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134 作戦決行!

久しぶりの投稿です


 深くつもった雪は、森に漂う獣や草の匂いを、すっかり隠してしまっている。


 さんざん遊んで慣れ親しんだはずの『中立の森』なのにどこかよそよそしい感じがするのは、見慣れない冬景色のせいだろうか。

 それともここを去る不安が、私にそう感じさせているのかな──?



 雪に埋もれた古城、かつて勇者コウタロウが拠点にしていた東の砦には、ビビの報告通り20人くらいの騎士がいた。

 みんな顔に青あざがある。お腹を痛そうに押さえている人もいるし、ビビが暴れた形跡はそこかしこに残っていた。

 その中の一人、髭面の男が来訪した私たちを出迎えた。


「ギド様、どうやってお戻りに──?」


 あるじが戻ったことを手放しに喜ばない。それどころか、疑うような目つき。


 この男は知っている。お父様直属の部下だ。護衛騎士隊長で、名前は確かライリー。お父様の命令で、けっこう悪どいこともしてるって黒い噂のある人物だ。

 お父様がギドを見限って、ウィルを時期当主に考えてるって話は本当みたい。だって、ライリーのギドに対する態度は、将来の上司に対するものとして適切じゃないもん。 


 などと考えていると、冷たい視線が私にも向けられた。思わずギクッとする。

 ──大丈夫、作戦はバレちゃいない、はず。


 じろじろ、ライリーは私のつま先から頭の先まで不躾に眺め回した。そして手を伸ばし──私の黒い外套のフードを取り払った。

 周囲の騎士からどよめきが上がる。嫌悪の視線が突き刺さった。……久しぶりに思い出した。私の黒髪と黒目は、母国では忌み嫌われているということ。


 でもいま、私を囲む男たちの瞳にあるのは嫌悪だけじゃない気がした。しめっていて、粘っこい、私を落ち着かなくさせる空気が漂っている。

 特に、迷いなく私のフードを暴いた勇ましき騎士隊長様からの視線は気持ち悪い。


「……これは驚きましたな、ララ様ではありませんか。"魔の森"に住んでいた割には、お美しいままですな」


「ごきげんよう、ライリー」


「名前を覚えてくださってましたか。光栄ですなぁ……」


 ライリーは獲物を狙う獣のような目つきで私を射抜いた。いまの私はさしずめうさぎかな。全身黒い衣装に身を包んでいるから、黒うさぎ。


「で、仲間はどこだね?」


 ──きた。


 ライリーの端的な質問に私は一瞬睨み返して──それから、


 唐突に、泣いてみせた。


「うわぁぁぁん、みんな私を売るなんてひどいよぉぉぉぉ。仲間だと思ってたのにぃぃぃ」


 ぎこちない演技も全力でやれば迫力で押し切れるってアロンが言ってた。だからやる。喉が枯れるほど全力で。


 これにはさすがのライリーも毛むくじゃらの顔からかろうじてのぞく青い目を丸くした。なんだなんだと分厚い手のひらで耳にふたをして、私が鼻水まで垂らしたら、じりっと後じさりまでしやがった。それはひどい。私一応美少女で売ってんだけど?


「こいつは仲間に売られたんだよ」


 すかさずギドが私の腰に繋がった鎖を引いた。ジャラっと金属音が鳴る。手錠と擦れた音だ。とりあえずうわぁぁぁんとますます泣き声を大きくして、悲壮感を煽ってみる。


「どういうことですか」


「我が妹は、盗賊の根城に潜り込んでいたのだよ。男たちに媚び売って娼婦の真似事をしていたらしい。元々が素性の怪しい男たちだ。金貨をいくらか渡せば、あっさりこいつを手放した」


「……そうですか。このようにか弱い令嬢がこんな場所で生きていけるわけがないとは思っていましたが、盗賊に囲われていたとは。しかし、"魔の森"を根城にするとはおそろしく腕の立つ盗賊のようですな。いったいどこから流れ着いたのやら」

 

「いまそんなことはどうでもいい。さっさと父上に献上しにゆくぞ。出立の準備を急げ」


「待ってください、ギド様。ウィル様はどうなされたのですか。……まさか私の目が届かぬ場所で亡き者にされたなどとは言いますまいな……?」


 自ら率先して荷物をまとめにかかっていたギドは手を止め、しばしライリーと睨み合った。


「……ウィルはいない。最初からな。盗賊どもがどこぞの商会に売ったらしい。ウィルが欲しくばそっちを当たることだな」


「なるほど。役に立たない少年をいつまでも手元には置かない、か。いかにも盗賊らしい」 


「理解したのなら急ぐぞ。使い物になる魔道具は残り少ないのでな。日暮れまでには森を抜けたい」


 ギドが私に繋がる鎖を引っ張った。おっとっと。私は無様に前のめりでついていく。

 そういえば、とライリーがまた声をかけてきて私たち兄妹はそろって飛び上がった(いや、ギドはビクついただけだった)。


「そういえば、ララ様のフリをして我々の根城に踏み込み暴れまくった少女は捕えておらんのですか」


 ビビのことだ。あんな猿真似に騙されやがって、と根城にビビを連れてきてしまった騎士をライリーが叩いている。相当根に持っているらしい。コテンパンにやられてプライドが傷ついたか。


『髭面の男ってみんな強いイメージがあったけど、お前は別だったね。前菜にもならん』


 と、本人に言ったらしいことはビビから聞いている。


「やつは盗賊の一味だったんでね」


「せっかく黒髪の乙女だというのに、もったいない。ボルドー侯爵への土産が減りましたな。いや、なかなか美人だったのに。我らもおこぼれに預かれるかと期待したんですが」


 ──なに、こいつ。


 体温が一気に下がる。


 一方のギドも、ギリリと拳を強く握りしめている。震えが鎖を伝ってきた。


「本命がいればいいだろう」


 ギドは短く言い置き、私を連れて一足早く城外の厩へ出ていく。ライリーの下品な笑い声がすごく不愉快だった。



 ◇ ◇ ◇


 

「何あいつッ! 女の子をモノとしか考えてないわけ!?」


 通された、というか連行されたギドのテントで粗末な麻の絨毯に座り、私はぷりぷりと怒った。ギドは黙ったまま、火鉢に炭を足した。赤い炎が上がって、パチっと爆ぜた。


 馬を休めず走らせても、森を抜けるまで2日はかかる。夜に仮眠を入れれば3日だ。

 イヴの魔王化まで、あと8日しかない。もし、間に合わなかったら──。


 パチっとまた火鉢の炎が爆ぜた。手錠の金属が重たい。粗末な麻が寝床っていうのもキツイ。普段どれだけ素晴らしい環境で過ごしていたか身に染みる。根暗(・・)廃人ニートとか言ってごめん創造神様。……あれ?根暗は余計か。


「見張りの目があるから、拘束を解くわけにはいかない。辛抱してくれ」


 そう言って、ギドは自分の上等な外套を脱いで、私の肩にかけてくれた。私はじとっとギドを見つめる。


「……なんか、優しいお兄様って気持ち悪いね」


「なっ」


 ギドは絶句し、次の瞬間、顔を真っ赤にして吠えた。


「き、気持ち悪いはないだろう! 俺だって接した方が分からないなりに努力してるんだ」


「……ねぇ、お兄様」


 私は率直に質問した。


「なんで私たちを助けてくれるの?」


 そう、お兄様は私を本当にコーネットに引き渡すつもりはない。そういうフリをして、警備の厳重な屋敷に難なく侵入しようと言うのだ。そうすれば、目的の"お祈り部屋"までスムーズに行ける。この作戦はアロンが考えて、ギドが協力を承諾した。


 ギドは私とウィルのことが大嫌いで、さんざんイジメてきた過去がある。私のお友だちにボコボコにされて、しかも時期当主の座もウィルに奪われて、ギドはますます私たちを恨んでもいいところだ。


 だけどウィルの『真実の目』で見ても、ギドはどういうわけか心から協力してくれる気らしい。

 気持ちに嘘がないのなら理由は後回し、と急いで準備して出てきたけれど……


「ねぇねぇ、どうして?」


「うっ……」


『兄さまはね、本当はぼくたちと仲良くしたかったんだよ。でも、義母さまが仲良くしちゃだめって言うから。いっしょにあそびたくても、できなかったんだ』


「もしかして、ポイント稼ぎしてる? 私やウィルと仲良くしたくて?」


 ギドはそわそわと視線を動かし──そしてあっさり認めた。


「…………そうだ」


「ええっ!?」


「な、なんだよ」


 確認だけど、私はコーネットから逃げ出すあの日まで、ギドにさんざんいじめられていたのだ。粗末な食事をとる私とウィルの前で、肉汁滴るステーキやピンクの砂糖がどっさりかかったケーキを頬張って見せたり、髪を引っ張ったり、殴ったり蹴ったり、嫌味ばかり切れ味鋭く達者になって……思い出すとムカッとくる。

 ギドはずっと嫌な奴だったし、クソ野郎だったし、ビビが言うところの"クズ兄貴"だった。それがいまじゃ、"素直で良いやつ"っぽい。


「どど、どうしちゃったのお兄様!? あのプライドに凝り固まった嫌味なお兄様はどこに!? まさか偽物!?」


「お前ちょいちょい失礼だな!」


「いやぁ、だって、ねぇ……?」


 確かに私とウィルは、ギドに歩み寄る姿勢を見せてはいた。でも、相手はギドだよ? 本心がどうでも、プライドが邪魔して私たちに対する態度は急には変えれないと思ってた。


 沈黙が落ちる。ギドは取れかけたカフスボタンを弄り回して、なんだかうとうとしてきた頃ようやく口を開いた。


「──真っ当に、生きてみたくなったんだよ。俺も、お前が言うところの"来世"ってやつを」


 茶色い目が私を見る。


「……俺は、お前と仲間たちのような、ララとウィルのような絆をひとつも持っていない」


 それは初めて聞く、ギドの弱音だった。


「お前たちから見れば、両親との絆があるじゃないかと思うだろうな。──だけどそんなモノ、まやかしでしかない。ずっと気づいてたんだ。父上も母上も、コーネット伯爵家の血を引くコマとしてでしか、俺を見ていない。彼らにとって息子は"俺"じゃなくてもいいんだ。母上でさえ、な。でも俺は、俺自身を見てほしくて、愛してほしくて、媚を売り続けてきたんだ。確かに大事だと思っていた妹や弟を、母上が望むように目の前で痛めつけもした。そのうち、自分の心がわからなくなった。本当にララを汚らわしいと、錯覚して。もう何が嘘で本当かもわからない。しかし結局、そこまでしても、誰も俺を愛してくれなかったけどな。んで、唯一愛してくれたかもしれない妹と弟には、取り返しがつかないほど憎まれるようになったとさ。笑えるだろ?」


 私は答えられなかった。仲が良さそうに見えた両親とお兄様の関係の裏側を、これまで想像したこともなかった。


「む、昔の俺は、し、死んだことにしてもらえるなら、もし生き直しのチャンスがもらえるなら──。ほ、本当の"絆"を妹や弟と結べるんじゃないか……そんなふうにな、ちょっと、思ったんだよ。今さらだけど。でも、そうして良い人になろうとしてみたら、過去にやったことが色々と胸に迫ってきて……ッ、だから、」


 すまない、すまなかった、とギドはうわ言のように繰り返した。


 その目は赤くて、泣くのを必死でこらえてるみたいだった。子だもみたいだ、と思って思い出す。17歳は、じゅうぶん子どもだ。誰かの支えがいる。


 少し迷って、私は座ってるギドの頭をえいっと抱きしめてみることにした。ジャラッと手首の鎖が鳴る。ギドは抵抗しなかった。それどころか、私の胸に沈めた口元から嗚咽が少し漏れている。


「それに、お、俺は、とんでもないことをしたんだ、ララ。お前や、ウィルの他にも、酷いことを……お、俺はボルドー侯爵に、ララの代わりだと、黒髪の少女たちをさらってきて、献上してしまった………ッ」


 そのことは、ギドにはすでに聞いていた。といっても、本人には話した記憶はないだろうけど。ギドは自殺して寝込んだ夜、夢でうなされながらその子たちに謝っていた。お父様とボルドー侯爵の圧力に挟まれて、どうにも身動きができなくなったギドが追い詰められてやってしまった罪だった。


 ──ボルドー侯爵の元にいる黒髪の乙女たち。


 ギドがこれまで各国で誘拐して侯爵に献上してきた、私の代わりの少女たち。


 前にミナヅキ王国を訪ねたとき、まだ幼い黒髪の女の子が行方不明になったと必死で母親が探していたのを思い出す。考えることを避けていたけれど、これはきっと、ボルドー侯爵から逃げ出した私のせいでもある。

 私が大人しくボルドー侯爵に嫁いでいたら、代わりに不幸になる女の子はいなかったのだもの。


「俺は、この作戦が終わってララを無事に森へ返したら、そのあとは彼女たちを救いに行くよ」


「そうだね。そのときは、私も手伝う」


 私は重々しくうなずいて、ギドの頬を引っ叩いた。突然のことにお兄様は呆然としている。


「い、いたい………」


「私、お兄様に会ったら巨大な岩をぶん投げてぶっ潰してやろうと思ってたんだよね。でも、それは可哀想だから、これでいままで私にしてきたことは、許してあげる。これで本当に、恨みっこなし。でも、ウィルとか、ボルドー侯爵に献上した女の子のことは別。本人たちに、ちゃんと謝ろうね。私も一緒に謝る」


「あ、ああ……。謝っても、許されることじゃないだろうけど……。そういえば、前に飛んできた大岩で潰されそうになったことなら、もうあるな。あれは天罰だったんだろうな」


「え、うそ。それいつ?」


「夏頃、初めてあの森へ偵察に入ったとき」


「たぶんそれ私だわ」


「えっ」


 ハティの血で新しい力がにょきにょき芽生えて、それを確かめるために森で大岩を投げたことがあった。空の彼方へ消えた大岩は、私の憎しみを携えてギドまで正確に届いていたらしい。

 おそるべし、スキル『怪力レベルMAX』!


 

「そうだお兄様、アロンからもらったお薬飲んだ? まだ病み上がりなんだから、無理しちゃダメだよ」


「こ、子ども扱いするな。ちゃんと飲んでる。……夕飯を、もらってくる」


 しばらくして急に立ち上がったギドは赤面顔を隠すようにテントから出ていってしまった。

 どうしようもないお兄様。だけど、


 愛すべき家族だ。


 と───、ギドの退出を見計らったように、毛むくじゃらの大男が入ってきた。近衛騎士隊長のライリーだった。私は目をすがめた。

 ……うーん、やっぱり来たか。


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