
「私のスキル、『安寧の地』がレベルアップしたの」
「しかし、これはいつもより激しいな」
「要塞モードを起動しましたって、言ってた」
「ようさいもーど? なんだそれは」
「わかんない……」
困惑する中、やがて揺れと騒音が緩やかに止まった。
「姉さまー!」
今回も例のごとく、変化の様子にいち早く気づいて知らせに来てくれたのはウィルだ。暑い日も寒い日もいつもお外で遊んでいるから、一番早くログハウスの変化を目にするのだ。ただし今回は、シュガとリアム様もいっしょ。3人して瞳をキラキラさせて、周りを囲む小動物たちと一緒に興奮任せにぴょんぴょん跳ねている。
「すっごいよ、おうち!」
「かっこいいのっ!」
「でっけー!」
「キキィ!」
「ピーッ!」
みんな興奮しすぎて、何が何やらよくわからない……。見たところ、お家の中はどこも変わってない気がするけど……。
私は子どもたちに手を引っ張られるまま、玄関から外へ出た。それから振り向いて、びっくり!!
「なに、これ……」
口を大きく開けて、私は変わり果てたログハウスの外観を見上げた。
庭にはまだ雪が積もっている。森も、モウモウの小屋も、畑や果樹園の植物にも。そんな真っ白な世界にそびえ立つ灰色の巨城。3階建てのログハウス、だったもの。石の外壁が陽光を受けて、キラキラ、キラキラ、輝いている。
四角い、それはまさに、要塞だった。
外敵を威嚇し、その侵入を心理的にも物理的にも阻止する砦……なるものに、ログハウスは変わり果てている。一言でいえば、ごつい城ってかんじ。
うっわー!
要塞モードってこういうことか!!
「東の砦に、どこか似ているな」
城を見上げたハティが、遠い目になって言った。
そう言われれば、たしかに、かつて勇者コウタロウが拠点にしていたというあの崩れかけたお城と少し似ているかもしれない。こっちのほうがずいぶん大きいけど、威圧感というか、雰囲気が。要塞は、どれもこんなふうなんだろうか。
「うはぁ……」
いつの間にか庭に出てきて様子を確認したアロンが、半ば本気で引いている。
「これがララの願望? ずいぶん物騒だねぇ」
スキル『安寧の地』は私の願望通りに進化していくのでは? とは、前に私が立てていた説だ。けど、これは……
「たしかにみんなを守れるお家がいいなーとは思ってたけど、でも、こんなのやだよぉ! 見た目がまず、可愛くないっ!」
とそのとき、再びあの無機質な声が頭に響いた。
《要塞モードを解除しますか?》
「うわっ! ……えと、解除、します?」
《要塞モードを解除しました》
ガタタン! ガガガガ……
目の前で、要塞がまた変化しだした。石の壁が割れてどこかの隙間に吸い込まれていき、見慣れた木と土の壁が戻ってくる。
そうして20秒くらいで温かい外観のログハウスが戻ってきた。
「元にも戻せるのか!」
びっくりしていると、
「もどしちゃうのー!? せっかくかっこよかったのにーっ!」
子どもたちが残念がって私に抗議してきた。温かいログハウスより、どこか機械的な冷たさを感じさせる要塞のほうがお気に召したらしい。ふふ、男の子だなぁ。
「姉さまおねがい〜! もういっかいお城にして!」
ウィルが言えば、
「戦略的にもどう使えるか調べておいたほうがいいしね」
とアロンやセオもノリノリで言い合う。
「しょうがないなぁ。……じゃあ、ゴホン。要塞モード起動っ!」
ガコン。ガガガガ……
20秒後、再びそびえ立った灰色の巨城にみんな我先にと走っていった。ウィルたち子ども組がさっそく裏側で隠し階段を発見したらしい。うぉー! すげぇー! と戦隊モノのアニメに夢中になるような男の子たちの声が聞こえてくる。
「仕方のないやつらだ」
「本当に」
ハティと顔を見合わせくすくす笑っていると、
「なっ……面白い瞬間を見逃したーッ!!」
森で薪を集めて戻ってきたビビが絶叫し、こうしちゃいられない! と薪をほっぽりだして灰色の巨城にものすごいスピードで走っていった。私が先にのぼる! レディーファーストだ! と宣言して子どもたちにブーイングを受けているのが聞こえてきた。と──、
「ひゃっ」
体が傾く。びっくりして手近なものにつかまるとそれはたくましい肩で──、いつの間にか私はハティに横抱きにされていた。
私を見下ろすハティが、にやりと片頬で笑う。
「先にゆこうか」
屋上に。それでみんなをびっくりさせる。イタズラ心が湧いてきて、私もにやりと笑ってみせた。
「ゆこうゆこう」
その瞬間、ふわっと風が起こる。ハティは私を抱えたまま身軽に宙へ跳躍し、あっと言う間に屋上へ着地を決めた。視界に雪の白と巨城の灰色がビュンと行き過ぎて、目をみはる時間もない。コト、と私の靴先が石の地面に軽い音を立てた。
「ハティってば、人間の姿のままでこんなに飛べるの?」
「本来、俺は風を自在に操る神だからな。これくらいは朝飯前だ」
「えーっ! 私、ハティはてっきり炎の使い手なんだと思ってた」
まだガスが使えなかったとき、薪に火をつけてくれるのはハティの役目だった。だから、ハティは炎のイメージがあったんだけど……
「火は風でおこす。火と風はとても仲が良いのだぞ」
ハティは優しく笑った。そっか、風がなければ火はおこせないもんね。
チラッと姿を探すと案の定、私たちの話を聞いていたらしいスゥベルが頬を少し染めて顔を背けたところだった。屋上一番乗りは、どうやらこのスゥベルらしい。鷹の姿で森を見回り中、羽休めに来たところかな。
それにしても、風を操る獣の神様と、火の神様仲良しの風と火か。仲直りできて、本当に良かったねぇ。ニヤニヤ。
そうこうしていると、石の階段をのぼってみんながガヤガヤと屋上に出てきた。私たちの姿を見つけると、あーあと落胆する。
「ちぇ、一番乗りはララたちかよ。さてはハティ様の背中に乗ってきたな」
とビビが言えば、
「いい景色だなぁ」
とセオは感心する。子どもたちも高いー! キャー! と騒ぎながら欄干──こちら側を保護する石の低い壁──から外を見下ろしたりした。セオが慌てて「落ちるなよ!」と引率の先生を買って出る。
「階段……キツ、イ。ぜぇ、ぜぇ」
アロンはといえば、冷たい石の地面に伸びていて、景色を楽しむ余裕はないみたい。相変わらず体力ないなぁ。
イヴは……うん、そもそものぼってきてないな。面倒くさいわ、とソファでゴロゴロしてるんだろう。朝ごはん食べ過ぎたから運動するーとか言ってたくせに、もう。
ピーチクチク、と色とりどりの小鳥たちが集まってきて欄干の上に羽を休めだす。そうすると灰色の巨城が一気に華やぐ気がした。
私たちは欄干の前に立ち、遠く森の方を並んで見下ろした。いまは白い雪におおわれた、どこまでも続く『中立の森』。前も後ろも右も左も、この安寧の地は恐ろしくも美しい森に包まれている。びゅうと冷たい風が吹いて、私たちのマントを大きくはためかせた。
「ひぃぃ、高い……!」
そういえば私、高所恐怖症なんだった。ぎゅうとハティにしがみつく。
「ハティ、ぜったい手放さないでね!」
「うむ。しっかり握っておくぞ。ララをカエルのようにぺしゃんこに潰すわけにはいかないからな。おお、高い」
「ひぃぃぃっ」
バシッとハティの頭が誰かに叩かれた。アロンだ。どうやら階段地獄から復活したらしい。
「ハティ様。想い人を怖がらせて楽しむなど趣味が悪いですよ」
「ララがしがみついてくるのが可愛くって、つい。しかしお前なぁ。神を叩くのに一切躊躇しなくなったな」
「あまりにも楽しそうなので、つい」
とその様子を見ていたスゥベルは、
「くそぅ、仲良さげにしやがって。俺だってバシッとか冗談めかしてやりてぇのに」
「お前は冗談じゃすまんだろうが。死ぬわ、俺が」
ハティに呆れられ、じゃぁ試しに……とスゥベルが手を伸ばし、たちまち"やめろ"やらせろ"の掛け合いになった。ハティは私と手を繋いだまま、器用にスゥベルの手を避けている。
「フッ、子どもだなぁ」
いつの間にかミニ絨毯を広げて優雅にお茶を飲む子どもたちが大人ぶって言って、
「ぷっ」
それを聞くともなしに聞いた私とビビは顔を見合わせて笑った。引率の先生セオもしっかり接待を受けてるし。
しっかし……
スキル『安寧の地』、すごい進化を遂げたものだ。これがレベル1のときは4畳の掘っ立て小屋だったとはいまじゃ信じられないよね。
ていうか要塞モードのときって、部屋の中どうなってるんだろう。明らかにログハウスと形違うもんなぁ。
「ふむ。欄干部にはクレネーション、ループホールまであるのか。本格的な要塞だなぁ」
言ってることはよくわかんないけど、アロンもしきりに感心してる。
ぴゅうと北風が吹いて私とビビの黒髪をさらっていく。寒いっ。屋上は余計にだなぁ……
中立の森はまだまだ冬だ。





