102 15歳、誕生日の朝
ゴゴゴゴ──
地揺れと共に、ログハウスが変化する。
私はまだベッドの上。寝ぼけてるせいで、一瞬理解が遅れた。
「びっくりした……レベルアップか」
《レベルアップ!『安寧の地』レベルが8になりました。『ログハウス』に『3階部分』が追加されます。オプション解放。『暖炉』『テラス』が設置されます》
起きた瞬間にこれだもん。前に経験してなかったら、働きの鈍い頭で「地震だ!」と判断して大騒ぎしてたかもしれない。
たしか、レベル6のときだったかな? 二階部分ができたときに、同じような揺れを経験している。
あのときは、ウィルがすっごく怖がってたっけ。
今回は2回目だから、きっと大丈夫だろう。
むしろ今ごろ"落ち着かせ役"に回ってるかも。"前回"を経験していない人たちが慌ててるだろうからね。
そう、こんなふうに……
「くそっ! ドームが破られたのか!? すぐにセオを起こさないと。反撃に出るぞ!」
ネグリジェのまま剣を携え、窓を大きく開けるビビ。その早業と勇ましい眼差しは格好いいけれど、見惚れてる場合じゃない。
ビビは今にも庭に飛び降りようとしている。二階の窓からだ。
「ちょ、落ち着いてよ、ビビ! 大丈夫だから」
「これが落ち着いていられるものか! ここまでの揺れだ。魔法攻撃に違いない! 魔法が使える上位の魔物が侵入したか、タリス王国の『魔道具』を携えた追手の人間かもしれない!」
「違うんだよ。これはログハウスが変化してる揺れだよ。この家を維持してるスキルがレベルアップしたんだ」
「最悪、拠点は放棄か。そうだ、生きていればなんとでもなる。殿は私とセオがつとめる。ララたちはハティ殿と共に───え、なんて?」
チュンチュン。
庭からは、静謐な早朝の気配が伝わってくる。
平和な庭の様子を確認し、ぽかんとするビビ。私はそんな彼女を、ベッドに手招いた。
ビビの反応は、この大陸に住む者のおよそ一般的な反応といえる。
私のリーベル王国、アロンのミナヅキ王国、ビビとセオのトランスバール帝国、そしていまいる『中立の森』がある大陸は、歴史的にもほとんど地震が発生していないそうだ。
突然の地揺れは、かなり恐怖だろう。と同時に、『地震』が起きたのだという発想に、すぐには繋がらない。
ビビみたいに何らかの攻撃と判断するか、神がお怒りだ! なんて思う人もいるかも。
とくに追手を警戒している私たちの現状からすれば、ビビの反応が正しい。
「だからそんなに恥ずかしがらなくていいんだよ」
ビビは真っ赤になった顔を両手で隠して、黙ってしまった。
勘違いで大騒ぎしたことを恥ずかしがっている。
「早とちりで、いや、すまない」
「ううん。一瞬ではね起きて、剣を掴み取って、格好良かったよ」
「もう、からかわないでくれ……」
「あはは」
でも、そっか、今回はレベルアップの揺れだったけど、これが本当に魔物や追手の襲撃の可能性もあったんだ。そう思うとゾッとする。
自然と、笑い声は引っ込んだ。
それから、聞き流せなかった点がひとつ。
「ねぇ、ビビ。さっき殿とか言ってたでしょ。自分とセオだけ戦って、私たちを逃がそうとしたよね」
私が言うと、ビビは「覚えてたか」と苦笑いを浮かべた。
ビビやセオを捨て駒にする。そんなの、私が許すわけない。ビビはそれを承知の上で、自ら捨て駒になろうとした。
恩返し、とか思ってのことだろうけど。
「だって、あのとき助けてもらわねば私たちはとっくに死んでいたんだぞ。仲間として迎えてもらって、匿ってもらって、力までもらって。有事のときこそ、恩を返さねば。ウィルくんほどじゃないけど、私たちもそこそこ腕は立つし、ララたちが逃げる間の時間稼ぎくらいは……」
ビビはしゅんとしてしまう。
私の怒った顔に気づいたからだ。
「だめだよ、ビビ。戦うときも一緒、逃げるときも一緒じゃなきゃ。『逃亡者同盟』を結成したときに、約束したよね。お互い助け合って、護り合って生きていくって。一方的に護られても嬉しくないよ」
「ご、ごめん……」
「だめ、許さない」
「えぇっ!」
おもしろいくらいに、ビビはうろたえている。ちょっと吹き出しそうになるけど、がまん。あとひと押し、言質をとらないと。
「戦うときも一緒、逃げるときも一緒って約束しなきゃ許さない」
「わ、わかった。約束する。私たちは戦うときも一緒、逃げるときも一緒だ。ララの気持ちを考えずに暴走した私が悪かった。だから嫌いにならないでぇ」
ビビが涙目で訴えてくる。
私の怒った顔がよほど応えたらしい。
「ぷっ。あははっ。嫌いになるわけないじゃん。可愛いビビが大好きだよ」
ぎゅーっと抱きつくと、ビビがほっと息をつく。
「私が可愛いってのは解せないけど……。私もララが大好きだ。一番の女友達だぞ! ていうか、ほかに女友達、いないけど……」
うおおっと……
思わぬところで地雷を踏み抜いたようだ。
ビビは遠い目をしている。
「う、うん、私もビビが唯一の女友達だよ。ほら、私、屋敷に閉じ込められてて同年代のご令嬢たちと全く交流できなかったし」
あ、あれ。
ビビを慰めるつもりが私まで心をえぐられていく。
墓穴を掘るとはこのこと。
私たちはどちらからともなく苦笑した。
黒髪のせいで同じような悪意にさらされて育ったふたりだからこそ、普通の友達以上の、深い絆ができているように思う。
「そういえば、イヴは? 女友だちに含まれないの?」
「イヴ様は友達というより親戚のお姉さん感があるというか」
「あー、わかる。イヴは親戚のお姉ちゃんだな。おせっかいにお世話してくる感じがねー」
「ねー」
くすくす笑いあっていると、部屋のドアが勢いよく開いた。噂をすればなんとやら。イヴが顔をのぞかせる。
「何か失礼なこと噂してたでしょ〜?」
「まさか。イヴが親しみやすいって話だよ」
「本当かしら。……ふふ、そうして並んでいるとあなたたちって姉妹みたいね」
お互い長い黒髪をおろしている姿は、同じようなネグリジェ姿っていうのもあって、たしかに似た雰囲気なのかもしれない。
「姉妹か。へへ、なんか照れるな」
ビビは嬉しそうだ。妹が欲しかったって、言ってたもんね。ビビがお姉ちゃんなら私、喜んで妹になるよ。ただし、フリフリドレスの着せ替えで遊ばないって約束はさせるけど。
と、イヴのスカートをかき分けるようにしてウィルが走ってきた。ぽすん、と私の膝におさまる。顔を上げたウィルは、満面の笑み。
「姉さま! おたんじょう日、おめでとー!! えへへ、いちばんに言いたくていそいできたの。はい、これあげる」
手渡されたのは、小さな花束。庭の野花を摘んだようだった。
「誕生日……」
私が呆然とつぶやくと、「まさか!」とイヴが叫んだ。
「ララちゃんてば、自分の誕生日忘れてたの?」
うん、その"まさか"だった。
そういえば私って、9月13日生まれだっけ。
コーネットの屋敷では、誕生日なんて祝ってもらえるわけもなく……
意識しなくなったんだよね。
その後、5歳のウィルに祝ってもらったのが初めてで。見つかったら折檻されるっていうのに、危険をおかしてくすねてきてくれたケーキを囲んでささやかなパーティーをしたっけ。
「覚えててくれたんだね」
「だって姉さま、いっつも自分のたんじょう日わすれるんだもん。ぼくがおぼえてないと」
「ありがとう。姉さま泣いちゃう」
ハグにも力が入る。ウィルはくすぐったそうだ。
あんな荒んだ家に生まれたのにこんなに良い子に育ってくれて。感謝でいっぱいです。
おめでとう、とイヴとビビも口々に祝ってくれる。この様子だと、事前に知ってたみたいだ。
部屋の外には、アロンとセオとハティが待ち構えていた。女子部屋は男子禁制っていう決まりを律儀に守ってる。……ハティは破ろうとしてたみたいだけど。「俺がいちばんに祝うんだ!」って暴れたのをアロンとセオが止めてたかたちだ。
出てきた私を見つけて、ハティは盛大にハグしてくる。
「おめでとう。ララがこの世に生まれてきてくれて、嬉しい」
下手な具合に、花びらが舞った。
ハティは両手にフラワーシャワーを用意してたみたいだけど、ハグを優先して失敗したって結末。それでも、泣いちゃうくらいには嬉しかった。
──この世界に生れて15年か。感慨深い。
ていうか、まだ15歳か!
それにしては私のボディ、グラマラスすぎる。
この世界の成人は14歳だし、体も早熟なんだろうか……
大丈夫。私が特別老けた見た目なわけじゃない。たぶん。
17歳のビビに初対面で「自分より年上かと思った」的なことを言われた思い出は都合よく忘れました。
「姉さま、おうちもっと大きくなってたよ!」
ウィルの発言に、アロンとセオが疲れた顔を見せる。やっぱり、敵襲かと慌てたらしい。ふたりの慌て具合を思い出してか、ハティがニヤニヤしてる。前のときはハティも相当慌ててたはずだけど、綺麗に棚上げしてるな。
アロンには、揺れることがあるなら事前に知らせてほしかったとお小言をもらった。
すみません……
でも、また揺れるような大きなレベルアップがあるとは思わなかったんだもん。ていうのは言い訳で、単純に伝え忘れてた。めんご。
レベルアップして大きくなったログハウスの全貌。私もそろそろ気になってたところだ。
『3階部分』増設ってことは、部屋数も増えてるんだろう。それに、『テラス』に『暖炉』だって!
心躍るキーワードが……!
てわけで、ひとまず誕生日のパーティーはおあずけ。余興として『Newログハウスツアー』を開催しよう!
レベルアップ後のログハウスの様子をあつく書くはずが、ズレてしまいました!
NEWログハウスの様子は次回詳しく!
次話は11月1日、日曜日に投稿します!