118 アロンの養子に?
「──私を、養子に?」
みんなで食卓へ落ち着いたあと──。
アロンの切り出した話に、私たちはそろって首を傾げた。あまりに突然で、予想もしてなかった提案。
アロンは私をノヴァ侯爵家の養子にすると言うのだ。戸籍上、アロンの子どもになる。その提案をしに、うちへ来たと。
「ウィルくんは教会が発行した身分証明書で、公式には平民のウィリアムになった。コーネット家から追求されても、身分証明書を盾に『人違いだ』で押し通せるよね」
追手に見つかっても、だから無理やり連れ戻されることはないはずだ、とアロンは言う。
「だけどララ、君は別だ」
私の身分証明書は、ララ・コーネットのもの。見つかれば言い逃れはできない。身分証明書の提示はあちこちで求められるので、このままでは一生、街で生活することはできないだろう。
「わかってる。だから森から出ずに、隠れて住んでるんじゃない。それに私は一生森暮らしでも別にいいの、ウィルさえ守れれば」
そしてそれは、身分証明書の件でほぼ解決したと思っている。あとはウィルが青年になるまで隠せば人相も変わるから、実家を完全に騙し通せる。
──そりゃ、街暮らしには憧れるわよ、便利だし。劇場に図書館にレストラン、楽しい場所もいっぱいあるし。
けど、危険を冒してまで望もうとは思はない。今の暮らしも気に入ってるし。スキルのおかげで不自由ないし。
……なんて抗弁していても、心の底にうずまく欲求をアロンはあっさり見破っている。せっかくの異世界。いつかは……冒険したい。
「諦めなくていいんだよ、ララ」
そう言う声が優しい。
「ノヴァの養子になって、名前を変えよう。そうすればもう、追手から逃げる必要はなくなる。街にだって自由に行けるようになるんだよ」
とても魅力的な提案に思えた。──色々な懸案事項がなければ、だけど。そのひとつを、イヴがずばり問いただした。
「けど、もしもよ? 顔が似てるからってコーネット側に身分証明書の提示を求められたらどうするわけ? あっさり身元がバレるじゃない。もう一度鑑定石を使って証明書を改ざんすることは不可能なのよ?」
判定式は、7歳のとき一度だけしか受けられない決まりだ。15歳の少女がいまさら発行し直そうとしても、無理。──神様の威光で教会を脅して書かせる? ……いや、ウィルの時に『今後どんな理由があっても文書改ざんは認めないわ』って宣言してきたばかりだ。
──身分証明書の提示を求められたら、一発で正体がバレる。
だけどアロンは焦る様子もなく、眼鏡の位置をなおして自信をのぞかせた。
……うん、まぁ、頭の良いアロンのことだもの。提案する以上、すべての問題を解決済みにしてるでしょうよ。
「そもそもコーネット伯爵家が、ノヴァ侯爵家の身内に身分証明書の提示なんて求めることはできないんだよ」
侯爵家が伯爵家より格が上だから──なんて、話はそんなに単純じゃなかった。
プラスアルファの理由その①
コーネット家に大量に金を貸した。よってコーネット家はノヴァ家に頭が上がらない。
「はぁ!? いつの間にそんなことになってるの!?」
ぶはっとアロンが吹き出した。どうやら私の反応を楽しみたくて、ぶっこむタイミングを見計らっていたらしい。くぅ、やられた。
「ノヴァの土地が所有する鉱山が、偶然にもほんの角っこだけコーネット領に接していてね」
……ああ、そうあえばうちの国とミナヅキ王国って隣同士だったっけ。いやでも、ノヴァの土地がコーネット領に接してるなんて初耳。アロンの授業を思い出すけど……うん、たしか接してるって教えられたのは果物っぽい名前の領土だった気が。
「リンゴ領だね」
答えを教えてくれたのはリアム様だ。さっきからウィルの手をもてあそぶのに忙しく、話なんて聞いてなさそうだったけど……興味のある単語でも引っかかったか。
「アロンは取り潰した子爵家の土地を取り込んだのさ。それでいまではコーネット領と接するのはノヴァ領というわけ」
「取り潰した……?」
取り潰しになった、ではなく、取り潰した。
物騒なのですが。
「……なにしたのアロン」
「君の知らない1ヶ月半が、私にもあったということだよ」
探る視線を涼しく受け流すアロンの恐ろしさはたぶん、ここ1ヶ月半で何段階もアップグレードしてる。
「言っとくけど、君のために無理やり他家を取り潰すなんて暴挙には出ていないよ。愛する女性のために目を曇らせるほど私は愚かじゃない。土地は結果的に手に入ったにすぎないんだ」
だからここで愛する女性とかさらっと言わないでよぉ! 聞き流すのに苦労する。ハティのしかめっ面は──お前まだ諦めてないのか? ってところだろう。涼しい顔でアロンの説明は続く。
「──それでまぁ、元リンゴ領の鉱山が手つかずだったものだから、コーネット伯爵を一口いくらで開発に誘ったわけだ。あちらはだいぶ金に困っているらしいのでね、うまい儲け話と聞けば簡単に乗ってきたよ」
コーネットがお金に困っていることは、私を売り飛ばした経緯を聞いてアロンも承知してる。アロンの皮肉に、私も苦笑した。
「だが現状資金難にあえぐコーネット伯爵は、投資の金を出せない。そこで私が親切にもその金を貸してあげたんだ」
つまり、とイヴが話を結ぶ。
「コーネット伯爵を借金で縛り付けたわけね。たとえ借金を返し終えたあとも──まぁそれが何年先になるかは置いといて──恩人だからあなたには一生頭が上がらない。考えたわね」
「お前ってスゲェやつだったんだなぁ」
ビビが感心してうなる。
「ていうかエゲツねぇやつ」
セオは感心を通り越して呆れてる。
しかも、アロンが用意した対策はそれだけに終わらない。
プラスアルファの理由その②
国の力関係を変えた。ゆえにコーネット伯爵家がリーベル王国の最高責任者……つまり国王に訴えてミナヅキ王国に私の身柄引き渡しを要求してもらっても──『は? 格下の国王風情が何要求しちゃってんの?』と門前払いできる。
「んと、どういうことだってばよ?」
リーベル王国とミナヅキ王国の力関係は、これまで同等だった。国の規模、経済力、軍事力、技術力、共に大差ない……はずだった。
しかしアロンはこのうちある分野を急成長させることで、国同士の力関係を一気に変えてみせた。
「──魔石を使った魔道具」
アロンの言葉に、私たちはハッと息を呑んだ。その単語を聞くと否応なく嫌な記憶を掘り起こされるのだ。ドームを破壊しかけた爆弾。その威力。今後私たちが敵の前に倒れるとすれば──それは魔道具のせいだろうと、誰も口にしないけど考えてる。この不安を取り除ければどんなにいいか……表情が曇る中、ただ一人平然としてるアロンをみんな不審がる。アロンの強気な理由は明快。
「アレを開発した技術者を、タリス王国から引き抜いてきたんだ」
「……………………はぁ!?」
「引き抜いてきたって、お前」
「例の技術者は平民のまだ年若い娘でね、いわゆる発明家の地位は世界的に見てまだ低い。彼女も逃げ出さないよう家族を人質に取られて、奴隷のように働かされていたよ。そこで貴族階級を与えて我が国にまねいたんだ。──もちろん、家族もこちらで保護した上でね」
「開発者って言ったよな? つまり魔道具の運用は彼女の才に頼っているわけだろう。彼女を取られたタリス王国は痛すぎる。報復されるぞ。下手すりゃ戦争だ」
その辺りのバランス感覚はさすが大国の姫君、ビビだ。
「ところがタリス王国は動けない。頼みの綱となる魔道具の設計図、そして新しい魔道具を生み出す頭脳をミナヅキ王国に奪われてしまったからね。手を出しても、コテンパンに負けることは目に見えてる。金も人材も無駄に失う戦争なんて怖くて吹っ掛けられないよ」
アロンは意地悪く笑う。
「魔道具の技術力を手に入れたミナヅキ王国はいまや大国トランスバールにも劣らない。いやむしろ超えてゆく。そんな国に、リーベル王国が文句をつけられると思うかい?」
「……たった1ヶ月半で、そこまで」
頭の良いひとだとは思っていた。でもアロンのポテンシャルはそんな陳腐な言葉じゃ言い表せない、それ以上だった。──ミカエルが何が何でも連れ戻そうとするわけね。アロンの能力は薬師で腐らせておくにはもったいない。
「だから安心して私の養子になるといい」
「で、でも」
アロンの微笑みは怖いくらいで、知らず迫力に押されていた。ふと気づいて口に運んだ紅茶はすっかり冷えている。
「貴族に養子入りするには国王の許可がないと。国としては、変なやつを貴族に迎えるわけにはいかないからって前にアロンが……あ」
言いながら気づいた。なんでこの場にミナヅキ王国のリアム国王がいるのか。
「許可をいただけますね、リアム様?」
リアム様はウィルからぱっと手を離した。取り繕った"偉い人の顔"で「うむ」と頷く。アロンはそこではじめて表情を和らげた。
「本当は紙切れ一枚で事は済むんだけど。彼がどうしてもララの顔が見たいってうるさくて」
「おかげでボクは運命のひとに出会えたよ」
リアム様はまたウィルに構いだす。
「だからぼくは男なんだってばーっ! もう、なんかいせつめいすればわかるのっ!」
「君がアロンの想い人でなく、本当によかったよ」
私の想い人って、年齢が合わんでしょうが。アロンの呆れたツッコミが入る。王様は聞いちゃいないけど。
「……こいつホントに王様か?」
壁に背を預けて立ってるスゥベルが胡散臭そうにリアム様を見た。
意見が合うのは珍しいことだけど、私も同感。まだ幼いからある程度は仕方ないんだろうけど……この王様すごくアホっぽいよね。
「お前が言うな」
と、スゥベルにデコピンをくらう。
「勝手に心を読むな!」
相変わらず私のことが嫌いな火の神様である。およよ、と赤くなったおでこをハティに見せれば仕返しは待ったなしだってのに。
──お子様で、ヒトの話を聞かず、好色で、アホっぽい。こんな王様に国を任せて大丈夫?
そんな心の声が伝わったのか、リアム様は唇に人差し指をあてふっと笑った。
「ボクはね、頭の出来は悪いけれど人を見る目はあるんだよ。だからアロンを宰相にして政治を任せてある。おかげで我が国は安泰さ。どうだい、良い案だろう?」
──うわぁ。
みんなのドン引きがアロンに集中する。
1ヶ月半で国をも牛耳るか、この男は。
ララの内心「アホ同盟結んでるはずのビビがなんか頭いい会話に混ざってる!? ここはわかってるフリして頷いとこ(アロンの話、半分も理解できなかった)」
次話は2月1日、月曜日に投稿します!





