103 新しいログハウスの楽しみ方
「おお、上に行く階段ができてる」
私とビビの寝室は2階の一室。そこから出て、まず目についたのが新たに出現した『3階』に続く階段だった。緩やかなカーブを描いて上に伸びている。
「もうのぼってみた?」
「まだ! はやくいってみよ!」
私の腕を、ウィルが引っ張っていく。
3階がどうなってるか、確かめたくてずっとうずうずしてたんだね。それでも、私に「おめでとう」って言うのを優先してくれたんだと思うと頬が緩む。
「ゆっくりな。急いで転けたらカッコ悪いぞ」
階段を駆け上るウィルを、セオが注意する。「はーい」と答えが返ってきたとき、ウィルはすでにのぼりきっていた。早くも騒ぐ声が聞こえてくる。
「わーい!」
その後をビビが追いかけていく。
「ビビ様もですよ」
「私は運動神経いいから大丈夫なのだ!」
とか言いつつ足を滑らせるビビのフラグ回収の速さには笑ってしまう。
言わんこっちゃない、とすでに予想していたセオに支えられ、ビビは顔を赤らめている──のをニヤニヤ見ていると、突然視界が高くなった。
「なんで抱っこ?」
それも、向かい合わせの恥ずかしい体勢で。
「ララが怪我をしたら大事だ」
「えぇ……」
ハティってば、もしかして、まだ私の5歳児扱いが抜けてないのかな。あの3日間は過保護に拍車がかかってたからなぁ。
「もう大人なんだから階段くらい上手にのぼれるよ。いつも2階まで無事にのぼれてるじゃん」
ハティは黙ってしまう。これには反論の余地がないもんね。私、一回も階段で転けたことないし。
私が勝ち誇った笑みを浮かべていると、ハティは観念して私を下ろ──しはしなかった。
それどころか、
「俺が、ララとくっついていたいのだ。いいだろう?」
開き直りやがりました……!
ニヒルな笑みに、ぼっと頬が燃えかがる。
忘れちゃならない、ここにはみんなの視線がある廊下。
なのに、突然の甘々モード。二人きりの空間で、たとえばベッドの上なんてシチュエーションで「さぁ、こい!」と覚悟を決めているときとは違うのだ。いや、その場合もあたふたしちゃうけど! 心の準備ができていないだけ、いまのはダメージが大きい。
「自重」
アロンの声と共に、パコンといい音。
トレー攻撃が炸裂したのだ。
「〜〜っ、お前! またそれか! 口で言えば良かろうに!」
「いえ、口で言ってもなかなか聞き入れてもらえないのは、経験済みですので。──ところで、痛みと共に覚えた知識は忘れにくいそうですよ」
私とハティはそろって頬を引つらせた。
『パブロフの犬』的なあれかな……?
肉の代わりにトレーの痛みで結果を引きだそうとか鬼畜。
にこりと笑うアロンは「これも親切でやっているのですよ」とでも言いたげ。その視線は、気のせいじゃなければ私にも注がれている。
……『アロン塾』で教えられた知識、今度から必死に覚えようと心に決めた。まさか、居眠りなんて絶対にしませんよ。
◆
「うーん、新しい木のいい匂い!」
新しくできた『3階』は、2階と同じ間取りだった。部屋は左右にふたつ。
アロンやビビ、セオがうちに住むようになってお部屋が不足してたけど、これで解決だね。
「どっちかはアロンの部屋にしよう」
「どちらの部屋も日当たりが良くて気持ちいいな。けど、ベッドはどうするんだ? もうないんだったろう?」
ビビが聞く。
屋敷から持ってきたベッドは3つだけ。これまではふたりずつで寝ていた。
「この際だから、イヴに頼んで作ってもらおう。マットレスは藁か鳥の羽を詰めるかなぁ……あれ、そういえばイヴは?」
さっきまでいたはずなのに、姿が見えなかった。
「居間に戻ってるそうだ。今ごろ二度寝なさってるだろ」
セオが下を指差して言った。
いつの間に……
今日は私に「おめでとう」を言うために珍しく早起きしてくれたから、眠いのかもね。
ともかく、まずは部屋割りだ。
どっちの部屋がいいか、アロンにたずねた。けれど……
「え、ああ、うん、そうだね……」
返事はあいまいだった。
またなにか考え込んでいたみたい。
最近、こういうこと多い気がする。
しかし、切り替えも早い。いまだって、すでに笑みを浮かべている。
「あれだけ嫌々いっしょに寝てましたけど、いざ離れるとなると寂しいものですね」
「ぬかせ。境界線をはみ出しただの、蹴られただのと毎晩さんざん文句を言っていたろう」
「それはハティ様でしょ」
言い合うふたりは、ちょっと楽しそうだ。
見ているとニヤニヤしてしまう。
このふたりが仲良くなる日は来ないかも、なんて思ってたけど……
「なんだかんだ、仲良し?」
「違う!」
「犬猿の仲だ」
ふたりは必死に言い募る。それがまたおもしろい。
「うん、そういうことにしとこう」
「わ〜! 姉さま、たかいね! お池が小さくみえるよ」
廊下の中央にある窓をウィルが開け放つと、待ってました! とばかりに小鳥たちが侵入してきた。
たちまちウィルとの追いかけっこが始まる。朝から元気だなぁ……
ハッ、いかん。年寄りが若者を見るような目線で和んでた。
私もまだ15歳。前世19歳で止まった精神年齢を考慮してもまだ若いんだからね……!
いっしょになって駆け回ってもいいくらいだ。いまその元気がないのは、まだ半分寝ぼけているから。……ってことにしとこう。
「残る一部屋はセオとビビ、どっちが使うかは相談してもらうとして……」
「つぎは1階?」
わくわく、ウィルが聞く。
「うん、次は1階に下りてみよう!」
そう、今回のレベルアップの目玉はほかにある。心を引いてやまない、『暖炉』と『テラス』がね!
◆
──壁に埋め込まれたレンガ調の『暖炉』。
そこにはすでに火が燃えていて、私たちはそろって感嘆の声を上げた。
オシャレな暖炉が自分の家にある。雑誌を見ながら、憧れてた夢がいま現実に!
嬉しくて小躍りしてもいいところだけど、なぜか心は落ち着いていた。炎の揺らめきがとつめつもない安心感を与えるせいだ。
「温かい……」
「なんだか眠くなるな」
「ぽわーんってする」
手をかざして、ほぅと息をつく。
とその時。
ジュッ。
静かな空間にそぐわない音がした。そう、これはちょうど油を敷いたフライパンに肉を乗せたときの──
私たちは目を見開いて、炎に差し込まれたかたまりを見た。
「なにやってるの、ビビ」
「お腹空いちゃって。そこにいい感じの火があったから……えへ」
炎に差し込まれたのは肉のかたまり。棒に刺して、ビビが焼き肉をしだしたのだった。
あっけにとられてた私たちも、これには爆笑するしかない。雰囲気を楽しむより先に食い気に走る。ビビらしい行動だと思った。
ただ、セオだけが顔を赤くしている。ビビがこんなふうにわんぱくに育ってしまったのは、教育係であった自分の責任だと思っているみたい。
「腐っても皇女だってのに……」
「いいと思うけどな。ビビのそういう飾らないとこ、私、大好き」
「そうやって甘やかすなよ」
「ぼくもやるー!」
暖炉の火で何かをあぶる楽しさに、ウィルは真っ先に気づいたようだった。木の枝にオクラを刺してあぶり始める。
ふたりがはふはふ美味しそうに食べる姿を見て、残りのメンバーも参戦。肉、野菜、果物、おにぎりまで。キッチンから思い思いの食材を持ってきて、暖炉の火であぶる。
「美味しい。なんか、火の味がする!」
「くはっ、なんだそれ」
私の感想を、みんなが笑った。
そこへ、アロンが鍋にチーズを持ってきて、"チーズフォンデュ会"へと移行していく。
「あら、いいもの食べてるわねぇ」
その頃になると匂いに釣られたのか、イヴも起きてきた。
「ウィル、ちゃんとフーフーしてね。火傷しちゃうから」
「うん。フーフー」
「私の肉、セオが取ったー!」
「これは俺が育ててたんっすよ。言いがかりは見苦しいですね、ビビ様」
「ララ、俺がしっかり冷ましたぞ。ほら、あーん」
「ワインが飲みたいわぁ」
「それはパーティーまで我慢してください」
絨毯の上にクッションを置いて、ぬくぬくと暖炉を囲む。誕生日の朝ごはんは、幸せな冬の味がした。
そうだ、確認し忘れてた『テラス』は、居間から続くサンルームの外に出来ていた。
サンルームも、今回のレベルアップで新たに出現したもの。テラスとセットのようだ。
サンルームはガラス張りで、部屋の中にいながら外にいるような雰囲気が味わえる空間。
太陽が出ている昼間は、寝転がって日向ぼっこする。夜は星を見て過ごす。そんな楽しみが加わった。
テラスにテーブルを出して、温かい日はそこで食事を取るっていうのもいいかもしれない。
それから"あのお方"のことも、すっかり忘れてた。
「あれ、そいえば火の神様は?」
「ぱとろーるちゅう」
ウィルが自分の目をとんと指す。
安全確保のため、火の神様はログハウスから周辺の街の様子を監視してくれているらしい。
チーズフォンデュ、しっかり残しておこう。
次話は11月5日、木曜日に投稿します☆