114 意地っ張りな二人
「ぼくと結婚して、お姉ちゃん」
シュガはとても可愛い悪魔のように言った。
「そうしたら、お姉ちゃんが実は人間ってこと、黙っててあげる」
………もしかしてだけど私、脅されてる?
「む、無理だよシュガくん! 私結婚できない。婚約者がいるの」
ずいと手のひらを掲げて、薬指にはまった赤い宝石の指輪を見せつける。これは婚約の証。ハティからもらった約束の印。
「これが証拠!」
めでたい、めでたいと騒ぐエルフさんたちに聞こえないようにささやくけど、シュガはまったく聞いてくれない。
輿を持て、花を飾れ、宴の用意だ! と指示を飛ばしている。その合間に、
「だいじょーぶ。幸せにするよ、お姉ちゃん」
とか笑顔で言ってくる。
「は、ハティ……!」
震え上がって最愛のひとに助けを求めるのに、当のハティは知らん顔。
「自分のことは自分で守れるのだろう?」
ツンと顔をそむけた背中は、だいぶ怒ってる。いつもは何を犠牲にしても真っ先に私を助けてくれるハティが、珍しく私を突き放してる。愕然とした。
ハティってば、さっき私が言ったこと根に持ってるんだ!
嘘でしょ、こんなときなのにぃ……!
でも私も素直になれなくて、ハティに「助けて」って言葉で言えない。だって負けを認めるみたいで、なんか嫌なんだもん。
「いいもん! 自分でなんとかするもん!」
「ああ、勝手にしろ」
そうして意地を張っているうち、気づけば私は輿に乗せられ、白無垢みたいな花嫁衣裳に着替えさせられ、「神前式だー!」とシュガと並んでイヴの前に座らされていた。
「うわぁぁん! どうしてこうなった!?」
「わたしが聞きたいわよぉ。いったい何してるの、ララちゃん」
来たときよりも着飾ったイヴが呆れて扇子をあおいでる。
「だってシュガが、何言っても聞いてくれないんだもん!」
同じく飾り立てられたシュガは(勇ましく金髪を結い上げられてるけど、やっぱり女の子にしか見えない)落ち着きはらってイヴに頭を下げた。
「ぼくらの結婚、どうか見届けよろしくお願い致します、イヴ様」
「ほらぁ……!」
うっ、うっ、シュガくん見た目の可愛さからは想像つかないほど強引。婚約者がいるから結婚できないって言っても、「じゃあ人間だってバラす?」の一言で私を黙らせる。
「どうしてそんなに私と結婚したいの。もしかして意地悪してる? 追いかけて崖から落としちゃったから? もう許して〜!」
「どうしてって、ぼくがお姉ちゃん好きだからに決まってる。結婚したらずっと一緒。こうするしかないんだ」
微笑んでるけど、どこか思いつめたようなシュガを前に、私はどうしていいかわからなくなった。
そういえばシュガは、時々寂しそうな顔をする。
思えばシュガは最初ひとりぼっちだった。羨ましそうに広場で遊ぶ子どもたちを見ていて──
『誰かに話しかけられるの久しぶりだったから』
もしかして……
本当はシュガ、お友達が欲しいんじゃないかな。私が初めて仲良く遊べた相手だったから、別れるのが辛くて、こうして無理やり側に置こうとしている。『妻』として。夫婦はずっと一緒にいるものだから。
「ちょっとハティ様! このままじゃララ、本当にエルフの子どもと結婚しちゃいますよ!」
「さっさと助けに行ったらどうです、ハティ様。いつまでも意地張ってると手遅れになるっすよ」
「ララが助けはいらぬと言ったのだ」
ビビとセオに急かされてハティが不機嫌に答えるのが聞こえた。
「姉さまはハティのおよめさんじゃないの? どうしてあの子とケッコンするの?」
ウィルのオロオロした声も。
みんなは私たちがいるひな壇の前、観客席の右側にかたまっていた。
「女神様、今年の御神酒です。こちらを結婚の誓い酒に致しましょう」
いつの間にかエルフの族長さんが側に来ていて、細首の壺をうやうやしくイヴに手渡していた。ありがとう、とイヴは受け取る。
「味見してもいいかしら」
「もちろんです。元々あなた様のために用意したものゆえ」
「ん、このまろやかな舌ざわりと芳醇な香り。美味しいわぁ……! 今年のも最高の出来ね!」
「イヴ……」
のんきに酒盛りを始めたイヴを、私は恨めしく睨んだ。といっても、顔はお面で隠れているから剣呑さがどこまで伝わったか怪しいとこだけど……
「このお酒はね、オミキダケからつくられてるの。ほら、例の"幻のきのこ"よ。あ、そういえばオミキダケはもう食べたかしら?」
「もうイヴったら、なんでそんなに楽しそうなの! 目の前で可愛い妹が困ってるっていうのに!」
「あら、私はちゃんと忠告したわよ。人間だってバレたら大変なことになるから気をつけてって。お面が取れたのは、ララちゃんの不注意のせいでしょう? この事態を招いたのはあなた。つまり、自業自得ってわけね」
「ぐっ……」
いや、ホント、その通りだから反論できない。
それにね、とイヴが続けた。
「わたしはこの結婚、案外アリだと思うのよ」
「へぁ?」
思わず変な声出ちゃった。そんなこと言われるなんて、予想外すぎて。
「結婚すればララちゃんもエルフの一族に迎えられるわ。追手から遠く離れたこの島で一生平穏に暮らせるわよ。それにシュガくんはエルフ族の中で最も位の高い『神官』よ。結婚すれば玉の輿ね」
「神職って結婚できるの?」
「エルフは可能よ」
ふわり、とシュガが私の手を握った。
「心配しないで。ぼくたちの結婚に障害は何もない」
「ええっと……」
なんか結婚する流れになってるんですが……!?
え、なに、私このまま本当にシュガのお嫁さんになっちゃうの?
「ぼく子どもは10人欲しい。大家族で鬼ごっこする。いっぱい産んでね」
ひぃ、夢は自分の子どもだけで野球チーム作ることです的なノリで言われても……!
ていうかシュガくん君まだ子どもじゃんか! いっぱい産んでって、意味分かって言ってるのか? いや分かるはずないよね。だってウィルよりちょっと大きいくらいの年齢に見えるもん。たぶん9歳未満。そもそもどう見ても女の子だし。パパになる想像……うん、できません。
でもどうしてでしょう。私を見るシュガくんの目が妙に獣じみているのは。
「では誓い酒を飲み下し、夫婦の絆を結びましょう」
族長のおじいさんの掛け声で、薄い陶器の盃に注がれた透明な液体をシュガが飲み下した。その横顔がほんのり赤くなっている。くぅ、可愛い、けど、それお酒だよね!? だめだよ、未成年の飲酒は!
「さぁ、ララ様も」
さぁ、さぁ!
盃を持たされた手が震えた。たくさんの祝福と期待の目にさらされ、見世物の気分だ。
ちらりとハティを見る。こちらを向いているけれど、お面で隠れて表情は見えない。お面をしてても不安そうな様子が見て取れるビビたちとは違って、何を考えてるのかわからなかった。ただじっと私を見てる。
ハティは、私がこのお酒を飲み下してもいいっていうの……?
「ララ」
ふいに、ハティの声がすぐ近くで聞こえた気がした。これだけ遠く離れていて、そんなはずないのに。
「助けてくれと言え」
空耳にしてはひどい内容。つまり、私に負けを認めろって言うんだから。
「やだ!」
よし、お酒は飲み下すふりをしよう。口の中を『収納』の亜空間と繋げてそこに流し込む。で、あとから取り出せば……飲んだことにならないよね。
おおっ、グッドアイデア!
そのあとシュガとはちゃんと話し合おう。いまは何だかその場のノリに乗せられて冷静じゃないみたいだから。落ち着いて話せばきっとわかってくれるよね。
私はぎゅっと目をつむった。それから盃を口に運び、傾け──
パリン、と乾いた音がした。びっくりして目を開ける。私の手元から盃が消えていた。それは無残にも、ひな壇の下で砕けている。
「すまぬが、これは俺の女だ」
心臓がどくんと跳ねる。今度こそすぐ側でハティの声がした。訳もわからぬまま、気づけば私はハティに担がれている。
カランと、続けて無機質な音が上がる。音の先を目で追って、ぎょっとした。ひな壇の赤い絨毯に見覚えのあるお面が落ちている。ハティのお面だ。
「に、人間……?」
「いやこの気は」
「まさか」
ざわつくエルフたちに、ハティは素顔を晒していた。正体を隠すお面を失くして。ハティは自らお面を放り出したのだった。
「これは"獣の神"たる俺の女だ。それでも欲すると言うならば、力ずくで奪ってみろ。……できるものならな」
にっと挑発的な笑みは、呆然とするシュガを見下ろしていた。
次話は12月27日、日曜日に投稿します!





