106 アロンの置土産
投稿が遅くなってごめんなさい!
2巻の原稿執筆に集中しておりました(*_*)
そう、書籍2巻が出るのです!
2021年1月9日発売予定ですよ☆
1巻も発売中です!
書店で手にとってみてください(#^^#)
トントン──、
1階の続き部屋、横の壁をノックする。
ベッドに横になっていたハティが私に気づいた。
「ひとりじゃ寂しいかと思って」
そこはアロンとハティが使っている寝室だった。でも、アロンが出ていって、いまはハティひとり。キングサイズのベッドは、ひとりじゃ広すぎるよね。
私はいそいそと、ハティの腕の中にもぐりこんだ。胸に手を回してぎゅーっと抱きついてみたけど、ハティはなぜか身をかたくする。
「アロンに怒られるな」
私はびっくりした。アロンの目を盗んでは、すきあらば私をベッドに引きずり込もうとしてたくせに。
「そんなの気にしてたっけ?」
「いいや」
にっと笑い、ハティは力強く私を抱きしめてくれた。
「ずっとこうしたかった」
「うん」
温かい。心までぽかぽかした。でも、身も心もカンペキな幸せに浸れたのは一瞬だけ。すぐに心配事を思い出して、落ち着かなくなる。
「アロン元気かな。ノヴァ侯爵家の人たちにいじめられてないかな」
ハティはぶはっと吹き出した。私は大真面目だっていうのに、くくく、と背中を曲げて笑ってる。
「ララ、何を言っている。あいつがいじめる方だろう? いまごろ元気に部下を叱り飛ばして、あくせく働かせているだろうよ」
言われてみれば、そうかも。
アロンは誰かに屈するようなキャラじゃないよね。
あれだけ逃げ回ってた実家に戻ったんだもん。アロンは絶対辛い目にあってるはず。そう決めつけてたけど、案外、辛い目にあってるのは部下たちかも。アロンの毒舌は強烈だから。
「偉いね、アロン」
ため息が出た。
薬師の仕事続けたかったはずなのに、領地の改革のために侯爵家に戻った。ミカエルは今ごろ小躍りしてるだろうな。坊っちゃまがようやく目を覚まされた! とか言って。──追手の思惑通りの結末ってわけ。
恐ろしくなった。
──私もいつか、コーネットに捕まっちゃうのかな。
私はボルドー侯爵に嫁がされるとして、ウィルはどうなる?
コーネットに連れ戻されたら、未来はよくてギド兄様の使用人。ギドはウィルのこと大嫌いだから、こき使っていじめ抜くだろう。
ここまで具体的に"捕まった未来"を考えたのは初めてだった。いつも考えないようにしてたから。
でも、アロンが"元いた場所"に戻って──急に焦りが芽生えた。逃げ回っても、最後は"元いた場所"に連れ戻される運命なんじゃないかって。
「捕まったらどうしよう、怖い……」
「大丈夫だ」
両頬を包まれ、ハッとした。暗闇の中でにぶく光る灰色の瞳がじっと私を見てる。こんなときだけど思う。きれいだなぁ──。
ハティは強気に笑って続けた。
「ララは強いだろう? 先日見たムチさばきは見事なものだった。追手の100人くらい、簡単に蹴散らせるぞ」
むくり。ちょっとだけ希望がわく。
でも──、
「『魔道具』っていう不安要素もあるし──」
ミカエルが使った『魔道具』の爆発。そのすさまじさを覚えてる。ドームの壁を傷つけたときは、ぞっとした。ジャイアントベアーの鋭い爪に引っかかれても、ビクともしなかったのに。
ララ、とハティが呆れたようにため息をついた。
「何のために新たな力をやったと思っているのだ。その『魔道具』とやらに、勝つためだろう?」
そっか、私はもうか弱く震えてたララじゃない。新たに得た『怪力』で巨大岩だって投げ飛ばせる。私は強くなった。
それに、強くしてもらったのは私だけじゃない。
ウィル、ビビ、セオ──。びっくりするほどヤバイ能力を持った頼もしい味方たち。
あれ?
もしかして──、
「そうだ。追手に怯える必要はまったくない。むしろ、追手のほうがこちらを怖がるべきだろうな」
ポロポロ。目からウロコが落ちていく。
追手は知らないだろう。か弱いはずのうさぎが、恐るべきキングコングになっているなんて──。
驚き、慌てふためく追手たちを思い浮かべて楽しくなった。口元に笑みが浮かぶ。私たちは負けない。負けるはずがない。だから捕まらない。
「元気になったな」
ハティがくすくす笑って、私は恥ずかしくなった。弱気になって、格好悪いとこ見せちゃった。
と、ハティの長い指がわたしの指を絡めとった。するりと撫でられ──うそ、そういう雰囲気?──私は慌てた。
夜、彼氏のベッドに忍び込んだらどうなるか。わからないほど子どもじゃない。でも、ハティは約束したから。"1年後まで手を出さない"って。
私は安心しきってた。約束通り、ハティはおとなしくしていたし。……ん? 違うかも。時々暴走してか気もする。
ハティは、私に手を"出さなかった"んじゃない。"出せなかった"んだ。時々の暴走を、アロンに止められていたから。
そのアロンはもう、ここにはいない。
わぁぁ、どうしよう!!
しかし! 私にはまだフェンリルの伴侶に与えられた素晴らしい能力がある。だから私は丸腰のご馳走──ってわけじゃない。久しぶりに『命令』を使うときがきた!?
なんて思ったけど、すべては私の思い違いだったんだ、恥ずかしいことに。ハティは私の手をとって──指輪をはめただけ。
「これは俺の母の指輪だ。ララの故郷では、結婚を申し込む女に約束の印として渡すのだろう? コウタロウから聞いて、いつかこの形見の品を渡してもいいと思える伴侶を得たら、渡そうと決めていたのだ」
赤い宝石が埋まったシルバーリング。つまりこれは、婚約指輪?
勘違いで恥ずかしいやら、指輪が嬉しいやら、色んな意味で私の顔は真っ赤になった。ありがとう、の言葉がしどろもどろになる。
「本当はララの誕生日に渡そうと思っていたのだが──」
「そうなの?」
ハティが言うには、ハティはアロンが出ていくつもりだって、私の誕生日前に気づいたんだって。で、アロンが出ていけば、もしかしたら私も一緒に出ていってしまうんじゃないか、と考えた。誕生日に婚約指輪など渡して心理的に縛り付けるのは卑怯な気がする。だから、渡さなかった。
「そんなの──」
私はハティをぎゅっと抱きしめた。
「私、ずっとハティと一緒にいるよ。大好きなんだもん」
アロンと離れるのが身を切るほど辛いなら、ハティと離れるのは体をめちゃくちゃに千切られる気がするほど、辛い。考えただけでゾッとする。
なのに、私がアロンを選ぶかも、なんてハティが不安になったのは、上手に愛情表情できない恥ずかしがりやな私のせい。不安にさせてごめんね。
好き好き好き! 伝わるように、腕に力をこめる。そのとき、
「言いにくいのだが……」
ハティは気まずそうに白状した。
「もう限界だ」
見れば、獣耳としっぽが出現してる。
「1年の約束を反故にしてよければ、そのまま抱きついていろ」
いつもなら、ここで飛び起きる。やれやれ私ったらまたキケンな挑発をしてバカなんだから、って反省しながら。
でも、私は離れなかった。ますます腕に力を込める。だって、嫌じゃないんだもん。このまま、そうなっても──。
全身熱くて、ぷるぷる震えた。
ハティはどんな顔してるんだろう。緊張して、確認できない。
「ララ……」
「ハティ……」
こうしてついに私たちは一線を越え──なかった。
「こうすると仕切りになるのだ。薬師が教えてくれたのだが、便利だろう? 山を高くすれば俺がそっちの陣地に侵入する心配もないぞ」
ニコニコ、解説するハティ。
ベッドの真ん中には、毛布を丸めた丸太のような仕切り。
「じゃあ、おやすみ」
あれぇ……?
次話は11月22日、日曜日に投稿予定です!