105 黙って出ていくなんて、許さない!
まさかの、予定より一日遅れの投稿となりました
ごめんなさい!
(初めての予約投稿に失敗するの巻)
私はウィルと一緒に、ハティの背に飛び乗った。
アロンを連れ戻すために──。
今朝、アロンが残した手紙を見つけたのは私だった。
食卓テーブルの上、いつもアロンが座っている席に。
──黙って出ていくことを許してほしい。
手紙はそう始まっていた。
私は故郷に戻る。
久しぶりに見たオトヅキの街は、ずいぶん変わっていた。……悪い方に。活気を失った街に溢れた孤児、治安の悪化、その惨状を見て心を決めた。
私は戻らなければならない。
私がノヴァ侯爵家から逃げ出したのは、権力を嫌悪したからだった。
貴族に生まれたというだけで、自身で何をなしたわけでもない人間が、偉そうにふんぞり返って民を支配する。父をはじめ横暴な貴族たちを見ていると、自分もいつかそうなってしまうんじゃないかと、恐ろしかった。
私は私のままでいたかった。草花を愛し、権力を嫌悪する、自分が信じる悪に同調しない、私のままで。
だから、逃げ出した。
しかし、ここまでだ。
私は貴族だ。いくら逃れようともがいても、この事実は変わらない。
そして、現状を変えることができるのは、ノヴァ侯爵──つまり、私だけだ。
今なら戻っても、嫌悪する人種には染まらないと自信を持って言える。
要するに心の持ちようだと、無駄にポジティブすぎる君から学んだからね。
私は行くよ。責任を果たす。
いままで匿ってくれて、ありがとう。
どうか、元気で。
私は自ら望んで出ていく。
どうか連れ戻そうとしないでくれ。
─────
ショック、なんてもんじゃない。
アロンはぜんぶひとりで決めて、勝手に出ていってしまった。
私たちになんの相談もなく──。
しかも、こんな、紙切れ一枚残して「バイバイ」って。
あっさり「バイバイ」できないほど、私たちの結びつきは強くなっているはずだった。それだけ長い間一緒に過ごしてきた。
なのに──、
こんな最後、納得できないよ!
だから追いかける。
"連れ戻そうとしないでくれ"とか、知るか。
私、そんなに聞き分けいい子じゃない。
「やつはもうすぐ森を出るぞ」
鷹の姿をした火の神様が、並走しながら報告した。
先行して、上空から様子を見に行ってくれたのだ。
「人の足にしては早いではないか。協力者がいるのか?」
「よくわかんねぇ生き物と一緒にいたぜ。植物と馬の中間みてぇな、キモいやつ」
「「植物馬!」」
私とウィルは同時に言った。
「イヴの眷属だよ。アロンが街からログハウスまで来るのに、貸してあげてたから」
説明を引き継ぎなら、ほっとする。
植物馬が一緒なら、アロンは安全だ。
植物馬はどんな魔物の足より、早く走れるから。
「──でも、いつの間に協力を取り付けてたんだろう」
つぶやいて、心がずきんと痛む。
アロンはずっと前から計画してたんだって、気づいたから。
「急ごう」
ハティがさらに速度を上げる。
「いたーっ!!!」
やがて、前方に背の高い人影が見えた。
その人影こそ、植物馬に乗ったアロンだった。一つに結んだ灰色の長髪、私があげたワインレッドのローブ。間違いない。
空気を肺いっぱいに吸い込んで、ありったけの声量で叫ぶ。
「そこの植物オタク、止まりなさーい!!! 逃げても無駄よ! 地の果まで追い詰めてやるからな!!」
なんか言葉のチョイス間違った気がしないでもないけど、効果はてきめんだった。
「あ、おちた」
ウィルが言った5秒後──たぶん、私の声に驚いて──アロンは落馬したのだった。
◆
「……追うなって書いたのに、なんで追って来ちゃうかなぁ、この子たちは」
尻もちをついたままぼやくアロン。その胸ぐらを私は勢いよくつかんだ。
華奢なアロンの首ががくがく揺れたけど、気にしてる余裕はない。
「アロンのバカ! アホ! ドジ! マヌケ!」
「ドジにマヌケか……この状況では否定できないな」
アロンは苦笑する。その余裕が、私をさらにいらつかせた。
「笑うなバカ! 置き手紙一枚で『さよなら』とか最低! 薄情者! びっくりしたんだからぁ……!」
もっと責めてやろうと思った。黙って出ていかれて、私たちがどれだけショックを受けたかって──でも、泣きそうに歪んだアロンの顔を見たら、どんな言葉も出てこなくなった。
「ララの顔を見ると決意が揺らぎそうで──。でも、うん、冷静に考えれば手紙ひとつでさよならはひどいか。長い間かくまってもらった恩もあるのに。──ごめん」
私は気づいた。アロンだって、本当は、
「戻りたくないんでしょ?」
あんな、責任がどうとかもっともらしいこと書いてたけど、そんな簡単に戻れるなら、7年も逃げ回らない。
「いっしょに帰ろうよ」と私は言った。だけど、アロンは首をふる。
「それはできない」
「街を救いたいから、お家を継いで、自分が犠牲になりますって? そのために薬師をやめるの? あんなに薬草の研究が好きなのに。ノヴァ侯爵になったら、もうやりたいことを自由にやれなくなるんだよ」
「わかってるよ。それが、貴族に生まれた者の責任だ。贅沢な暮らしをするかわりに、民に奉仕しなければ──」
「他人なんて、どうでもいいじゃん。責任とか忘れて、私たちと一緒に幸せに暮せばいい」
「それは、最高だけどね。最低でもある」
「私は最低でいい。それで、みんなと一緒にいられるなら。──行かないでよ、アロン」
絶対に逃すまいと、私はアロンにしがみついた。ぎゅうと、音が鳴りそうなほど強く抱きしめる。
私のせいだ、と思った。
ウィルの判定式のためにオトヅキの街へ同行を頼んで──アロンに、街の現状を見せちゃったから。後押しをしちゃったのは、私。
うわーん!と、ウィルもアロンにしがみついた。
「行っちゃやだよぉ! ぼく、こんな"みらい"しらないよぉ!」
ウィルの『真実の目』だって、カンペキじゃないってこと。
でも、私は──
本当は心の底で気づいてた。アロンがうちを出ていこうとしてるってこと。口にしたら事実になりそうで、怖くて無視してた。
うわーん! 私たちはアロンにしがみついた。行っちゃやだよぉ……! 寂しいよぉ……! 自分勝手に泣きわめきながら。「しかたないな」っていつもみたいにアロンが折れてくれるのを期待して。だけど、
「ごめんね。でも、行かないと」
アロンの心はすでに決まってる。
坊っちゃまは、必ず連れ戻します──
自信たっぷりの、ミカエルの目を思い出す。
「こんなの、けっきょく、ミカエルの思い通りじゃん……」
「結果的にそうなったね」
あはは、とアロンは苦笑する。負けたよ、と。
「おいで」
そうして、アロンは私とウィルをしっかり抱きしめる。
「『逃亡者同盟』、私は途中でリタイアするけど、君たちはどうか最後まで逃げ切ってくれ」
リタイア。その言葉が、心に重くのしかかる。
「でも、これっきりじゃないでしょ? また、遊びに来てくれるよね?」
「これから忙しくなるからしばらくは無理だろうけど、いずれ必ず」
アロンは約束した。
だからこれっきり、会えなくなるってわけじゃない。そんな悲惨な事態は回避した。いまはそれで我慢するしかない。
私は涙を拭って、準備にとりかかった。
アロンが快適に旅立てる準備を。
『収納』から革袋を取り出して、同じ空間に入っていた品物を色々と詰め込む。
日持ちする食料と、水と、果物と、タオルと、宝石もいくつか。
抜け目のないアロンのことだから、もう十分用意してるだろうけど。
革袋を受けとり、アロンは微笑んでお礼を言った。重いな、っていう文句も添えて。
「ありがとう、ララ、ウィル。君たちと過ごした時間は、人生で一番楽しい日々だった。どうかこれからも、バカみたいに笑って幸せに暮らしてほしい」
また会えると約束したわりに、永遠の別れみたいな台詞。
私は言葉に詰まった。
それからアロンは、改めてハティに頭を下げた。
「ハティ様、お世話になりました。ララたちのこと、よろしくお願い致します」
「頼まれるまでもない」
それまで狼の姿だったハティは人に姿を変え、アロンを一度抱きしめた。
気づけばこんなにも、ふたりは心を通わせていた。
「──辛ければ、戻って来い」
「はい」
絞り出すように答えて、アロンは少しだけ泣いた。
再び植物馬にまたがるアロンの表情は、晴れやかだった。
「ああ、もう、君たちのおかげで、格好悪く旅立つことになってしまった。──手紙を送るよ。こちらで調べた追手の情報を記す。ララ、私たちはこれからも……友達だ」
「またね、アロン」
ウィルが手を振る。頷くことで応えたアロンの目にはもう、迷いがない。
アロンの背中が見えなくなってから、私はハティの胸に顔をうずめた。
身を引き裂かれるように辛くて、息もできない。引き止めてあげられなかった。『家族』が減ってしまった。寂しくて……それから、怖くなった。ふと、コーネットの追手を思う。
けっきょく、なにもかも思い通りにならないの──?
次話は11月15日、日曜日に投稿します!